ところで、俺は自宅安置者だった。法令で禁止される前だったからな、少なくとも四、五年はやってたはずだ。あの頃は、自宅にいつまででも近親者の死体を安置しておいてよかったんだぜ。それを許可する為の部署なんかも役所に出来たりしてな。今じゃ信じらんないだろうが、黎明期にはそういう時代もあったんだぜ。今じゃ罪になるんだから……。世の中ってのは目まぐるしい速度で変わっていくよな。十五年前から、どれだけのことが変わったろうな。自宅安置を認め続けろって一派もその時からいたし、デモなんかも沢山やってた気がするが……結局は強硬されたな。まあ、自宅にいつまでも死んだ人間を置いておくってのは、あんまり褒められたことじゃなかったんだろう。
俺が安置してたのは妻だ。千鶏って名前でな。一つ年上のいい女だったが、病気で死んだ。色々手は尽くしたんだが治らないってことでな。最後は緩和治療だけ受けてたよ。
千鶏が死ぬ前から、どこに千鶏を送るかってのは色々話し合ったんだわ。俺が仕事一辺倒だったってのもあって、金が無いわけじゃなかったからな。それなりのところに送る準備は整ってた。千鶏はあんまこだわり無いみたいだったけどな。別に宇宙にゃ興味無かったわけだ。このご時世、宇宙に関わらずに死ねる人間なんて殆どいないのにな。
で、いざ千鶏を亡くして──俺はずっと自宅の寝室に千鶏を寝かせ続けた。
別に千鶏の死体に執着が強いわけじゃなかったが、考えあぐねたんだよな。結局、どこに行くかを決めないまま千鳥は死んじまったし。俺一人で色々カタログを見たところで、自分の嫁さんを送るに相応しい星なんかそうそう決めらんないだろ。俺は結婚指輪も式場も、千鳥に言われて決めたんだ。いつか適当な行き先が決まったら、千鳥を葬送船に乗せようとは思っていた。
誰にも言ってなかったし、俺が千鳥を安置してることは誰も知らなかったんじゃないかと思う。山崎くらいは察してたか? まあ、酔った勢いで話したかもしれないな。とはいえ、わざわざ話すようなもんでもないしな。今だから言える話だが、千鳥が自宅の中にいるってのはなかなか悪くなかった。千鳥はいつまでも変わらないしな。眠ってる時にスッと逝ったから、本当に寝てるみたいなんだよ。家帰って寝室覗くと、帰りの遅い俺を待ちくたびれて一人で寝てる千鳥がいるような感じがしてな。だから、俺は千鳥が死んだ後もそんなに……悲しみが長引かなかった。現場にもすぐ復帰出来たしな。
こんなことを言うと、安置派だと思われて余計な文脈が乗りそうだから、あんまり言わない方がいいのかもしれないけどな。この話を聞いて薄々安置派の良さに気づいて転ぶ奴らもいそうだ。俺は本当に好き勝手喋ってるからな。あんまり気にしないでほしい。なんてったって、これはテロリストの発言なんだから。
今はもう、家に千鳥はいない。彼女は葬送船に乗った。
適当な場所が見つかったってわけじゃない。俺は千鳥のことをまるで考えずにこの決断をした。
俺は自分が正しいと思っていた。だから、千鳥のことを利用することに決めたんだ。
しばらく経って、法令が変わったことで、俺はある事件に関わることになった。葬送時代における最大といっていい犯罪だよ。葬送船偽装だ。
発端は国が出した自宅安置禁止法だったんだよな。全ての死者は四十九日を迎えたら速やかに葬送船業者に依頼して、死体を打ち上げなくちゃならないって法律だ。まあ、あれが出た理由も分かる。自宅安置された死体と一緒に暮らしてる住人が死んだ場合、その世帯には死体が二つ転がるわけだ。それを繰り返してると、膨大な量の『不良債権』が生まれるんだよ。一世帯一世帯は小さな問題でも、いずれは国が自宅安置された死体を回収に向かわなくちゃならなくなる。死体が土に還らないんだから、いつかは絶対に葬送船に乗せなきゃいけない。だったら、個人に後始末してもらった方が話が早い。この時点で既に発覚が遅れに遅れた孤独死死体の回収で国はてんやわんやになってたんだからな。
勿論さっき言った通り反発はあったが、国がこうって決めたもんが覆ることなんてそうそう無いからな。全ての安置死体は家の中から引きずり出されることになった。千鳥もその一人だったよ。ただし、法令が施行されるまでには猶予があったから、四十九日よりはもう少し長く俺は千鳥と一緒にいられたんだが。
で、安置死体が一気に放出されることになったから、当然葬送船の需要が一気に増えた。必要とされた時の技術の進歩ってめざましいよな。この頃、既に葬送船は多種多様なものが比較的安価で生産されるようになっていた。数百人単位の死体を乗せて飛ばせるような大きなものとか、あるいは金持ちの道楽として制作された一人用の葬送船とか。ここらへんのやりようは素直に凄いと思う。
だけどな、いくら宇宙船が安くなったって、安く出来ないもんがあった。今もなお、価値が高まり続けてるもんだ。
土地だよ。宇宙船は大量に建造出来たが、それを打ち上げる為の発着場──宇宙港がこの国には絶対的に足りてなかった。どれだけ葬送船があろうと、一日に打ち上げられる数は決まってる。それで、渋滞が起きた。
前々から、金がかかるのは葬送船本体じゃなくてこの『順番』の方だった。それこそ、明確に目的地が定まっていて、そこに安定して送り込める葬送船を打ち上げるには、ちゃんとした宇宙港が必要だった。箱物がどれだけ立派でも、土台がなってなかったらどうにもならないだろ? 知っての通り、葬送船も同じだ。安定してAって星に着きたいなら、航行計画を阻害しないちゃーんとしたバックアップが必要なんだよ。
で、余計に葬送船の値段は高騰した。太陽なんざに行くのは本当に無理になったな。行けるのはごくごく一部の金持ちだけ。太陽系内の星に突っ込ませるにしても、そんなしっかりとした葬送船を打ち上げるには金がかかる。なのに法令では自宅安置が禁じられてる。困ったもんだよな。
金の無い人間が選べる選択肢は、国がやってる国選葬送船に死体を託すことだけだった。
今でもそうだが、この国選葬送船は人気が無い。何しろ、極限までコストを下げてるからな。大型の発着場が必要の無い極めて小型な──それこそ数人単位でしか収容出来ないような小さくて安い葬送船で、目的地を決めずに燃料の続く限り飛ばすだけなんだから。
でもまあ、それが最も安上がりでコストパフォーマンスのいい方法なんだってことはみんな分かってた。どっかの星に着陸させる必要なんかない。どうせ死んでるんだから、オンボロ宇宙船に詰め込んで永遠に宇宙を漂わせときゃいいんだって。宇宙は限りなく広い。んで、その宇宙には無限のゴミが投棄されてる。たとえ人類全ての死体が遺棄されたところで、宇宙はビクともしないだろうよ。だったら、こうした極限まで削がれた葬送船を作って飛ばして、宇宙のゴミにしちまえばいいんだ。
それが出来ないのは、人間が人間を特別なもんだと思ってるからなんだろうな。
自分の大切な人間が永遠に宇宙を漂流する石ころになってほしくない、その気持ちが最効率の手段を選ばせない。たとえ見知らぬ星だろうが、そこに着陸させてやりたい。あくまでこれは埋葬の一環なんだって言いたいんだよな。だから、俺たちは色々なものに喘ぎながらも目的地のある葬送船を送り出そうとする。……ああ、国選葬送船を使うこと自体に異議は唱えてない。仕方ないことだとは思ってる。今のは侮辱する意図は無いんだ。
国選葬送船に乗せられている人間の数は、年間六千人以上にも上る。
俺は自分が死んだら国選葬送船に乗せられて宇宙のゴミになってもいいと思っている人間だが、千鳥の話となるとそうはいかなかった。千鳥が冷たい宇宙をずっと回遊してるところなんか、あんまり想像したくもないもんな。送り込んだ星が木っ端微塵になるまでは、千鳥はそこに寝かせてやりたい。そう思っていた。金のない人間が選択肢を奪われることについては苦々しく思ってたよ。
そういう人間の思いにつけこんだ犯罪だったんだよな。葬送船偽装は。
さっきも言った通り、ちゃんとした星に着陸出来る葬送船は──大型発着場を使えるものは、限られている。一般市民にはキツい額のものだ。
だが、この時になって急に──手の届く額で、なおかつちゃんと目的地のある葬送船が出せる、という触れ込みで商売をする業者が出てきた。発着場は明らかに足りてなくて順番待ちだって言われてるのに、独自の交渉とルートによって安価な打ち上げを実現させることが出来たって主張する企業がな。それも、一つだけじゃない。いくつもだ。
当然ながら、みんなそれに飛びついた。というか、飛びつかざるを得なかった。国選葬送船には乗せたくないが、高額な費用は払えないって層が。一気にシェアトップに躍り出た辺り、死体を抱えた奴らがどれだけ困ってたか想像がつくだろう。最初は、何かしら上手いことやってるんだろうってみんな思ってたもんだが……そいつらが安定したサービスを提供し続けるのを見て、不審に思う人間も出てきた。なんで明らかに打ち上げ量が足りてないってのに、こいつらは安価で死体を引き取れるんだ? ってな。
正直な話、葬送船ってのはブラックボックスの多い仕事だよな。遺族は最後のお別れを済ませて、業者に死体を引き渡す。で、打ち上げの時に祈りを捧げたり……プランによっては宇宙港で発射を見守る。けど、果たしてそこに本当に死体が乗ってるかなんて分からないわけだ。
一部の疑り深い人間達がどう思ったかは分かるだろ? もしかして、こういったリーズナブルな業者は何かしらのズルをしてるんじゃないか? 今日打ち上げられたあの葬送船に自分の娘が乗っているというのは嘘なんじゃないか? 本当は打ち上げなんか行ってないのでは? ってわけだ。
これが葬送船偽装疑惑だよ。そうした企業は打ち上げなんか行わず、倉庫なんかに死体を安置し続けているのではないか──もっと悪い想像をするなら、国選葬送船のように粗悪な葬送船に乗せて、人目につかない発射場で打ち上げているのでは? 自分達に説明した星に着陸などさせていないのでは? と考えた。
前者はいずれパンクするからな、あんまり現実的な話でもなかった。だが後者は……むしろ、そうとしか考えられなかった部分があった。葬送船の価格自体は安くなっていたし、民間の中小企業でも打ち上げられる規模のものは多かった。どうせ毎日アホみたいな量の葬送船が打ち上げられているんだから、空を見上げられようとバレる心配は無い。割安な金を取って格安で打ち上げれば、マージンで稼げる。
考えれば考えるほど「そう」としか考えられなかったんだよな。綿密な航行計画を立てずに、ただ単に遠くに向かわせるだけの葬送船。着陸なんか考えず、宇宙でバラバラになっても構わないような葬送船を使えば、そりゃあ安上がりに出来る。疑いの声は日々大きくなった。不安だよな。格安で太陽系内の星に送ろうとした大切な人が、宇宙ゴミになってるかもしれないんだからな。
だから、調査をしなくちゃならなくなった。これが本当なら、かなり大規模な犯罪だ。人間の尊厳がかかった事件だもんな。
俺が所属してた公安が目をつけたのは、株式会社第五宇宙港だった。これは比較的新しく出来た会社で、リーズナブルな葬送船をいち早く掲げた企業だ。第五宇宙港では確かに打ち上げが行われていたが、引き受け人数に対して明らかに少ない。こいつはクロだと俺も思ったよ。だから、手始めにこの第五宇宙港から調査を始めることにした。
打ち上げ数もそうだが、何よりここの第五宇宙港にはきな臭いところがあった。第五宇宙港を取り仕切っているのは、とある科学者だったんだ。別にどっかの企業の御曹司ってわけじゃなく、元々はとある大学に勤務していた男が。科学についてはよく分からんが、門外漢が据えられてる場所ってのは怪しかった。安易な考えだが、こうして葬送船偽装を行うにあたって、専門的な知識が要るってことなのかもしれんと思った。
そうして、俺は依頼人の一人として第五宇宙港に──そしてに、接触することになった。
疑われるとは全く思わなかったな。何しろ、俺の家には早々の処分を命じられている千鳥の死体があったんだから。
「やはり太陽系内がいいなと思いまして。ここなら、予算内で太陽系内の星に妻を葬送することが出来るな、と」
俺はそう言って担当者の女を見つめた。