送信ボタンを押すと、徹夜の疲労もあって深い溜め息が溢れ出た。
ごろりと畳に寝転がる。体は重く、当面起き上がれそうにない。
安堵――それよりも私の頭は後悔に支配されていた。
言い訳はたくさん出せる。だけどこれが今の私の実力だったことに違いはない。
『――それで、短期連載の話が来てるけど、どうする?』
またしても満足のいくプロットを作ることができず、落胆していた私に担当がそう言ってきたのを思い出す。
『連載だし短編だから長編とは勝手が違うけど、勉強になると思うよ。気分転換にもなるだろうし』
実際、一冊目の本を出してからこっち、新刊を出すのにさえ至っていない。
そんな状況が一年も続けば気が滅入る。というか相当精神的にも参ってる。
そんな中での担当の一言だった。
どうやら文芸誌の若手の一枠として声がかかったらしい。見開き二~四頁ほど、五回の連載ということだった。
私の方も、もはやなにをしたらいいのか自分でも分からない状態だったから、少し考えこそしたものの頷いた。
そこからは慌ただしかった。短い話だ、なにを書くか決めて、最低限必要な展開や要素を選別し、書き出しては文章を短くできるかブラッシュアップして。
そうしたことを繰り返して、今、最終回の原稿を送ったのだ。
途端にこれだ。内容を思い返すだけで恥ずかしくなる。
……まだできたはずだ。ちょっとテーマがブレてしまってたし、あの展開は別にいらなかった。余計なエピソードもあったし、全体的に雑さが目立つ。
総じて私の未熟が露呈した作品になってしまった。
悔しい、という意地すらない。ただ後悔が渦巻くばかり。
「浮かれてたんだなぁ……」
また昔を思い出す。あの頃は輝いてた。
投稿一年目で佳作。そっからトントン拍子に進んで去年初めて著作が出て、新人にしては決して悪くない部数が出た。侑から「今日はこんだけ売れたよ」という報告がくるのも、恥ずかしくも嬉しかった。万事が上手くいってるように思ってしまったのだろう。
「次の本、楽しみにしてるから」という言葉がプレッシャーになったのはいつからだったろう。 本を出すのが当たり前のように考えていた。いつの間にか、本を出したから、という変なプライドのようなものが芽生えていたのかもしれない。本として出すならこんなんじゃダメだ、と考えたりする内、迷走してしまった。
……よくよく考えたらそうホイホイと本が出るわけじゃない。漫画だって単行本は週刊誌連載で三ヶ月とか四ヶ月。ましてやハードカバーの小説なんて、書き始めて一年で出せれば早い方だろう。物によってはそれまでに調査や取材することだってあるはずだ。
その前に本を出すかどうかという検討だって入る。この一年、私はそこで足踏みしていただけ。
いつもであればそんなこと、言われるまでもなく理解できるはずなのだけど、そこに考えが至らないくらいには参っていた。
そう言えば、この半年くらいは全然本も読めてなかった気がする。まるで余裕がなかったとはいえ、本の虫としても失格だ。
……藤代書店に行こう。
ぼんやりとそう思い、ゆらりと起き上がってから、ふっと笑う。
さっきまで動けないって思ってたのに。実際今でも体はこんなにも重いのに。
本のことを思えば、体は動いていた。
「……なんで書いてたんだっけなぁ、全く」
そんな単純なことにさえ気付かなかった。
最初は憧れから。だけど、自分で面白いと思える物語を綴る楽しさを知ったからだったはずなのに。
なんでそれを忘れてたんだろう。言い訳はたくさん浮かぶ。
だけど、過ぎたことだった。原稿はもう全部提出してしまった。あとは赤っ恥の作品が世に出るのを待つばかり。
「うん。気分転換」
ようやく自分の口からその言葉が出る。
とりあえず……寄ったついでに侑に愚痴ろう。連載のこと、話してなかったし。文句を言われるだろうけど、仕方ない。愚痴のお駄賃だ。
足取りは決して軽くはなかったけれど、幾分と軽くなった心持ちで、私は家の扉を開いたのだった。