※大幅に変更する可能性があります。
 夜はあっという間で、すぐに昼になった。
 力が戻った俺はダルフと力試しをすることになって、今彼と向き合っている。
 集中しなきゃいけないのに、カプリコルヌス様が戻ってきて伝えてくれた内容が頭から離れない。
「浮かれすぎやざ」
「現金ですよね~」
 思い出してほほが緩むのをダルフは呆れながら、サダルはからかうように指摘してくる。
 仕方ないだろ。カプリコルヌス様がヘレから伝言を預かってきてきてくれたんだから。「次の夜に、ちゃんと話をしよう」って。
「う、うるさいな~! 二人みたく喧嘩してすぐ仲直りできないんだよ!」
「うらはサダルのことを許した覚えはないやざ」
「仲直りっていうか、そういうもんだっていう割り切りですよ~」
 サダルの言葉にダルフがじと目を向けるが、サダルはふふんと鼻を鳴らしてさらに煽っている。そのうちまた喧嘩になりそうな雰囲気だ。
「ええ? 二人は仲良いの? 悪いの?」
「腐れ縁やざ。イヤなら口きかなければいいんやざ」
「ダルフはああ言ってますけど、仲は良いですよ。僕はダルフのこと好きですし、ダルフは僕のこと嫌いになりませんから~」
「嫌いやざ」
「ひっどーい」
「オイ、いつまでぎゃいぎゃい騒いでンだ」
 いつまでも力試しを始めない俺たちにマルフィクがイラついている。
「マルフィクさんも混ざればいいじゃないですか~。そんな寂しそうな顔してないで」
「ンな顔してねェ」
 けど、サダルの軽口に呆れたように息を吐いた。
「とッとと始めろ」
 マルフィクの言葉に今度こそ俺は気を引き締めた。ヘレとの問題がなんとかなりそうなのはうれしいけど、俺には他にもやらなきゃいけないことがある。この修行で一番大きく成長して、褒美をもらって過去を見に行く。そして、双子の神殺しの真相を知るんだ。
 だから、ちゃんと気合を入れていかないといけない。
「じゃあ、ダルフよろしくね」
「手加減はしないやざ」
 さて、どうしようか。ダルフの加護の力を俺は知らない。マルフィクはダルフと力試しをしてたから知ってるはずだけど、俺には教えてくれなかった。
 対してダルフも俺の力についてはそこまで詳しく知らないはずだ。
「考え事してるんなら、こっちから行くやざ」
 ダルフが地面を蹴って迫ってくる。慌てて後ろに後ずさると、びゅっという音が耳に届いた。
「え?」
 少し遠くで何か振りかぶったと思ったのに、ダルフは何も持ってない。
 戸惑っているうちにダルフが再び腕を振るう。
「ぐっ!?」
 避けたつもりだったのに重い”何か”に押されて、木に背中が叩きつけられた。
 何今の!? ”何もない”のに吹っ飛ばされた!
「アスク、さっさと立て」
「双子の加護、脚力の強化!」
 マルフィクの言葉がサダルの水の通信機から聞こえて、俺は慌てて双子の加護を使う。強化された足で地面を蹴って、ダルフの拳を避けた。俺の背中にあった木が派手な音を立てて揺らいだ。何かに殴られたような音と衝撃。もちろんダルフの拳が木に当たったわけじゃない。
 やっぱりダルフは何かで攻撃してる。それがダルフの普通の攻撃範囲より大きいものである以外何もわからない。
「ダルフはどうやって攻撃してきてるんだ……?」
「答えんやざ」
「勝負中に自分の手の内をさらすわけないじゃないですか」
 俺の呟きは水の通信機に拾われたらしく、ダルフが端的に、サダルが補足のように詳細を言ってくる。
「なら、見破ってやるさ! 今度はこっちから行くぞ」
 守りだけじゃ一向にわかりそうにないし。
「牡羊の加護、矢でダルフに攻撃をして!」
 複数の矢が俺の周りに現れて、俺の言葉が終わると同時にダルフへと放たれる。けど、ダルフには届かなかった。ダルフが左手を上から斜め下にすっと動かしただけで、矢は勢いを失い、地面へと落ちた。
「どうして……!」
「わかンねェのか、差があり過ぎンな」
「ダルフいっけー!」
 ダルフが俺に向かって左手を突き出したと思えば、びゅっという音が耳に届いて前からものすごい風がふいてきて、立つのもやっとの状態でわかった。そうか、”風”か。
 そろそろ息がやばいと思えば今度は上からの風に地面に押し付けられた。
「そこまでだ」
 マルフィクの言葉で風が止んだ。
「思ッたより何もできなかッたな」
「言葉で言わないと加護が使えないみたいですね。加護の発動の遅さは致命的ですよ」
「先にやられッからな」
 批評するなら聞こえないとこでやってほしい。負けた悔しさと、思ったよりも加護が使えなかったことにすでに十分凹んでるんだよっ!
「平気やざ?」
「はは、結構ダメかも」
「初めての対人戦やから、慣れれば……いいんやざ」
「……うん、そうだね! ありがとうダルフ。少し元気出たよ」
「別に何もしてないやざ……」
 心配してくれるダルフに少し気持ちが落ち着いた。
 そうだよね、まだ一回目だし。それより加護がちゃんと使えるってことがわかったんだから、これから加護を理解してもっと上手く使えるようにならなきゃ。マルフィクに相談してみよう。
「また次回頼む」
「もちろんですよ! あ、丘から虹の星が顔を出し始めたの知ってます?」
「え、虹の星ってこの修行が終わりの合図の星だよね?」
 最初に山羊の神と会った丘を見ると、確かにほんのりと虹の星が丘から覗いていた。しっかり見ないとわからないくらいだ。
「時間が迫ッてきているのか」
「はい。なので、対人戦をする頻度をあげませんか? ダルフももう少しで何かつかめると思うんですよね」
「わかった。アスクも戦い方を身につけさせたいしな」
 そっか、時間が短いのかー……って、俺まだ加護使える状態に立てただけじゃん!?他のみんなより出遅れてるよね!?
「じゃあ、赤い星が半分ほど傾いたらまた来ますね」
「ああ」
 焦っている俺を置いて、サダルとダルフとは別行動となった。
 赤い星が沈み、青い星が空に浮かぶ。
 赤い星が上った時は焦りに焦ってたくせに、もう調子こいてやがるアイツは喧嘩した相手と会ッてンだろう。
 修行にも差支えがあるから、さッさと仲直りでもして精神的に安定してほしいんもンだ。
 ンなことより、オレはどこまでアイツのことを師匠に話すべきか考えておかねェと……。
 前と同じで、木々の合間から覗く光のもとへ足を運ンだ。
 なンで牡牛のと水瓶のが師匠と一緒にいるンだ?
「マルフィク、来たね。ほら、こっちにおいでよ」
「…………」
 口元だけの笑みを浮かべた師匠が隣を示した。断る理由も思いつかねェし、従うしかない。
 俺が指定された位置に腰を下ろせば、イヤでも他の二人から視線を受ける。
「緊張なさらなくても大丈夫ですわ~」
「そうですよ、マルフィクさん。僕たちはレーピオスさんの仲間ですから」
 にこにこと笑みを浮かべてるが、腹で何考えてるかわかンねェヤツらだ。オレは二人のことは無視して師匠へ目を向ける。
「二人は私たちの賛同者だよ」
 オレの視線の意味に的確な返答を寄越してくる。オレはどこまで知ッてるのかと、目を細めて二人を眺める。
「はっきり言った方がいいでしょうね。神殺しについて賛同してるんですよ」
 水瓶の言葉に、ある程度話が通ッてることがわかる。だからと言ってオレからそれ以上の情報を渡す必要もない。
 俺は返答もせずに師匠に顔を戻して、呼び出した理由を聞く。
「で、なんの用なンすか」
「もちろん牡羊の迷い子のその後を聞きたくてさ」
 この場ではッきりと言うンだから、アイツのことを話しても構わないンだろう。だけど……
「……アスクは、順調に加護を使えるようになッてます」
「それは、迷い子の力がわかったってことかな?」
 くそ、洗いざらい話せッてコトか?
 どこまでなら話しても大丈夫だ……? 別にアイツをかばうわけじゃねェが、イヤな感じが拭えねェ。
「多少ッすけど。どうも加護との意思疎通が声に出さないと無理ッぽくて、加護と話し合ってパターン決めて……技に名前をつけるようにしたら上手く――」
「マルフィク。本当はわかってるんだろう?」
「っ……」
 お見通しッてか。師匠は本当にやりづらい。
「僕、アスクさんが牡羊の封印を解いた時、見てましたよ。マルフィクさんの加護がアスクさんの体から出た時に、力が増してたの」
 水瓶のヤツが割って入ってくる。余計なことを……ごまかすのは無理か。
「……はあ。師匠こそもう検討つけてるンじゃないッすか。アスクが牡羊の加護を取り戻した後、あンたの加護をオレがアスクにくッつけたンッすから」
「予想はついてるけどね。で、どうなんだい? 一緒にいて、確信は持てたかい? 星の子だって」
「……あいつの話を聞けば聞くほどそうでしょうね。あいつの性質は神や人間じゃない。星そのものッすよ」
 星は、神の力で繁栄する。そして、繁栄した星は神の力を増幅させ還元する。神と星が切っても切れない関係ッて言われてるのはそのせいだ。
 アイツの力は星と同じだ。オレたちが加護を自分の中に吸収して、神と同等になるのとは違う。加護が、力がそのままの状態で増幅する。アイツが加護の力を使えるンじゃない。加護が、自分の意志でアイツのために力を使っているンだ。
「まあ~、すごいですわ~。アスクさんは神や加護持ちに莫大な利益をもたらしますわね~」
「仲間になれば心強いことこの上ないだろうね」
 牡牛のヤツに師匠は上機嫌で応える。利用するならッて意味だろうけどな。
「でも、僕たちにはちょっと邪魔な力なんじゃないんですか? 加護の力が増幅って、下手したら神の量産ができるじゃないですか」
「いくら神を滅しても~、増えるのでは手に負えませんわね~」
「本人がその力を知って、神に捧げるならだいぶ手がかかるだろうね。彼はどこまで自分の力を理解しているのかな?」
「さあ? まだ全然わかッてないと思いますけど?」
 意識してわかッてるわけじゃないはずだ。むしろ気づかないようにしてるように見える。
「僕も見てる限りはわかってないと思いますよ」
「ふーん? オフィウクスの加護を使ってないのかい?」
 たしかにアイツのオフィウクスの加護は、アイツの力を教えてくれるはずだ。だけど、ここまで使う気配が全くない。本能的に危機でも察しているのか……。
「使ッてないです」
「へぇ、じゃあちょうどいいかもね。彼女とも会えなかっただろうし」
 師匠の薄ら笑いに、背中が寒くなッた。アイツは師匠の手の上で転がされてンのか。不憫なヤツだ。
 オレは知ってる。オフィウクスの加護をアイツが使ッたらどうなるのか。
 本当師匠はやりにくい。
 ヤな感じだ……。
 青い星が沈んで、赤い星が空に浮かんだ。
 夜が終わって、長い昼が始まる。
「……なんで、だろう」
 待ってたのに。
「ヘレ、来なかったんだ……」
「……そうか」
 戻ってきたマルフィクが隣で相槌を打つ。
 意気込んでただけに、さすがに凹む。何がダメだったんだろう。話すらできないから、どうしていいかわかんない。
「虹色の星もだいぶ高くなってきた。昇り切れば、イヤでも会うだろ」
「うぅ~、でもこんだけ会ってくれないってことはヘレは相当怒ってるよね。なんで怒ってるのかもわかんないのに、本当にヘレと仲直りできるのかな……」
「…………」
 解決策が見つからない不安が噴き出す。
 正解が知りたい。会ってちゃんと仲直りできる方法の正解が。
「……オフィウクスの加護、使ってみようかな」
「ヤメロッ!」
「えっ?」
 マルフィクの大きな声に、今日初めて彼の顔を見た。くしゃっとした顔は、幼子が泣き出しそうな表情だった。
「な、んで?」
 マルフィクだったら、オフィウクスの加護を使うことをむしろ勧めてくるかと思った。そういえば、いままで使えって一度も言われてない。
 なんで?
「……なんでもだ。それより、上手く使える力をもッと使えるようにする方が先だ」
 俺の疑問はさえぎられて、それっきり。
 マルフィクは次の夜になっても理由を教えてはくれなかった。
 俺は一人で夜空を見上げた。
 カプリコルヌス様にヘレのことを聞いてみたけど、伝言は預かってないって言われた。特に変わった様子もないみたいで、もやもやする。
 あと何回夜を待てばいいんだろう。
 ううん虹色の星が昇って会えたとして、ヘレが何を考えてるのかわからない中、本当に仲直りできるんだろうか?
 答えが見つからない。
「やっぱり、オフィウクスの加護使ってみようかなぁ」
 マルフィクはあれ以来、オフィウクスの加護の話だけは答えてくれないけど、加護を使えばヘレが怒ってる理由もわかるだろうし、ちゃんと仲直りできるはずだ。
 他の加護を使うのはずいぶん様になってきたし。っていうか、タルフに勝てるようにもなってきたんだ。オフィウクスの加護だって同じように使えば、問題なくその力を発揮できるはず。
 加護が使えないところから、こんなに力を使えるようになったんだ。今の俺なら、不可能なことはない。
 ふぅっと息を吸い込んで気合を入れる。
「よし、やってやる」
 俺は目の前に集中する。まずは前に使っていたように使ってみよう。
 オフィウクスの加護に力を使うには、目的を明確に、それについて問いかける。
「オフィウクスの加護、ヘレと仲直りがしたい。そのために”ヘレの気持ち”を教えて――」
 目の前に、鮮やかで真っ赤な瞳。銀色にうねる身体――この蛇はオレの加護じゃない
 それだけが唯一認識できたことだった。
 俺の意識は飲まれて、ただ後悔だけが苦く胸に広がった。
 ――次に目を覚ました時、俺の手は神の血で真っ赤に染まっていた。
 虹色の星がもうあとわずかで昇る。
 次の夜が明ければ、この修行が終わっちゃうんだ。
 アスクと、話さなきゃいけない時が刻々と迫ってきてる。この修行が終わったら話をしようって、言付けしてもらったから……だから、きっとアスクは私の話しを聞こうと思ってるに違いない。
「はぁああ……時間が解決してくれると思ってたのになぁ」
「あらあら~、修行に没頭してたのは~アスクさんのことを考えたくなかっただけでしたのね~」
「うっ。アルディさ~ん」
「ふふ~、その憐れみ溢れる表情は~アスクさんみたいですわね~」
 そっくりって言われると余計に困っちゃう。アスクもずいぶん悩んでるってスピカさんが言ってたし、たしかに同じように情けない顔してそう。うん、想像つく。
 その顔をさせてるのは私なんだけど……!
 悩んでいたら、突如、ポタっと頬に感じた感触――
「え、雨?」
 頬に手を伸ばして水滴を確認する。
「――っ!?」
 指先を見て体が震えた。赤い……。
「上ですわー!」
 アルディさんの声で、私は顔をあげる。
 星が入れ替わる時刻。どうやって飛んでるのかよりも、なんであなたがここにいるの? 誰? っていう相反する疑問が頭を埋め尽くす。
 真っ赤な空に浮かぶ人影の目は、後ろの夕焼けに負けないくらい真っ赤だった。
 ギラギラした真っ赤な瞳は見たことがない色だ。彼の色じゃない。彼の色は宝石のような翠だ。
 けど、顔は私がよく知ってる顔で、頭がおかしくなりそう。
「アスク……?」
 彼の名を呼んだ。本当にアスクなの……?
 返答の代わりにドサっと何かが落ちてくる。
 アスクの手は真っ赤に染まっていて、落ちてきたそれは身動きすらしていない。
「カプリコルヌス様!!」
 混沌としていた意識が怒号に引き戻される。近くにいたスピカさんが駆けつけてきて、地面に落とされたその山羊と魚の半身をしたカプリコルヌス様に回復の加護を使う。
「無駄だよ。加護の無駄遣いさ」
 フードを被った男の冷静な声に、もう山羊の神様は助からないのだと、理解した。
「レーピオスっ!」
 スピカさんが感情に任せて、声の相手に斬りかかる。
「おっと? 名前を呼んでもらえるようになったのは嬉しいけども、カプリコルヌス様を殺ったのは私ではないんだけどね?」
「黙れっ! 貴様がアスクに何かをしたのだろう!?」
 アスクと同じように真っ赤な瞳を愉しそうに細めて、レーピオスさんはからかうようにスピカさんに返す。スピカさんは怒りを露わに吠え、さらに早く剣を振るう。
「何を根拠に?」
「あの目を見ればわかります!!」
 スピカさんに対しての質問だったけど、私は心のまま叫んだ。
 私の意志に呼応して、牡羊の加護が敵と認定したレーピオスさんに襲い掛かろうと弓矢に変化する。
「メ―メ―、矢を――」
「牡羊の星(アリエス) 矢の雨( ヴロヒ・トン・ヴェロン)」
「きゃっ!」
 私の弓矢は、上から降ってきた複数の矢に破壊される。私に当たりそうな矢は戻ってきたスピカさんの剣に弾き落された。
 牡羊の加護を使えるのは私の他にひとりだけ……。
「な、なんで……アスク!」
「…………」
 名前を呼んでも反応はなくて、アスクは黙ったまま下に降りてくる。レーピオスさんと私たちの間に立ちふさがる。対峙したアスクの目は変わらず真っ赤で、心境は見えてこない。
「目の色だけで判断はー、根拠が薄すぎではありませんか~?」
 アスクの横で、冷静に戦況をみているのはアルディさん。なんで、あっち側で言葉を発しているのか。ぞっとした。
「アルディ、何故お前がそいつの味方をするっ!」
「決まっているではありませんか~。意見の一致に至ったからですわ~」
 いつも通りにこにこと笑うアルディさんは、本気で言ってるようにみえる。
 アルディさんの隣には同じく笑みを浮かべたレーピオスさん。
「牡牛のご令嬢は事実を知った。そして、選択したのさ」
「ふふ~、お二人にもお話してあげればよろしいのではなくて~?」
「もちろんだとも。話をして、そして選択を聞こう」
 レーピオスさんは、ゆっくりと倒れている山羊の神に近づいていく。スピカさんはアルディさんから目を離さないで警戒していて、レーピオスさんを止められない。
「乙女の騎士はそれを冒涜と言うだろうし、牡羊の巫女はきっと信じられないだろうね」
 空気は緊迫しているのに、彼の口からあふれ出る声はゆっくりと落ち着いたものだった。私たちに加護について語ってくれた時と変わらない、教えるような口調。
「選択肢は簡単な二択だよ。いままでのように神に従うか、神を殺し人間の世界を作るか。そのどちらかだ。まあ、そもそもな話、保守的な考えを持つ君たちは、現状に不満がないから神がいない世界を必要としていない。この時点で君たちが僕らと同じ選択肢を視野に入れることはないわけだ。けどね、君たちの前にはこんなにも現状に不満や、被害を受けている”人間”がいる。その事実を、君たちは無視できるだろうか?」
 レーピオスさんはアスクとアルディさんをちらっと見てから、また話しを続ける、
「たとえば、神の贔屓による格差。たとえば、神が強いたルールによって潰された未来。たとえば、神の意志によって摘み取られる命……あげればキリがない。神のための神によるルールにのっかっているのは、利を得る者か無知な者だけだ」
 アスクが神様たちに振り回されいるのは、傍にいた私だってわかってる。けど、だからってすべてを排除するなんて極端な話を聞いても戸惑うことしかできない。
 けど、本当にそんな大義名分が本心なの? レーピオスさんの赤い瞳はギラギラと強い意思を孕んでいて、憎しみを感じる。殺したいほどの憎しみを抱くほど、神様たちと何か……?
 レーピオスさんが、山羊の神の前でしゃがみ込む。
「山羊の神がなんで人間を星に住まわせなかったと思う? 未来が見える彼が、なぜ死を回避しなかったのだと思う? 山羊の神カプリコルヌスは、私と同じ考えだったのさ。人間だけの世界を望んでいた。だから、いつかくる運命(さだめ)としての死を覚悟していた」
 また別の質問を投げかけ始める彼が、山羊の神に胸元から取り出した鈍く光る青い石を当てる。すると、山羊の神カプリコルヌス様の姿はその石に吸い込まれ、石がきらきらと輝きを放った。
「うん。制約を取り払う分は残しておいてくれたようだね。さすがだ」
「カプリコルヌス様に何をするっ!」
 横にいたスピカさんが動く――
「牡羊の星(アリエス) 空気の膜(メム・プラーニ・トウ・アエラ)」
 目の前にアスクがいて、スピカさんが何かにぶつかって私の視界から消えた。反動で後ろに吹き飛ばされたようだ。
「――っ!」
「無駄だよ。私に攻撃しようとすれば目の前の彼が、そして私の理解者になった者が、君たちの前に立ちはだかる。君たちは一緒に過ごしてきた者に、手は出せないだろう?」
「卑怯なっ!」
「アスクに何したの!?」
「私は話を聞いてもらいたいだけだよ。君たちの質問には順番に応えようか。山羊の神はさっき君が回復の加護をかけても助からないのはわかっていただろう? だけど残った身体にはまだ力が残っているのさ。だから、加護をもらってない私はその力を借りるために一度力を石に移動させたんだ。そのままにしていたら朽ちるだけだしね。おっと、これは山羊の神の意志だよ。未来が見える彼がもし私にそういうことをさせないようにするなら、もっと早く自分の身体すら消し去っていただろうしね」
 口を挟もうとしたスピカさんに、先手を打ってレーピオスさんは釘をさす。私たちは黙って彼の言うことを聞くしかなかった。
 だって、今のアスクはアスクじゃない。早く、もとに戻さなきゃ。そのためには情報が足りない。
「さて、牡羊の迷い子についてだけど……彼はね、堕ちたのさ。君たちが最初に行ったように私の手の中にね」
「じゃあ、解放してくださいっ!」
 きっと彼の言い回しが別の意味を含んでいるのは、いままで話を聞いていて理解はできた。でも、急いた心じゃ、率直な気持ちの方が口をついちゃう。
 だって、早くアスクに戻ってほしい……。
「はは、わかってるよね? 彼が堕ちたのは自業自得。力に溺れたからだって。たしかに私の貸した力が彼の望みに応えた。だから暴走した力を制御できなかった彼の代わりに、その力が今彼の身体を生かしてるんだよ」
「だ、だったらレーピオスさんが力の制御をすればアスクは――」
「戻ってこないよ?」
 はっきりと言われた。手が震える。
 そんなわけない。そんなわけない。アスクが、アスクが消えちゃうなんて、そんなわけ……ない。
「身体の主が健在していればそれに従うのが加護だよ? 今動いているのは”私の加護”だ。牡羊の迷い子は特別な体質をしてはいるけど、いままでに加護がその身体を使ったことはある? ないでしょ? それはね、主導権を握る”彼”がいないからさ」
 待って、だって、そんなアスクがいなくなるなんて……そんなウソ。だって、アスクは――
 彼とは違う赤い瞳は、私を睨めつけている。アレはアスクなんかじゃない。
 サッと血が引いた。
 解りたくないのに、解りたくなんかないっ……。
「解からせてあげよう。相手してあげて」
 レーピオスさんの言葉にアスクが動いた。手には黒い剣が握られていて、私に向けられた切っ先が目の前にくるまで私は動けなかった。
「そんな……」
 目の前が霞む。ほほに熱いものが流れる。アスクの目が一瞬――別方向から肩を押される。膝をついてすぐに顔をあげれば、スピカさんがアスクの剣を受けていて、助けてくれたのだと知る。
「あら~、やっぱりアスクさんではスピカさんに敵わないですわね~。でも~、アスクさんにはヘレさんのお相手をするように命令が下ってますの~。だからー、わたくしがスピカさんのお相手をしますわ~」
 緊迫した空気に似合わない間延びした声はどこか冷たかった。
「わたくしもしっかりと力を手に入れてまして~。わたくしの加護をご紹介いたしますわ~」
 アルディさんが片手を伸ばせば、真っ黒で大きい……あれは”牛”だ。角は大きく筋肉質で、”闘牛”だ。家畜の牛とは違う迫力。
「ふん。蹴散らせばよろしくて?」
 闘牛は意思をもって話す。メ―メ―と同じだ。つまりアルディさんは神一歩手前の実力を手に入れていたんだ。私の修業の時は具現化すらしてなかったのに、なんで……?
 闘牛は後ろ足を何度も地面に蹴りつけながら、殺気を募らせてくる。
「ええ~、打ち放ってよろしくてよ~」
 アルディさんの合図で、闘牛の角の間が光り輝く。
「しまった! ヘレ、避けろ!」
 光が、ドドドドッという大きな音を立てながら迫ってくる。
 何もかもわからないまま眺めていれば、ふわっと身体が浮いた。光で真っ白だった景色が一瞬にして変わった。今はみんなを見下ろしている。
「はあ~? なんていうタイミングですのー」
「レグルス!」
 私を脇に抱きかかえたレグルスさんは、スピカさんの隣に着地してすぐに足でアスクを蹴り飛ばした。
「よっと。カプリコルヌス様がおっしゃってた通り、大変なことになってんな」
「レグルス~? わたくしの邪魔をして良いと思っているのですか~?」
「こええよ。だけど、そっちに後サダルとレーピオスの弟子がつくんだ。俺くらいこっちについたっていいだろ」
 レグルスさんはアルディさんといつものように軽口を叩いていて、目に入る光景とちぐはぐ。
「あら~? やっぱりタルフさんは選択しなかったのですわね~」
 レグルスさんが私たちにちらりと視線を投げる。
「カプリコルヌス様の遺言だ。『アスクと対峙せよ』だとさ」
 どういうこと……?
「俺はアルディを相手にする。スピカ! お前はレーピオスを相手にしてくれ!」
「わかった」
「ヘレ、後悔があるんだろ?」
 後悔なんていっぱいある。話したいこともあるし、一緒に牡羊の星に帰るって約束もこのままじゃ果たせないし。オフィウクスの星に行くんでしょ? アスクが言ったこと全部かなえられないっ!
 それに何より……私、まだちゃんと謝ってない!
「アスクは私がなんとかするっ!」
 可能性は私が作る。アスクは……そう、私がアスクのことは一番わかってるから、だから、あの一瞬見た”目”が何を意味するか、わかってる。
「よし、いくぞ!」
 レグルスさんの掛け声で、私たちはそれぞれに向かう。
「アスク!」
 アスクは身を起して私に対峙する。その顔はさっき見た目はしてなくて、赤い瞳がギラギラしてる。私の知らない顔だ。
 アスクが剣を構えて、こちらに踏み込んでくる。
 私は手を広げた。
 腹部が熱い。
 なぁんだ。胸とかじゃないんだ。やっぱり君は、アスクなんだね。
 私は懐にいるアスクをぎゅっと抱きしめた。
「アスク、わたし……貴方に言いたいことがいっぱいあるの。ごめんね。私が弱くて、アスクに当たっちゃって、ごめんね。私、ちゃんとアスクから話を聞きたい。アスクと話したい。このまま話せないことがいっぱいなんてヤダ……オフィウクスの星に行くんでしょ? それで、一緒に牡羊の星に帰るんだよね」
 動かないアスクの身体は暖かくて、心地よい。
「私、アスクと一緒にいたい」
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オフィウクスの謎―加護を受けたと思ったら存在しない神だった―3章09
初公開日: 2022年11月03日
最終更新日: 2023年06月18日
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コメント
蠍の神と和解したが、そこに乙女の加護を得た扶養の騎士が現れ蠍の神を……
FIX稿までは小説家になろうにUPしてあります。
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