三人称三ツ谷視点
 ビールサーバーを家に置くようになったのは、それくらい、ウチに人が集まってくるからだ。
 三ツ谷はリビングのローテーブルに頬杖をつく。 首だけ角度を変え、室内を見渡した。ため息のような欠伸が小さく漏れ、目を擦った。木目調の天板に頬をつけ、瞬きを数度する。
 部屋の一区画は他人のスペースのようになっていた。スチールワイヤーのカゴは物が溢れて隠れてしまっている。物の内訳は主に衣類で、龍宮寺のカーディガンや佐野の羽織、羽宮のジャケットや柴のパーカー。どいつもこいつも、酒飲んで酔って、暑がって置いてきやがる。そう、三ツ谷は目を細めた。カゴの横には柴の忘れていった読みかけの雑誌やスマートフォンの充電器も並んでいた。ある日突然佐野が対戦をしようと持ってきたゲーム機も、三ツ谷の部屋の住人の様な表情をしている。
 三ツ谷は卓上のタバコへと手を伸ばし、フィルムを撫でてから指を離した。タバコを吸う気にはならない。ビールサーバーへと目を向け、一考し、ゆっくりと立ち上がる。
「ビールでも飲むか」
 茹だるような暑さ、の時期は過ぎていた。深夜0時はとうに過ぎている。これから飲むのであれば、明日──もう、今日ナンだけど──に差し障りが出るだろう。ビールの一口めの心地よさが喉を満たす状況は逃している。ただただ、苦味だけを味わう事になるのかもしれない。
「そういえば」
 そういえば、と呟き、独り言だと苦く笑う。昨日の夜は隣に八戒がいたから、ついその調子で話しかけちまう。しこたま飲んで、今朝も、昼過ぎまで寝ちまってたっけ。
 昨日の夜はミンナで、じゃなくて。八戒と二人きりで飲んだ。
🌖
 
 八戒が座るとオレの部屋もテーブルもやたらと小さく見えて、それが何度見ても妙に笑える。八戒と二人きりで飲む時は尚更そう感じた。八戒は勝手に座ってコンビニで買ってきた菓子を開けている。袋を開けたり忙しなく動いていて、動くたびに後ろで括ってる髪が揺れる。八戒の後ろにしゃがんで、引っ張った。
「いてぇ! なに?!」
「ん?」
「『ん?』て?!」
 尻尾みたいだから、つってグイって引っ張ると八戒は首絞められたみてえにグェ! とか大袈裟に騒ぐ。
「タカちゃあん、やめてよお」
「んー」
 手の平に尻尾のような髪の毛を置きながら、眺める。八戒の声を後ろの方で聞きながら、八戒の、黒い髪の毛を矯めつ眇めつ眺めた。
「いー感じに染まってんね。地毛みたい」
 頬が少しだけ動く。あ、きっとこいつ今うれしそ〜に、得意げに笑ってんだろうな。
「タカちゃんのもいい感じだよ」
「そ?」
 八戒の青色も、オレの紫がかった色も、この空間の中には存在しない。あんなに当たり前のように在ったのに。もう、お互い目玉の内側にしかない。
「なにもさあ、タカちゃんまで染める必要、なかったんじゃない?」
 八戒の後ろに膝立ちになり、髪ゴムを外す。降りてくる髪も、やっぱり真っ黒だ。手櫛で何度か梳き、八戒が自分で縛るよりもキマる位置で縛り直してやった。いつになっても、一生わかんねえのかコイツ。自分を一番ヨく魅せる場所が。
 入れてやった模様を撫でながら、
「そろそろバリアート、お願いしていい?」
 て、弟分にねだられる。「いいぜ、また次ん時な」なんて答える。
 こういう部分は過剰に甘えてくるくせに選択は一人で勝手にするんだよな。
 八戒と同じ日に、同じ美容院で染めた黒髪を掻き上げた。深い意味なんてない。弟が、そうやって決めたならオレも付き合おうと思った。それだけ。
「染めたの後悔してる?」
「あん? その話もどんの」
「戻るも何も、タカちゃん返事してくれてねえよ」
「事務所入るって決めて、カタギは黒髪っしょ! なんて言い出して勝手に予約入れてたの誰だよ」
「オレだよ! まさかさあ、タカちゃん乗り込んでくるなんて思わなくね?! 『オレもおんなじので』って注文なに?! 飯かなんか?! 美容師のおにーさん困ってたじゃん!」
「ハハ」
 八戒がソレを選んだのは、オレが「デザイナー」て名目で社会に少しずつ溶け込み始めてからだった。まだ、有象無象の中でほんの少しだけ抜きん出ていることを証明され始めたダケ、って時。賞とって、スカウトされて、バックにはまだ誰の名前もない。オレ一人で、オレの手でこのギョーカイに爪痕残してやろうって息巻いてた。
「この仕事ならさ、タカちゃんとずっと一緒にいれるだろ」
 そう言われた時に最初は服飾か美容系の何かなのかと思った。コイツ、染まりやすいからオレに触発されたんだろうなって。洒落た格好して汗かきながらアシとして駆け回る八戒は、確かにサマになっている。なんてったって打たれ強えし頑丈だから、「タフ」さでは向いてるんじゃないかと思った。
 そしたら、オレが一人立ちした時にいくらでもコキ使って──「モデル、顔もスタイルもいいからさ、オレにぴったりだろ」
「は?」 
「だから、モデル。入って欲しいって、名刺結構もらってんだよ、オレ」
 一番男前だと本人が思い込んでるドヤ顔を見せつけられ、トランプやってる手札みたいに口元に名刺を広げてニヤって笑う。
 腕を組みながらオレは頷くことしかできなかった。ああ、似合ってるわ。モデル。
 オレの想像したやつの何千倍も似合ってたワ。
🌖
 三ツ谷は緩く頬を掻き、独り言の続きを言葉として声に落とし込む。
「ストーンズジンジャー、あったっけな」
 シャンディガフにしよう。と呟きを続け、三ツ谷はローテーブルへと手をついて立ち上がる。窓へと背中を向けキッチンへと向かった。
 ガサガサと、音。三ツ谷は歩を止め振り返った。
「オマエ、また来てんの?」
 歩みだけではなく動きも止め、三ツ谷は窓の外の暗がりを見つめる。ガサガサと音は続き、小さく、ニャアと猫は声を上げた。 
 
カット
Latest / 72:46
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
38
初公開日: 2022年08月04日
最終更新日: 2022年08月05日
ブックマーク
スキ!
コメント