「感謝って、難しいね」
久し振りに会った親友は、唐突にそう零した。
居酒屋の隅、二人席の狭いテーブルの上には、それぞれ三杯目のカクテルが空こうとしていた。私も燈子も、以前に比べるとアルコールにだいぶ慣れてきていた。
どうしたことかと表情を窺うと、燈子は軽い口調に反してどこか真剣そうだった。
「なに、急に」
「私、侑に頼りっ放しだし迷惑かけっ放しだからさ。本人はそんなのいいよって言ってるけど、できるだけお返ししたりお礼言ったりしてるんだけど」
「自覚あるのね」
私ももうすっかりと燈子に対して茶々を入れられるようになった。環境と年月は、私と燈子を親友に相応しい距離にさせていた。
「そりゃああるよ。もう。……でもずっとそんなだったらさ、ありがとうって言葉も薄っぺらくなっちゃうんじゃないかって」
茶々入れに対して燈子は苦笑を浮かべながら本題を口にした。
「お礼言っても侑からしたらまたかってなっちゃったり、私がお礼言っとけばいいやみたいになったり」
「常態化してしまうってことね」
「でもだからって言わないわけにはいかないじゃん。そういうのが難しいなって思ってさ」
言い終えて、ぐい、とカクテルハイを流し込む燈子。慣れてきたとはいえ、頬には朱が走っている。もっとも私も同じような状態なのだろうけど。
「そういうこと」
「沙弥香はどう? 陽ちゃんとそういうことある?」
問われるままに振り返ってみる。
「……あんまりそういうのはないと思うわ」
「そっかー」
ハルはいい子だし。私は……どうだろう。でも燈子とは立場が違うから一概には言えないのだろうけど。
「侑は好きって選ぶ好きなんだ、って言うけどさ。それって私は選ばれ続けなくちゃいけないなって」
何回か燈子の口から聞いた、あの子なりの好きの言葉に、珍しく燈子の弱音が漏れた。
「不安?」
「ないわけじゃないよ。いつの間にか沙弥香と仲よくなってるわけだし?」
「それは、まぁ」
お互い……いや私にとって気軽に呼べる友人はあの子くらいしかいないというのは大いにあるけども。
「沙弥香に言われた通り、欲張りだからさ、私。侑も演劇もどっちも全部欲しいしやりたいから」
だからこそ、どっちつかずにならないようがんばってるのは知っている。ただまぁ、そのおかげで卒業に必要な単位がギリギリになってるってことも知ってるのだけど。もっとも、要領のいい燈子のことだ、メリハリは付けてるだろうし心配はしていない。
だからこそ、あの子のことが不安なのだろう。
まぁ結局のところ、そういう心配を吐くべきなのは私ではない。
「それならきちんとあの子に寄り添わないとね」
「うん。やっぱりそれしかないよね」
燈子もそれをしっかりと理解してるみたいで、強く頷いた。
私はそれを、微笑ましく見ることができるようになっていた。
……かくして酔っ払い二人はそのまま杯を重ねることしばらく、身動きが取れなくなって小糸さんの車に厄介になった。
燈子が早速「ごめん」「ありがとう」を駆使してるのがおかしくて笑っていたら、車内にハルもいたので、先輩二人の威厳は瞬く間になくなったのだった。