#いつもの引き留めグッドエンド
シーフォンは多分、けっこう寒がりなんだろう。と、思うことにしている。
やむを得ず遺跡の中で眠ることになった折には、しばしば毛布を抱え込むように丸くなっていたものだったし。例の、屋内で山歩きをする羽目になった折には、実際に寒い寒いと縮こまって文句を垂れていた。酒場でだらりと手足を伸ばしている姿と引き比べると、ずいぶん違って見えたものだ。
あんまり丸くなっていると、痛々しく見えて心配になるし。出来れば伸びていてほしい、というアベリオンの願望は、当座のところ叶えられている。
まだ朝も早いうち、あけぼのの光か鳥の囀りかでぼんやりと目を覚ますと、胸元にシーフォンがいることがある。
それだけで、アベリオンは少し困ってしまう。脱力して伸び切った手足のいずれかであったり、寝相の悪い後ろ頭であったりとかが、そのまま素肌に触れていたりすると、面食らったような気持ちになる。目覚めが早すぎた時でも、もう一度目をつむる気分にはなれないし、かと言って珍しく静かなシーフォンをちょっとでも刺激したら事だ、とも思う。
――ああ、驚いた。なんだろう、なんだろう。そうだ、寒かったんだろうか。
理屈付けは、だいたいそういう順番だった。
ぎゅうと頭から抱きしめて赤毛に顔をうずめてみたりしたら、とか、思いつくのはその後で、そんなことをしたら驚かせるだろうなと思いとどまる。そんな風に自分で思いついて、自分で却下したものに対して、『こちらはずいぶん仰天したのに、なんて不公平なことだろう』と、勝手に嘆息することもあった。
シーフォンは宵っ張りで、あまり固い身分の人間の傍にいるのも好まない。つまり、アベリオンが学者の探索隊に随行して魔物祓いや防護の術で安全な道を作ってやった帰りに、すれ違うようにして外出支度をしていることがある。
寒がりのくせに、シーフォンは薄着好みだ。ホルムを最初に訪れた時も、春先とはいえ、風避けの外套一つ纏っていなかった。ましてや今は冷え込む時期の、それも黄昏時である。
「……もう一枚羽織っていったら?」
「なんだよ、お前は僕のオカンか」
「そんなつもりはないけど……」
言いながら、アベリオンは自分のフード付き外套の帯をほどく。元はと言えばかの遺跡に由来する魔法の品で、シーフォンとほとんど共有しているような物だった。
そういう経緯もあって、脱いだ否やの返す刀で、さしたる遠慮もなく赤毛の少年の体に巻き付ける。彼が何か言おうと口を開きかけたところ、ふと思い付いて、時々される悪戯を真似ることにした。
外気で冷えた手のひらを、シーフォンの首筋に差し込んでみる。
「――ギャッ!」
「ね、ほら。このぐらい寒いから」
アベリオンは、あまり器用な方ではない。つまり、シーフォンに着せかけた外套の帯を、逆側から締めてやれる自信はさっぱりない。
だから、ぶつぶつ言いながら雑に被せられた服を整えていくシーフォンの口元指先を、何をするでもなく見つめていた。静かでいるのは新鮮で興味深いけれど、細々動いているのもいつまでも見ていられる。
「……おい」
そんな気持ちに浸っていて、つい他のことに気が行かなくなっていた。
「うん」
「離せ、いい加減」
何のことだっけ、と、顎に手を当てようとして。自分がずっと、もうすっかりぬくくなった手のひらを、シーフォンの首に当てていたことを思い出した。
「…………あ、ごめん」
――おかしいな、とかすかに思った。
アベリオンの計算では、シーフォンは冷たい手を近付けられた時点で、叩き落とすか身をねじるかして、とっくに離れているはずだった。シーフォンは寒がりだし、エンダのついでにふざけて頭を撫でたりすると嫌がるタイプだ。
その考えに沿うように、シーフォンはアベリオンがやっと離した手を、ぺんと軽くはね除けると、舌打ちして出ていった。
アベリオンは、少し困った。遠ざかっていく足音を聞きながら、しばらく立ち尽くしていた。
――不思議だ。今、何が起きたんだろう。
はたかれた感触がまだ残っている手のひらを、自分の頬に当ててみると、これが随分あたたかかった。