「結局自分らって友情なんスか?恋愛?」
自分と同じ紺色の制服に身を包んだ短髪の少女。問いかけられて井ノ上たきなは言葉に詰まった。
今日の任務は結論から言って空振りだった。ターゲットが指定の場所に現れなかったのだ。司令部の指示のもと、サクラとたきなはふたりでしばらく待機命令を受けていたが、それも解除された。仕切り直しとのことだ。そこをそのまま帰ろうとしたところをサクラに呼び止められたのだ。近くのカフェでお茶でもどうだ、と。
「自分らって……私はあなたに恋愛感情を抱いたことはないけれど……」
「ちーがいますよ!アンタと錦木千束のこと!」
私と千束。思考が止まる。考えたことがなかった。たきなにとって千束は千束であって、それ以上でも以下でもない。
「友情か恋愛って……私たちは相棒であって、そういうのは無縁、というか」
「はー!お堅いんスねえ。あのでっかい胸に顔埋めたい!とか思わないんスか?」
「そんなこと、頼めばいつだってさせてくれると思うけど」
「はあ!?」
事実、昨日も眠る前に胸に耳を当てさせてもらった。落ち着くのだ。心音の聞こえない、ただ呼吸により上下するだけのそれが。じっと目を閉じていると、静かに血が巡る音だけが聞こえる気がして。
「なんつーか、自分にはよくわかんないっスね。今何してるかな、とか、次はいつ話せるかな、とかそういうこと思わないんスか?」
「今日、千束は非番だからリコリコで働いてるはずです。私も今日の任務が終わったら寄るから、そのときには話せると思います」
「はー……そういうもんスかねえ」
ここは自分が持ちます、とサクラは伝票を持って行ってしまった。良いと言うなら良いのだろう。会計をしている背中の後ろを通り、外で待つ。
「ご馳走様でした」
「相変わらずですね、全然ありがとうなんて思ってなさそう」
「……?そんなことはないですよ。ありがとうございました」
「まあ自分も後ろめたかったんで、お相子ってことで」
「なぜ後ろめたく思う必要があるのですか?」
「ああ、寮の奴らと賭けてたんス。アンタらが付き合ってるかどうか。フキさんはくだらないって言ってましたけど、自分はとっくに付き合ってると思ってたんですけどね」
じゃあまた、と彼女は迎えの車に乗って帰って行った。結局DAを離脱して、一応支部扱いであるリコリコに戻ったたきなはそちらに電車で戻る。帰ってみたら千束に聞いてみてもいいかもしれない。こんなことを言われたのだけど、と。
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「それ、本人に聞いちゃうの!?」
「ダメでしたか?」
「ダメってことはないけど……さすがにちょっと千束さん驚いちゃったっていうか……」
リコリコに戻って、みんなでボードゲームをして。それから今日は千束のセーフルームにお邪魔した。サクラに言われたことを千束に聞いてみたかったから。順番にお風呂に入って、大きなベッドに並んで口を開くと、千束は跳ね上がるように上半身を起こした。
「でもそっか、恋愛か友情か、ねえ……」
「どっちですか?」
「んん……それも難しい問題なんだけど、そんな真顔で聞けちゃうたきなも結構心配な案件っしょ、これは」
そう言うと、千束は腕組みをして考え込んでしまった。腰のあたりに鼻を埋める。それは尻だ、と噛み殺したような声が聞こえたが、聞こえないフリをする。お風呂上がりの千束はいい匂いがする。自分と同じシャンプー類を使っているはずなのに。それに、体温が高くて心地よい。
「たきなはどっちだと思うの?」
「私も、わからないです」
「そっかそっか……じゃあ、千束さんのこと、どう思ってる?」
「千束のこと……」
最初はこんな適当な性格の人が最強のリコリスなんて、と思ったことは確かだ。でもそれはすぐにわかった。彼女の実力は本物だった。
そして、DAに戻りたい、と言ったたきなを応援してくれた。たきなの居場所がなくなったとき、ここにいても良い、と言ってくれて、態度でも示してくれた。DAの外の社会のことをわかっているようで、まったく実感をしていなかったたきなに、色々なことを経験させてくれたのも千束だ。
大切な人だ。かけがえのない存在。いなくなってほしくない。余命がわかったときに強くそう思った。この人に何かがあったら私が助けになりたい。今度は私が。
「ね、熱烈だね……」
「そうですか?事実をありのまま言っただけなのですが」
「たきながそんなこと思ってたなんて、知らなかった」
「千束はどうなんですか?」
私のこと、どう思ってるんですか。
返って来る長い沈黙。そのあまりの長さにたきなは起き上がった。俯いている千束を横から覗き込むが、ちょうど髪がかかって、その表情を窺うことはできない。
「私はさあ」
「はい」
「私もさあ、たきなのこと、大切だって思う。すごく好き」
出てくる言葉とは裏腹に、その声は重たい。続きを促すように、もう一度はい、と返事をする。次の言葉が出てくるまでに、たっぷり三呼吸。
「先生のことも好き。ミズキもクルミも、喫茶店に来てくれるみんな、フキとか、司令とか。なんでみんな恋愛とか友情とか、名前にこだわるんだろうね。別にいいじゃん?みんなのこと、本当に大好きなんだもん」
「はい」
「それでいいことにしない?そんで、私とたきなはふたりならなんでもできる、最強のバディってこと。それでいいじゃん?」
「ええ」
頷くと、千束はやっとこっちを見てくれた。ルビー色の瞳と目が合う。また三呼吸。千束はにっこり笑って、私の肩を押した。押されるままに横になる。そして千束は自分もそのまま横になった。瞳はそのまままっすぐ、こちらを見据えている。
「なんか難しいこと考えたら疲れちゃったや。もう寝ちゃお」
「ごめんなさい、疲れさせてしまいましたか?」
「んーん、全然。たきなのせいじゃないから。ほら、今日も聞くっしょ?」
広げられた腕に、そのまますり寄り頭を彼女の胸に預ける。今日も心音は当然聞こえない。彼女の体温はいつもたきなより高い。今日も少し汗ばんでいるくらいのようだ。目を瞑って深呼吸。彼女の胸も同じペースで膨らみ、また萎む。
「たきなは本当にコレが好きだねえ」
「落ち着くんです、これ」
「うんうん、千束さんの胸で眠るといいよ」
よしよし、と髪を漉く指は今日も優しい。腰のあたりに手を回して、身体の前面をぴったりとくっつける。私は千束のことを失いたくない。それに、悲しい思いをしてほしくないのだ。今みたいな悲しい顔をさせたい訳ではなかったのだ。彼女の背中を掌で優しく叩く。規則的に。いつも千束がしてくれているように。
「なんだ?千束さんを寝かしつけてくれるのか?たきなちゃんは」
「ええ。たまには良いでしょう?」
「人の胸に顔埋めながら言われてもなあ」
「おやすみなさい、千束。今日は変なことを聞いてごめんなさい」
「……んーん、私こそ、ごめんね」
今度は背中を撫でる。ゆっくり、ゆっくりと。だんだんと千束の緊張が解け、身体が溶け合っていくみたいに、同じ体温になる。
名前なんていらないのだ。千束にとってたきなは大好きな存在だって言ってくれたではないか。それで十分。たきなにとっての千束が唯一無二の存在であることは何も変わらない。だから、少しだけ胸が痛むとか、なぜだか目尻に涙が滲むような気がする、とか、そんなことは気のせいでしかないはずなのだ。
明日から、いつものふたりに戻れるといい。だからおやすみなさい、また明日。