目が覚めたのは日が少し昇ったころだった。
いつもより少し遅い時間。昨日はゲームの後、部屋にナタリーが来ていた。あまりもので適当に作った夕食をふたりで食べて、その日のゲームのハイライトをふたりで眺めて、ベッドに入ったのだ。早い時間に寝付いたはずだが、珍しくぐっすり眠ってしまっていたらしい。
隣ではナタリーがまだ夢の中だ。口の端からよだれが垂れているその顔はいつ見ても少し間抜けで笑ってしまう。レイスが身を起こすと、ふたりの間で丸まっていた二コラも目を覚ました。起こされたことで、不満げに一声。ナタリーが起きてしまうから、と額のあたりを親指で撫でると静かになった。レイスがベッドから出たことで一人分ぽっかりと空いた毛布の隙間にもぞもぞと入っていった。温かいのだろう、良いことだ。
あまりにぐっすり眠ったせいか、お腹が空いていた。すっかり健康体だ。起きてすぐ何か食べたいなんて、少し前なら考えられなかった。ナタリーと恋人になって、食事を共にするようになってから食生活が随分改善されたように思う。だって、せっかく食事を共にするのに、毎回シリアルや栄養食もどうかと思うと、何かデリバリーを頼んだりテイクアウトを頼んだり、それもだんだんと飽きてくると今度は自分で作ろうか、となっていくのだ。
冷蔵庫には食べさしのベーコンが少し、キッチンのストッカーにはポテトがふたつ残っていた。少し芽が出始めている。そろそろ使った方がいいだろう。今日はこれでブランチにしようか。
ふたつある内、大きい方のカッティングボードでポテトの千切りを作る。ナイフも大きいものを使うのが簡単で良い。カッティングボードもナイフも、前は小さなセットを持っていただけだったが、自分で食事を用意するとなるとなかなかどうして不便で買い足したものだ。今日はこの千切りとベーコンでガレットを作ろう。ナタリーも好物だと言っていたが、彼女の包丁さばきは怖くて見ていられない。こうしてたくさんナイフを使う献立は専らレイスの担当だ。
ボウルにポテトを入れて、ベーコンの束はハサミで細切りにしたものを落としていく。小麦粉を一回し、それからストックしていたチーズをちぎったもの。トングで混ぜればあとは焼くだけだ。
フライパンに多めに油を引いて、ボウルの中身をそのまま返す。フライ返しで押し付けて形を作って、あとは放っておくだけ。この宿舎に来てからずっと使っている小さなフライパン。ほとんど使っていなかったのだが、ここ最近はやたらと登板回数が多く、少し焦げ付くようになってきた。買い替え時かもしれない。
常備しているデニッシュをトースターに放り込むと、バターの匂いがふんわりと香ってきた。空いているコンロでケトルを火にかけて、やっと一息だ。こうしてナタリーと過ごしている間に、レイスはすっかり手際が良くなってしまっていた。自分でも笑ってしまうほど。
「……あら、起きてしまったの?」
足の間にすり寄ってきた二コラを抱え上げる。抵抗なく持ち上げられた賢い猫は大きなあくびをして見せた。それからおなかが空いた、と言わんばかりにニイニイと喋りだす。
「ごめんなさい、この部屋にあなたのご飯は置いてないの。ナタリーを起こしてきてくれる?」
小さな額にキスをして床に下ろすと、ふくよかな尻尾をピンと立てて寝室に歩いて行った。わかっているのだろうか、本当に賢い猫だ。その後ろ姿を見送って、フライパンのガレットを裏返す。いい焼き色だ。塩胡椒を振って今度は蓋をする。
ちょうどケトルのお湯も沸いたので、コーヒーを二杯。揃いのカップに順番に。ペーパーに盛った粉が膨らむのを見るのが好きだ。もともと好きだったコーヒーも、こうして何度かゆっくり朝の時間を過ごすうちにだんだん凝ってしまってナタリーには呆れられている。ふたりで行った買い物で、ショップで豆を買ったことがある。店員から挽き方を聞かれてぽかんとしていたナタリーの顔を思い出すと今でも少しだけ笑ってしまう。帰り道に説明してやると興味が出たのかあれもこれもと質問責めにあったが。
 ちょうど豆が膨らんできてゆっくりとお湯を注ぎ始めたら、寝室から悲鳴が聞こえて来た。ナタリーが起こされたのだろう。二コラの起こし方は熱烈だ。まずカーテンレールに昇る。そのときレールが軋む結構な音がする。その音で起きられなかったら終わりだ。それからレールの上をそろそろと歩く。これは音がしない。最後にそこから思い切りベッドに向かって飛び降りてくるのだ。レイスは大体途中で気が付くのでまともに受けたことはないが、一度だけ三徹明けにやられたことがある。二コラはなかなかに体格の良い猫だ。それが鳩尾のあたりに容赦なく落ちてくる。はっきり言って、かなり痛い。
「おはよう、レイス……」
起きて来たナタリーは案の定少しげっそりとしていた。後ろから着いてくる二コラはやはりどこか誇らしげだ。今日もいつもの起こし方を遂行したのだろう。両手を広げてふらふらと歩いてくるナタリーを抱き留めてやる。頬に順番にビズを。
「おはよう、ねぼすけさん」
「良い匂いがするわ。これは……ガレット?」
「正解よ」
「やったわ!私、大好きなのよ」
ナタリーが顔を洗っている間に、ガレットをカッティングボードに。ナイフで八等分。これはそのままボードごと食卓に。トースターからデニッシュを出して、コーヒーも並べる。緑はないがよしとしよう。戻ってきたナタリーと食卓を挟んで向かい合う。
「ありがとう、レイス!本当においしそう!いただきます」
「いただきます」
ガレットはちょうどいい塩加減だ。外側はカリカリしていて、それでいて中は柔らかく、食感がいい。ベーコンとチーズの風味も効いている。噛り付いても変にバラバラと崩れてくることもない。何度か作ってコツを掴んだ。しっかり粉を振ること。それから千切りをなるべく細かくすること。最初の方は食べる端から零れていくものだから取り皿が汚れて汚れてひどいことになった。取り皿だけなら飽き足らず、ナタリーのパジャマの胸元には、前にガレットをこぼして付いた油染みが抜けなくなっている。
「おいしい!レイス、また腕を上げたのね。私もガレットは大好きなんだけど、こんなに上手には作れないもの」
デニッシュも齧ってコーヒーを啜る。空腹がやっと落ち着いた。陶器の皿と、銀のカトラリーが当たる音だけが静かな部屋に響く。
「ありがとう。なにか緑の野菜でもあれば良かったのだけれど」
「いいのよ。私たち、こうしてまともに食事を摂っているだけでも大進歩だわ。レイスのおかげね」
それはナタリーの言う通りだった。食事なんて、ただ生きるのに必要な栄養素を摂取するだけの行為だった。レイスが出会った頃のナタリーもそうだ。最も彼女は家族と暮らしていたことがあるから、もっと食事に構っていたことはあるはずだが。彼女の中で食事は優先度が低い要素だったはずだ。
「まさか私が食卓の彩りを気にするようになるなんてね」
「本当に!でも確かに、彩りが豊かな食事はそれだけで不思議と美味しいのね。ひとりで食べているときはまったく気にしていなかったのだけど」
「彩りだけじゃないわ」
今日はどんな食器で出そうか、飲み物はコーヒー?ワインは赤、白どちらのほうが今日のメニューには合うだろうか。昨日はこれを食べたから、今日は少し味を変えてこっちにしたほうがいいかもしれない。そんなことを考えて食事をふたり分用意するのがレイスは好きになった。それをそのまま伝えてやると、ナタリーはぽかんと口を開けて見せた。
「どうしたの?」
「いえ、その……随分と情熱的だったものだから」
あなたがそんなに情熱的なことを言える人だなんて知らなかった、と珍しく照れているらしい。頬についたデニッシュのくずを指で拭ってやると、ますます肩を竦めてしまった。本当に珍しい。こういうときは年相応に見えて、ついつい目尻が下がってしまう。目が合うと逸らされた。こんなに初々しい反応をされるなんて久しぶりだ。
「照れているの?ナタリー」
「だって、そんな、まるで私のことが大好きみたいなことを急に言うから」
「知らなかったの?好きよ、ナタリー」
縮こまってしまったナタリーを横目に、ガレットを頬張る。冷めてきても美味しい。コーヒーも良い香りがして、気分がいい。何より、目の前の彼女がとにかく照れているのが楽しくてたまらない。そういえば、口に出して言ったのは初めてかもしれない。ナタリーには何度も言われていたけれど、なんとなく口に出すタイミングがなかったから。
「レイス、変わったわ。今までそんなこと言わなかったし、こうしてゆったり食事を楽しむなんて想像もしてなかった」
「変わった私は好きではない?」
「そんなことないわ!大好きよ!」
「ありがとう」
~ナタリーが笑った感じとレネイブラジーが微笑んだ感じの地の文~
「変わったとしたらそれは全部あなたのせいよ」
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ワとレ模索中
初公開日: 2022年11月23日
最終更新日: 2022年11月23日
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なしひとへのお題は『この先に何もないと知っている・小さな自己主張・喉が痛むほど叫んだ』です。
なしひとへのお題は『この先に何もないと知っている・小さな自己主張・喉が痛むほど叫んだ』です。
なしひと
深海魚の庭
国を追われた魔術師と、貧しい少女の百合物語。 ※現在、事情があり執筆を中止しています。再開は未定。 …
理沙黑