束の間、久し振りに目にしたそれから視線を離せなかった。
わたしにしては珍しくそれをまじまじと見つめてから手を伸ばす。キッチンに付属してる小さな食器棚から取り出した箱を開けると、納まりっ放しになっていた二つのコップが何ヶ月かぶりに顔を出した。
「……あったなぁ、こんなの」
ぽそり、乾いた言葉が口を衝く。
それを見ても悲しみや痛みはない。ただもうすっかり薄らいでしまった寂しさが、コップと一緒に顔を出したってだけ。
本当に、それだけ。
……同じ大学に進んで、もっと長い時間を過ごせると思ってたから、こっちに来る時気が逸って買ったカップル用のペアカップ。
結局、使う機会がなかった。直接言われるより前に薄々と察してしまってたわたしは、早々に食器棚の奥に仕舞い込んでたものだから、年末の大掃除に取りかかる今の今まですっかり忘れ去ってしまってた。
「どうしたもんかなぁ」
正直困ってしまう。沙弥香先輩用のコップはもうあるわけだし。それにこういうのを置いたままにするってのも先輩に失礼になるだろうし。
捨てちゃうなりフリーマーケットとかネットオークションに出すなりすればいいんだろうけど……。
わたしの目は、食器棚に並べられた先輩の食器を映す。
『——感情が長続きしないってそれは、楽しいことも?』
なおも鮮明な記憶が、わたしに問いかけてくる。
感情の回転率がいい。心が乾くのが早い……そう自己評価するわたしに、沙弥香先輩が言ったのだ。
実際わたしは否定しなかった。だからこその今を求めた。
けれどなんというか……今はその先を見るのが怖いと思う。
感情の回転率がいいわたしは、いつか沙弥香先輩から心が離れてしまうのかもしれないから。
そしてそのことをさっぱりと過去の物として切り離して、次の誰かを求めるのかも。
……今こうやって、あの子を想って買ったはずのコップを見てるみたいに。
わたしは別にわたしのことが嫌いじゃない。こういう生き方をむしろ肯定してる。
だけどそこに人との関係というのを絡めてしまったら——その瞬間大切にしていたはずの人を、ことを、物を、否定するようなことなんじゃないか、って。
そしてそれは自分を否定するのとおんなじ。
そこまで気付いた時、これまでの自分の交友関係もそうだったんだとようやく思い至った。
その場その場の使い捨て。実際大学以前の交友関係はもう一つも残ってない……少なくとも、わたしから連絡を取ることがない。そもそも全然記憶に残ってない。
……沙弥香先輩とはそんな風になりたくはないなぁ。
だって、それがどれだけ自分とその人とを否定してることになるか、分かったから。そうはしたくない。
沙弥香先輩はわたしと逆でいつまでも終わったことに囚われてしまうって言ってたから、きっと結構引きずっちゃうんだろうし、だけどわたしは何日かすればケロッと痛みを忘れてる。流石にそれは今のわたしにとってもいやなことだ。
あの子と別れることになって。沙弥香先輩と出会って。わたしはようやくそのことに気付いた気がする。
気付いてしまえば、そのままではいられない。
生き方や考え方まで変えるつもりはないけれど。
自分がしてることを自覚して、できるだけ大事に思っていられるようにしていたい気はする。
「……結局どうしよっかなぁ、これ」
まぁそうなるとこれの処分に困るわけだけど。ほんとどうしたもんか。
悩んでもわたしにいい考えが浮かぶわけもない。大体わたしは考えるの苦手だし。
結局煮詰まったわたしは、このペアカップの処分を沙弥香先輩に相談するのであった。