不意に、いつもの光景の中にあの人が見えた。
「……」
足を止め、じっとそれを見つめる。
洗髪剤コーナーの一角。そこに、とても涼やかに長い黒髪をたなびかせる、燈子の姿があった。
小うるさいお母さんに追い立てられ、いつものドラッグストアまで買い物に来ていたところだったから、意表を衝かれてしまった。
「……もう出てたんだ」
そういえばだいぶ前にそんな話してたなぁ、なんてことを思い出す。
燈子は舞台俳優として少しずつ名前が売れ始めている。もちろんテレビに出てるわけじゃないから一般的な知名度は高くないだろうけど、今回はシャンプーの広告という大抜擢を受けていた。見ることあるかもね、なんて笑ってたけど、こんなに身近なところにもあるなんて。
お母さんが知ってたら真っ先に言ってくるだろうし、出たのはここ数日の間かな。なにはともあれこうして世に出てると分かって、わたしのことじゃないのにホッと胸を撫で下ろした。
それにしてもよく撮れてる。燈子のあの長い髪がぶわっと柔らかく膨らむようにして舞っている。このシャンプーを使えばこんな風になれるのかも、と期待を持たせるには充分な画だ。
やっぱり燈子は顔もいいけど、あの黒髪もあってこそだと思う。そこが認められたようでなんとなしに誇らしい。
……やっぱり、こういうのなのかなぁ。
ふと思考が横に逸れる。
わたしも大学三年になった。もう就活も控えているどころか、早いところじゃ始まっている。
だけど未だになにをしたいのか、はっきりとしない。
昔燈子に語った、出版や広告系への興味は変わらずある。ただ決め手に欠けるというか。
わたしがなにになりたいのか、分からない。
別に新卒就職で一生が決まるわけじゃない。なりたいと願ったところで叶うとは限らないし、なんならそんなのなくてもいい。知ってる。
でも、なにをしたいのか、はっきりさせたい。
燈子はもう決めてるんだから、なおさら。
燈子は気にしないだろうけど……わたしが堂々と燈子の隣を歩くには、きっと必要なことだ。わたしの気持ち的に。
そこら辺、燈子は昔っからなりたい自分があったからなのかも。今は全然違う形だけど。
わたしは昔っから、なりたい自分なんてなかったから。
どうしよっかなぁ、と溜め息。まさかこんなところで就活の悩みに殴り付けられるとは思わなかった。
まぁでも出版も広告も、どちらかというと人や物のよさをアピールする仕事だろうから、そういう方向性でいくのもいいのかもしれない。わたしにとってはその方が力が入りやすそう。
なんなら燈子と仕事できるかもしれないし……。
「いやいやいや」
流石にそれは妄想が過ぎるでしょ、わたし。
――うだうだと考え過ぎてしまった。いい加減買い物に戻らないと。
そう仕切り直そうと踵を返したところで、わたしは立ち止まり、もう一度その広告へと向き直る。
「……うん」
宣伝されたシャンプーを手に取る。
これを使ったからって燈子みたいになるわけじゃないって知ってるけれど。買ったからって燈子に一銭も入らないって知ってるけれど。
燈子ががんばったことへの応援として、わたしはそっと買い物籠の中に入れた。
……なお、そのシャンプーは普段使いのより倍くらいの値段がした。
おまけに使ってみても、やっぱり燈子みたいなさらさらヘアーにならないので、わたしは燈子にクレームを入れるのだった。