それはソファにふたり並んでくつろいでいるときのことだった。レイスは少し前のファッション雑誌を、彼女、ナタリー・パケットは最近出たという学術誌を膝に載せて。夕飯も終わって、こうしてふたり静かに過ごす時間がレイスは好きだ。ファッション誌なんて真面目に読むものでもないので、表面をさらりと眺めてページを捲る。隣から時折聞こえる、くぐもった小さなひとりごと、それからページを捲る音が心地良かった。
部屋は存分に温まっていて、ストーブの前では二コラがひとつ大きな欠伸をした。こうも快適な空間になってしまうと、だんだんとお行儀良く座っているのが億劫に感じてくる。じわりじわりと頭の位置が下がり、座っている位置が浅くなる。しまいには、レイスはソファの肘置きに頭を預けて、両足をソファの座面に載せてしまった。足先を隣に座っている彼女の尻の下にねじこむと、なんとなく体温が感じられて落ち着く。温かい。本格的に眠気を感じてきて、ソファにかかっていたブランケットで上半身をくるむ。またページが捲れる音。紙が擦れる音が心地良い。
どれくらい時間が経っただろうか?レイスは自身の足が何者かに持ち上げられて、頭を起こした。リビングの照明が目に刺さる。はたしてそこには、ナタリーパケットが悪戯を咎められた子供のように笑っていた。
「起こしてしまったかしら?」
「ああ、……ええ、寝てしまっていたのね。ええと……?」
レイスが目を覚ましてもナタリーが手を止める素振りはない。そのままされるがままにしておくと、彼女の太ももの上に交差するように、レイスの膝が載せられた。そのままじわりじわりと彼女がにじり寄って来る。
「ええと……ナタリー、これは?」
「いえ、少しね、気になったの。レイス、あなた前に私のことを横抱きに持ち上げてみせたでしょう?私もあなたのことを持ち上げられるのか、と思って」
肩の下に腕を回されて、支えられて上半身を起こす。エスコートされるがままに腰を上げ、膝の上に載せる。足こそソファに載せているが、これでほぼほぼ彼女の膝の上に乗った形だ。
「あの、ナタリー。私はあなたより確実に体重があるし、そう簡単に持ち上がらないと思うのだけれど」
「そうかしら?レイスはなかなか認めたがらないけど、私の方が身長が高いのよ」
「ほんの少しの差でしょう」
「そう、ほんの少し。でも私の方が高いというのは変わらない事実だわ。……んっ!」
彼女の太ももの筋肉が一度大きく膨らんで、はたしてレイスの体躯は宙に浮いた。慌てて両腕を首に回す。体重をなるべく彼女の身体に預けてやると、安定したようだった。ほっとする。後ろにひっくり返られたらどうしたものかと思ったから。なにやら不思議なことを始めた人間たちを、二コラはちらりと見て尻尾で床を叩いた。騒がしかったのだろう。
「ほっ……ら見て、簡単じゃない……!」
とてもそうは思えない。腕は震えているし、腰は前に出てしまっている。まず間違いなく一歩も動けないだろう。それにこのままこの体勢でいたら間違いなく腰を痛める。彼女は知らないだろうが、人間を横抱きにしたり背負うというのは、キャリーされる側の体幹が重要だ。どこに重心を置いてやるのか、いかに面で体重を預けてやるのか。彼女はレイスを持ち上げられたことで頭が一杯のようだが、これはレイスの体幹が為せる技だというのを気付く余裕はないだろう。
「ええ、新鮮ね」
「んっ、う、あ、ダメ!」
時間にしてほんの一分足らずでレイスの空中浮遊は終わりを告げた。思いのほか勢いよくソファに戻ったため、彼女の腰を心配したが、締まりなく笑っているところを見ると痛めてはいないらしい。頬が紅潮して、満足気なところがなんだか愛おしかった。何がなんだかわからない時間ではあったが、お疲れさま、と頬に唇を当てる。
「人を抱き上げるって本当に大変なことなのね……」
「あなたはもう少し、身体を鍛えてもいいかもしれないわね」
自分のものとは違う、柔らかな二の腕に手のひらを当てる。少し肉付きが良くなっただろうか。下から持ち上げるようにすると、弾力を感じた。レイスの腕とは訳が違う。
「それからもうひとつ覚えたわ。横抱きにするのって、腕の長さも重要なのね。レイス、あなた大腿筋がとっても立派だから……」
「……それからもう少し、デリカシーというものを覚えた方がいいかもしれないわね」
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