遠見東高校の懐かしい坂道を上っていると、両脇にそびえ立つ楓が赤く染まりつつあることに気が付いた。
まだまだ色付きは青い。全体の一部だけ、それも一葉丸々と赤らんでさえいない。色の移り変わりが微かに見受けられるだけだ。
ただ、それを見て胸の底から込み上がったのは、ある種の懐かしさのにじむ寂寥だ。
……もう七年か。
毎年この時期になると、ふとした折にそんなことを思い出す。
夏の残暑がようやく引いてきたかと思われた秋のある日、七海澪は急死した。
交通事故だった。
誰からも愛されるような奴だった。振り回されながらも憎めない奴だった。
これからも生徒会長として振り回されるんだろうと、当然のように思っていた中での突然の訃報だった。
当時の悲しみ、怒り、無力感を覚えている。特に生徒会の面々はふとした拍子に涙を零すこともしばしばあった。
――それだけだ。今となっては。
時間は腹が立つくらいに悲しみをこそぎ落としていく。もうあの時の感情は、俺の中に蘇ることがない。
それらを含めて、今やただただ、静かに悼む寂しさがあるばかりだ。
悪いことじゃない。おかげで俺は普通の暮らしに戻れた。寂しい別れの記憶があるだけの、普通の暮らしに。
その記憶すら、もはや日常の中に埋没している。こうしてなにかの拍子に思い出さなければ、澪のことも、その寂しさも、忘れたまま。
それは結局のところ他人だからなんだろうか。彼女――澪の妹の七海さんを見て、そんなことを考えていたのを思い出す。
彼女はきっと、澪のことをまだ忘れられてないんだろう。でなけりゃ生徒会劇の復活なんてこと考えもしないはずだ。
それが彼女の中でどういうことを意味するのかは分かりやしないけれど。
きっと、悪いことじゃないと思う。
あの、澪の後ろに隠れてた子が。澪がいないと一人で動くこともできなかったような子が。
こうして、自分の意志で、目的を見つけて、自ら動いてるんだから。
そんな彼女に俺ができることなんて、演技指導しかない。彼女の素質も見込んで、演劇部でのそれと同等くらいに厳しく指導している。しかし技術的な面において、彼女の吸収力は目を瞠るものだった。
澪の妹だからという贔屓目だけじゃない。彼女のその成長にも、感嘆と時間の経過を感じた。
……こうして振り返っていると、いつの間にか入れ込んでしまってることに今更気付いて苦笑が浮かぶ。どうやら人たらしなところはあいつとおんなじみたいだった。
未だ新しい脚本になってからの役の考えが飲み込み切れていないようだけれど、これは教えてどうこうなるようなものじゃない。指導してる立場から口を出せば、それが正解だと考えなしに演じられるかもしれない。俺以外の誰かと相談しながらでも、彼女自身で掴み取って欲しかった。
戸惑ってるようだけど、それはきっと、彼女にとっても舞台にとっても、大事なことだから。
……なぁ。澪。
空を見上げ、今はもういない者へと語りかける。こうやって語りかけるのは、どれくらい振りのことだったろうか。随分と長い間、忘れてた気がする。
それを思い出せたのも彼女のおかげだ。
……お前の熱は、まだ彼女の中に残ってるみたいだ。
彼女が文化祭のあと、どんな道を選ぶのかは分からないけれど。きっとその熱は、糧になってくれるはずだ。
なぁ、澪。
今度こそ成功させるよ、劇。俺は舞台に立たないけれど、絶対に成功させる。
だからあの子を見守ってやってくれな。
返事はない。けれど秋風がほんの少しだけ背中を押してくれたような気がして、俺は今日も懐かしの生徒会室へと足を運び始めた。