「俺、溝口さんのこと好きになったみたいなんだけど」
 布団を畳の上に敷きながら大門はそう言った。毛布の上に掛け布団を敷いて、その上に座り込む。隣に俺が自分の布団を敷くのを見ながら、大門はつづきの言葉を考えているようだった。
「俺って、溝口さんと付き合ってたりした?」
「ねえな」
 とっとと布団に入れと促すも、大門は布団の上に座ったきりで動かない。
「世話を焼いてくれる人間だから好きになったと勘違いしてんだよ。ひよこだって初めて見たものを親だと思って慕う」
「初めて見たのは医者なんだけど」
 はじめて、この大門を見たのは半年ほど前であった。病室でぼんやりとしていた大門は今ほどはっきりと話さなかったし、語彙も少なかった。
 半年で、ずいぶん話せるようになった。一般的なことは大体思い出したと思うが、個人的な記憶は思い出せないようで、両親が他界したときのことも思い出せないと言っていた。
「だんだん、思い出したのか、後から記憶が作られたのか分からなくなっていくんです」
 いつだったか、そうこの男は言っていた。人からこうだと言われると、なんだかそうだった気になって、そういう記憶があったような気分になるのだそうだ。
 この部屋で暮らしはじめた当初からずっと俺に対して敬語を使って、どこかよそよそしかったこの男も、最近では敬語が外れることが増えた。記憶は戻っていないと言うので、慣れてきたのだろうと思った矢先にこれだ。
「本当に付き合ってなかった?」
「ねえよ」
 何度も言わせんな、とは言わない。今の大門はかつての大門より記憶が定着しづらくなっていると病室で聞かされていた。実際、大門と暮らしはじめて同じ質問を何度も受けた。その度に俺は根気強く何度も答えた。
「お前は、俺と癒着関係にあった警察官で、俺に金で買われてたの。それ以外にも度々遊ぶことはあったから友人とも言えるかも知れないがな、それだけだ」
 何度も、何度も言った言葉を繰り返す。
「でも知ってる気がするんだよ、あんたの……」
「それは錯覚だろ」
「じゃあ、今、はじめて好きになったんだ」
「それも錯覚だろ」
 大体、何をもってそんなことを言い出すんだ。と問えば、素直にうーんと唸り、考え出す。この大門はかつての男と違って、何も知らない子供のようで、どこまでも素直であった。皮肉を言うことも、恥ずかしそうに言い淀むことも、強がることもない。素直に、こちらの目を見て自分の思っていることを述べてくる。
「なんだか、あんたは、馴染む気がする」
「馴染む?」
「そう、なんだかちょうどいいと思う。何がかはわからないけど、あと、あんたは逃げるけど、俺は溝口さんに触りたいと思う」
「なるほどね」
 布団の上であぐらをかく男の頭を撫でてやる。前髪が目にかかっている。かつてのこの男は前髪が目にかかることを嫌っていた。鬱陶しいと言っていた。
「明日、散髪行こうな」
 しばらくは気持ちよさそうに撫でられるままになっていた大門だったが、俺がそういうと、違う、と言って俺の手をつかんだ。
「違う」
 そう言って俺の手のひらと自分の手のひらを重ねようとする。俺が手を抜こうとすると、手首を掴まれ引っ張られた。
「キスをしたいと思ってる。あと、あんたの、全部。さわりたいと思うし、知りたい」
「俺はやだよ」
 掴まれた手を無理矢理引き抜いて大門を見る。大門は臆することなく、俺の布団に這い寄ってくる。
「昔、何もなくても、今の俺は溝口さんのことが好きだよ」
「俺はやだって」
 俺の敷布団の上に乗せられた腕を掴んで戻す。もがくように暴れる腕を押さえようとすると顔が近づく。顔を背け、足を払う。簡単に布団の上にぐなりと肩から背を打ち付けた大門は、驚いたような顔をしていた。
「ごめんな」
 昔ならばもう少し抵抗されてたなと思いつつ大門の腕を引いて布団の上に座らせる。座った途端大門は俺に掴みかかるようにして俺の体を布団の上に押し付けた。
「大門、強姦って知ってる?」
 押し付けられたまま俺が言うと、情欲に座っていた大門の目が開かれた。
「犯罪。悪いこと。お前が今、しようとしてることだよ」
 はあ、はあ、と大門ひとりの荒い息が部屋の中に響いている。やがてそれに嗚咽が混じる。俺の上から退いた大門は泣きながら自分の布団に戻った。
「寝な」
「……」
 顔を押さえて泣く大門の頭を撫でて、掛け布団を持ち上げてやる。それでも布団に入らないので、体を支えて移動させ、敷布団の上に横たわらせる。上に毛布と掛け布団をかけて、とんとんと子供にするように布団を叩いてやる。
 こいつは子供だ。そう思う。かつての男の顔をした、かつての男とよく似た他人。
 とんとん、とんとん、と掛け布団を叩く。布団の中からはくぐもった泣き声が聞こえてくる。昔の大門にこんなことをしたら、どうなるだろうかと想像する。とんとん、とんとん。静かな夜に。泣き声はなかなかやまない。とんとん、とんとん。俺は子供が泣き止むまで掛け布団を叩き続ける。
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20220906スマホからテスト
初公開日: 2022年09月06日
最終更新日: 2022年09月06日
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暗い部屋。ベッド。眠くなるまで