(『旅行プラン』)『ブラック(黒)』『エスコート』
「足元、気を付けろよ」
さく、さく。
新雪を踏みしめる音が鼓膜を震わせる。
視界はぼんやりと滲んでいる。けれど、きっと他の人の眼には美しく映るのだろう。
澄んだ朝の空気が、痛いほど胸を刺す。
吐く息はすぐに凍ってしまいそうなほど。痛いほどの静けさは、雪の降り積もる音まで聞こえそうなほどだった。
ぐらりと傾いた身体を、手を引かれて支えられる。気遣わし気な視線に笑みを返し、大丈夫だと頷いて見せた。
「無理はするなよ」
どうしても見てみたいとねだった景色。
最後まで懸念を示していたヴェイルをなだめて懇願してしぶしぶ連れて来てもらったのだ。
きっとヴェイルからすればゆっくりとした歩みなのだと思う。
それに焦れるのではなく、はらはらと心配そうに様子を見てくる彼に、レイスはひっそりと笑った。
「ちゃんと、外套着込んどけよ」
襟巻をきつめに巻きなおされ、彼は再び前を見る。歩きやすいよう道を慣らしながら進んでいく彼の気遣いに、つくづく優しいなぁと心が温かくなった。
繋いだ手が、やけに熱い。
指先は痛いほどかじかんでいるというのに。
少し上がった息遣いが、二人の間に落ちた。
「俺の、秘密の場所」
野生の雪うさぎの生息地、トナカイの通る森、フクロウの鳴き声を聞きながらようやく到着したのは湖のほとり。
「……ここは、子供の頃の……」
「覚えててくれたんだ」
嬉しそうにはにかむヴェイスは、その表情が見えないはずなのにまるで幼い頃に「ほらな」と浮かべた人懐っこい笑顔に重なり、思わず頬が赤くなる。
「大丈夫か?」
「ああ。少し、昔を思い出して」
恥ずかしさに口元を覆えば、体調が悪くなったのかと慌てるヴェイス。
何でもないと返して、落ち着ける場所を探した。
湖のほとりをさくりさくりと足跡を付けながら歩く。
うっすらと氷の張った水の中にも、魚の影が見えた気がして生命力の強さを知った。
遠くに動く生き物の気配を感じ、そちらを見やるも、白く染まった世界しか見えない。
目を細めてそちらを見据えると、ヴェイルの息遣いを近くに感じた。
驚いて距離をとろうとしたが、肩を掴まれ身動きができなくなる。
「ほら、あそこ。うっすらと動いてるの見えるか?」
同じ視界になる程に距離を詰め、ヴェイルはすっと一点を指す。
そこには、木々の影に同化していた影がゆらりと動いた。
「見えた!ヴェイル、見えたぞ」
ぼやけた視界でも、捕らえられた。ああ、自分の眼で見る事が出来た。なんて嬉しいんだろう。
その喜びに思わずはしゃぐと、柔らかな視線を向けられている事にハタと気づく。
「す、すまない……」
普段は、どちらかというと冷静に動けている方だと思っていた。自分の自制の無さに恥ずかしくなってしまった。
「何で謝るんだよ。俺はレイスに喜んでもらえて嬉しいよ」
その声がとても優しくて、別の恥ずかしさが湧き上がる。ぱっと離れようとすれば、ぐらりと身体が傾いだ。
「おっと。ほら、いきなり動くと危ないから気を付けろ」
雪道でも危なげなく歩くヴェイルは、難なく私を支えてくれた。更に近くなった距離に、思わず顔を反らした。
「照れてる?」
「……少し。」
正直に答えれば、ヴェイルがふはりと噴き出す。
ついと視線を外せば、ごめんと謝罪が返された。
「部屋ではもっと近い距離にいるくせに」
「二人きりの室内と、外ではまた違うだろう」
そうか?と首を傾げるヴェイルに、私はふるりと頭を振った。
「だってさ、ここも二人きりだ」
無邪気に手をひろげるヴェイルの後ろには、静かな森。
動物たちの気配はするが、美しい雪と氷の世界が広がっていて静かすぎる程。
はぁと吐いた息が彼の睫に当たり、そこにはうっすらと氷の膜が張っていた。
「それも……そうだな」
分厚い手袋に難儀しながら、その氷を落とす。
「ヴェイル、少し目をつぶってくれないか……」
じっとこちらを見てくる彼にそう伝えると、そのまま唇を塞がれた。
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