今日は風のある日だ。開けた窓から風に乗って潮の香りが入ってくる。それと同時にちりん、と涼し気な音が聞こえる。山姥切長義は目を開けた。
「起きたか」
窓辺に山姥切国広が立っていた。
「……俺は、寝ていたのかな」
「ああ。椅子に座ったままぐっすりと」
涼しい風が入ってくるから窓際に椅子を置き、海を眺めているうちに寝落ちてしまったようだ。首が痛い。長義は首筋を手で押さえた。
「これも、お前が用意したのかな?」
体にかけられた白衣を長義は国広へ返す。
「用意した訳ではないが……体を冷やさないようにと思ってかけただけだ。迷惑だったか?」
「……いや。そうではないけど、臭いが……」
着物の袖を長義は嗅いだ。僅かに薬品の臭いがする。
「ここに来る前に薬室に寄ったからその所為だろう。気になるようなら洗濯に出すといい」
白衣に袖を通してから国広は目線を上に向ける。
「何を見ているのかな?」
長義も国広と同じ場所を見つめる。海の青を思わせるような硝子製の風鈴が風に吹かれてちりん、ちりん、と音を立てていた。
「風鈴……?」
ここでの療養生活もそれなりに長いが風鈴の音は聞いたことがない。
「少しでも涼しくなればと思って用意した。うるさいなら外すが」
「いいよ。むしろ綺麗な音が心地いい」
風鈴の音に長義は耳を澄ませる。
「……風鈴の由来である風鐸には厄除けの効果があってな。この音が聞こえる範囲には災いが起こらないと言われている。だから、用意しておこうと思った。何があってもいいように」
「何があっても……」
「ああ。ここもいずれ戦火に巻き込まれる可能性がある。そんな時にこの音が俺の代わりにあんたを守ってくれたらいい。俺はそう思っている」
「何だよそれ。まるで最期まで傍にいないような言い方をして」
「……人が足りなくなればいずれ、軍医として召集されるだろう。陸軍軍医予備令という制度がこの国にはあってな。予め医者を軍医として志願させて陸軍軍医予備員とする。兵卒として召集されないから、ほとんどの医者が志願している。俺もその1人だ」
「じゃあ、お前は自らの意思でいざとなれば戦地へ行くつもりでいるのかな?」
「それは違う」
国広は即答した。
「出来ることなら、行きたくない。代々受け継がれてきたこの場所を守りたいからな。だが、志願しなければ非国民と俺は見なされるだろう。だから志願せざるを得なかった」
「嫌な世の中になってしまったね……」
長義は呟いた。
「そうだな。暮らしにくい世の中になった。俺が召集される前にこの戦が終わってくれればいいんだが」
風鈴の音に耳を澄ませながら国広は海を眺めている。
「……国広」
「どうした?」
「……この療養所で他に風鈴のある場所はないかな?」
「確か……診察室にあったはずだ。この前、歌仙が2つほど飾っていた」
「だったら、そのうちの1つを貸して欲しいんだけど、いいかな?」
「構わない。歌仙には俺から話しておく。取って来るから少し待って――」
「待たないよ」
長義は椅子から立ち上がった。
「風鈴を借りたらお前の部屋へ行く」
ゆっくりと歩いて長義は病室を出た。
「何をするつもりだ?」
早足で歩いて国広は長義に追いつく。
「お前の部屋にも風鈴を飾る。俺の目が届かないところにいても、お前を災いから守ってくれるように」
手すりを持ちながら長義は1階の診察室に続く階段を下りて行った。
「俺よりも自分のことを気にかけて欲しいところだがあいつのことだ。聞く耳は持たないだろうな」
国広は苦笑してから階段を下りた。