織賀は約束を守り、全ての用事が終わった後は本当に食事を奢ってくれた。しかも、選んだお店は全大学生が愛する焼肉だった。祝部はそこで初めて名札のついた肉を食べた。
 名札のついた人間はおよそ肉塊には見えないのに、名札のついた牛肉は肉塊性を高められてしまうのは何故だろう? 名札のついた肉の品質の高さを認めてなお、祝部はそれらが苦手だった。
 箸でそれとなく名札を外しながら、祝部は尋ねる。
「ところで、何で着替えたんですか。準備ってなんだったんですか」
「そりゃTPOだよ。さっきも言っただろ。然るべき時に然るべき格好をすることで、信頼と実績のある活動をしていくわけで」
「今日はプライベートだし死体も埋めないからジャージじゃないってことですか」
「お前がそう思うならそうなんじゃねえの」
「その言い回し腸煮えくり返るほどムカつくな」
 牛の横隔膜ことハラミを焼きながら祝部は言う。名札には『上ハラミ(横隔膜)』と書かれていたのだけれど、その括弧内の情報で美味しくなるものだろうか?
「それと、もう一個気になってたんですけど、そのリュックの中身ってなんだったんですか」
 祝部はトングでリュックの方を指し示す。
 恐ろしいことに、リュックはくったりと倒れ、半分に折り畳まれていた。あれほど重そうだったリュックが、である。ということは、あそこに入っていた荷物は……どうなったんだろう? 一応、半分は残っているということは……減った? のだろうか。
「人の荷物を詮索するのはモテないぞ」
「モテなくていいので中が気になるんですよ。見せてください」
「えー、やだー」
「いいじゃないですか。というか、あれだけ回ったのにもしかして何も買ってないんですか? だとしたらあの時間無駄じゃないですか!」
「ショッピングの醍醐味は物を買うことだけじゃないと思うんだけどなぁ~祝部くんはそう思わんかね」
「いいから見せてくださいよ。ハラミ焦げますよ」
 トングをカチカチしながら言うと、織賀は唇を尖らせた。
「だって絶対つまんないって言うし……」
「言わない言わない。人のリュックの中身にエンターテインメント性なんて求めてませんよ」
「逆にさあ、ここに生首とか入ってたらどうすんの」
「そのパターン嫌すぎるんですけど。その場合は見せなくていいです」
「俄然見せたくなってきた」
「そこでやる気を見せるんじゃねえですよ」
 一瞬、祝部は自分の軽率な発言を後悔しかけてしまった。隠されているものは、不適切だから隠されているわけで、それを暴く必要なんてあるんだろうか?
 祝部は織賀に促されるまま、あのジャガーの中で死体の来歴や隠された真実を暴いてきた。だが、暴いて良かったと思えるような真実は一つも無かった。祝部は探偵じゃないし、むしろ隠蔽の方向に走っている悪の共犯者である。情状酌量の余地が認められなければ地獄堕ち待った無しの存在である。得られるものは、運転している織賀の歓心くらいのものだ。それだって得て良かったと思えるものでもない。彼にとっても、それは単なる暇潰しである。死体埋め部における祝部のメインの役割は、一緒に死体を埋めることであり、罪を分け合うことなのである。
 この世にある殆どのものは、埋めて隠して無かったことにした方がマシなのだ。
 だが、織賀の指は既にチャックに掛かっていた。さっきまでの躊躇いが嘘のように、織賀が一気にリュックを開けた。
 そこにあったのは、昼間織賀が着ていたジャージと衣服だった。
「……それだけですか?」
「それだけだけど」
「なんか、それにしては膨らんでませんでした? 待ち合わせに来た時」
「あ、これ今日買ったばっかでさ。芯材? が入ってたんだよな。リュックの形が崩れないようにするやつ。入れといた方が見栄えがいいのかなって入れといたんだけど、膨らんでると引っかけて危ないだろ。楽器屋でギターに引っかけて怒ったじゃん」
「結構重そうだったんですけど……」
「そう?」
「いや、触った感じそうでも……」
「…………」
「……黙んないでくださいよ」
「ほらー!! つまんねえって言ったじゃん! この空気俺が作ったみたいになんの不公平すぎんだろ! じゃあお前はいつもリュックに面白えもん入れてんだろうな! 今度お前の持ち検して爆笑掻っ攫えなかったらキレるからな!」
「別に責めてないじゃないですか!」
 じゅう、と鉄板の上のハラミが鳴く。別に、エンターテインメント性を求めていたわけじゃない。生首が出てくるよりはジャージが出てきた方が数億倍マシだ。焼肉の場にそういうカニバリズムを連想させるようなものは無くていい。祝部は思わず笑ってしまった。ここは死体埋め部のジャガーの中でも、暗い山奥でも無い。
「安心したので、上タン塩追加していいですか」
「どういう論理だよ。別にいいけどさ、タレ付いた肉の後にタンに戻るの焼肉のセオリー的に邪道じゃね?」
「セオリーなんて糞食らえですよ。織賀先輩もタン塩食べたくないですか?」
「正直食べたい」
 そうして、祝部はハラミを食べた後にタン塩を追加するという暴挙に走り、欲望のままに焼肉を楽しむ。本当に楽しい夕食だった。これならいくらでも買い物に付き合う、と思ってしまう程に。
 そして翌日の夜、電車なんかとっくに終わっている時間に、織賀が祝部の家にやってくる。
「よお、祝部」
 いつもの通り、織賀は八重歯を見せて笑いながら、真っ暗い夜を背負って立っていた。寝ぼけた祝部は「え……」と、初めて連れ出された夜と同じ戸惑いを覚える。
 車検中なら真夜中に織賀がやって来ることなんて無いと思っていた。死体埋め部の活動には、あのジャガーが必須だからだ。話しかけられているのにぼやけた頭は、織賀が来ることを想定していなかったからだろう。逆に言えば、普段の祝部は織賀が来るのを無意識に待っていたことになる。なんとも睡眠の質が悪そうな結論になってしまった。
「どうしたんですか、こんな時間に」
「どうしたもこうしたもないだろ。俺は優しい先輩だからね。埋め部の活動以外でお前を真夜中に起こすことはないよ」
 極めて慈悲深い声で織賀が言う。確かにそうかもしれない。そうなのか? だって、今日は絶対埋め部の活動ではないのだし。ジャガーが戻ってきた? 流石に早すぎる。車検のフローチャートを知らない自分が悔やまれるくらい、事態の把握が出来てなかった。この期に及んでグズグズしている祝部に対し、織賀は言う。
「祝部は知らないかもしれないけどな。車検ってのは大体代車がセットなんだよな」
「代車って……代理の……車ですか?」
「略されてるのをそのまま言っただけみたいだけど、まあそういうことだよ」
 代車。どうしてその可能性に気づかなかったんだろうか。車検の間車が使えないんだとしたら、あまりに不便だ。人によっては通勤などに影響が出る恐れがある。そんなことにはしないはずだ。
「仕組みが分かったら、さっさと出てこいよ。代車を見せてやるから」
 織賀がそう言う以上、祝部に選択肢は無かった。祝部は身支度を調えると、死体を埋める時の気分で織賀の元に向かった。
 織賀が乗り込んでいるのはいつものジャガーでは無く、見知らぬ白い車だった。ジャガーの代用なのだから、この車もそれなりに高級なものなのだろうか? それとも、代車はそういう仕組みじゃないのだろうか。後部座席に先客は──即ち、死体の姿は無かった。他人の匂いがする車に乗り込みながら、祝部は尋ねる。
「もしかして、死体の回収はこれからですか」
「いや、もう乗ってる」
「は? どこに……」
「いいからシートベルトしろよ。ちょっと普段と勝手が違うかもだけどな」
 織賀の言う通り、慣れていないシートベルトは着けづらく、戸惑っている内に車が動き出した。
 そして祝部は、後部座席に鎮座している膨らんだリュックに気がついた。
「………………これ、何ですか?」
「何ですかも何もあるかよ。今からそれ、埋めに行くから」
「えっ、なん……何でですか? これ、織賀先輩のリュックですよね?」
「大事なのは中身なんだよなぁ」
 見慣れた赤ジャージに身を包んだ織賀は、事もなげに言う。
「我が部は基本的に死体を埋めることを活動内容とするわけだけどな。ごくたまに課外活動を依頼されることがあるんだわ。演劇部が演劇をするだけじゃなく、学校行事で照明係を担当するように」
「無理矢理部活で例えないでくださいよ。わかりにくい……」
 果たしてわかりにくいことだろうか? むしろ、訳の分からない織賀にしては、とってもストレートでわかりやすい例えなのでは?
「俺は死体埋めるのが好きで埋め部をやってるわけじゃないからね。別に埋めにこだわってるわけじゃないわけよ。ごくたまーに、依頼次第で他のこともするわけ。勿論、俺自身がなんかするわけじゃねーけども、お願いされちゃったら断らない感じ。たとえば何かを処分したり、何かを受け渡したり、そういう課外活動がね」
「その課外活動は死体を埋めるよりマシですか?」
「マシだったらそっちをメインの活動にしてたかも」
 織賀の運転は今日も実にスムーズで、全然揺れなかった。織賀は目的地の全てが頭に入っているので迷わない。よく見ると、織賀のリュックにはちゃんとシートベルトが掛かっていた。こんなところまで律儀にやらなくてもいいのに!
「中身は何ですか」
「見ない方がいいよ。多分後悔するから」
「何なのか教えてくださいよ」
「変になんか背負わないでいいって。お前にそこまで求めてないから」
 織賀がミラー越しに祝部のことを見る。
「何なら、推理してみれば? 材料は何も無いけど」
「なんで俺のこと呼んだんですか。これを埋めるのなら一人でもいいでしょう」
「一人でもいいけど、一人は嫌じゃん」
 そう言って、織賀は軽やかに笑ってみせた。
「だってお前、副部長なんだもん」
 祝部に求められているのは、死体を埋める為の単純な人手じゃない。そのことは理解しているはずだった。つまり、こういうことなのだ。得体の知れないものと後部座席に閉じ込められている、と思った瞬間、祝部の心臓が締め付けられる。気づけば、車以外にも異常があることに気がついた。今走っている道はいつもの道じゃない。──オリガマウンテンに行く道じゃない。
「これ、どこ向かってるんですか」
「内緒。それ教えたらつまんないじゃん」
「これも当てろっていうんですか。何も手がかりが無いのに」
「手がかりってなんか探偵っぽいよな。やっぱりお前、向いてるかもね。なあ祝部、今どんな気分?」
「最悪な気分ですけど」
「俺も最初はそうだったよ」
 織賀は今や完ッ全に笑っていた。楽しく新宿散策をしていたのが嘘みたいだ。あれは単なるカモフラージュだったと言わんばかりだ。だったら、もう少し手心を加えてほしかった。何がフリーでプライベートだ!
 一旦ここで終了します!
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