第73回のお題【疑問】
呪専夏五が成立する話
夏にモブ彼女がいたという描写があります(描写だけ)
 夏油傑という人間は、五条悟にとっては随分と不思議な人間だった。
 悟の知らないことをなんでも知っている。いや、『なんでも』といえばさすがに語弊があるだろうが、それでも悟の知らないことをたくさん知っているのは事実だ。
『なぁ傑』
 声をかけて近寄れば、『どうしたの』と言って悟の疑問に答えてくれる。本人が知らなければ一緒に調べてくれることもあって、悟は呪術高専へと入学してから、随分と非術師達の生活に詳しくなった。
 『そのうち『なんで月は俺を追いかけてくるの』とか聞くんじゃないの』と笑っていたのはクラスメイトの女生徒だったか。さすがにそんな馬鹿な話をする予定は無いが、しかし分からないことがあればまず最初に彼へ尋ねてみることが、悟の中で習慣化された。
 だから、この疑問を相手へ投げかけたのだって、至極当然のことなのだ。
「オマエと付き合うにはどうしたらいいの」
 なぁ傑、といたって普通の声でいつもの呼びかけをした後での問いに、目の前の男がぴしりとその動きを止めた。
 時刻は夕方。任務の終わりに高専へと戻る補助監督の車から、『用事を済ませたいから』と言って駅前で降りた。大体そう言う方便を傑が使うのは『遊びに行こう』という合図で、なので悟も同じように車を降りた。戻れば授業があるかもしれないから、微妙な時間帯に任務が終わったときにはそうやって車を降りることが多くなっていた。
 非術師の遊びというのは様々なものがある。多少は知っていたものの初めて体験することも多かったし、悟が素直にそう言えば、それじゃあやってみようか、なんて言って悟を連れて歩くのがいつもの夏油傑だった。
 なので今日も当然そうやって遊んで、あとはもう帰るだけだ。
 空の端は茜色のままだが反対側にはもうすでに夜が来ていて、雲は合間の色を重ねて濁り、遠くでカラスが鳴いている。二人で歩くアスファルトに記された影はもうすっかり長くなっていて、そのうち訪れる夜に紛れて消えそうだった。
「えっと……あの、悟」
 先ほど立ち寄ったコンビニの袋をがさりと揺らして、悟の前で動きを止めていた男が悟の方を見やる。
 眉間の合間にしわを寄せ、ゆっくりと気持ちを落ち着けるように息を零した男の右手が、その親指で額の端を掻いた。よく見る癖だなとそれを見やって思いながら『おう』と悟が答えれば、男の目が悟を見やる。
「それ、どういう意味?」
「ん? 言葉のまんまだけど」
 問われて、首を傾げた悟は答えた。
 その指が自分を示し、それから目の前の相手へと向けられる。
「俺が、オマエと付き合うには、どうすりゃいいの?」
 区切るように言葉を放ち、悟は夏油傑へ向けてもう一度疑問を投げた。
 彼女と別れたんだろ、と続けた言葉に間違いはないはずだ。つい先ほど、歩きながら男がそう言ったのだから。
 夏油傑は、妙にモテる男だった。
 悟と並ぶほど背も高く、趣味のせいで体つきだってがっしりしている。着込む制服だって優等生とは程遠く、目上と判断した相手や明らかな庇護対象に対しては柔らかい物言いをすることが多いが、敵対する相手に対してはその限りでもない。呪霊操術なんて術式を相伝しているくせに近接戦闘が得意で、術式を禁じたやりあいで悟の背中を土で汚したのだってこの男が初めてだった。
 どこがモテるのか分からないが、しかしとりあえずこの男はモテるのだ。だから彼女がいるだの別れただのという話を、悟は出会ってから今日までの一年と少しの間に数回聞いた。
「付き合うって……悟って、私のこと好きなの」
「好きじゃなかったら言わなくね?」
 身も蓋も無い問いをしてくる相手へ悟が答えると、怪訝そうな視線が向けられた。
 じっと観察してくる相手を見つめ返しつつ、先へ歩いていた相手の方へ一歩、二歩と距離を詰める。
 手を伸ばせば触れられそうな距離になったところで相手が一歩足を引いて、その姿が街路樹の影の中に入った。
 同時に足元の影が伸び、這い出た呪いが悟と傑の間に現れる。
 これは珍しいことだ、と悟は思った。
 ここは高専の結界の外だが、そもそも目の前のこの男は帳も張らない場所で呪霊を使うことなど殆どない。呪いを民間人の目に晒すことを嫌うからだ。呪術は非術師を守るためにあると言い切る男が、いくら日暮れ前とはいえこんな道端で、呪霊を使役している。普段ならあり得ないことだ。
 動きを止めて改めて視線を放ると、悟の視線を避けるように男が少しだけ目を伏せた。
 その間も二人の間にいる呪霊はずるずると影より這い出て、まるで悟から術者を守るように立ちはだかる。
 見たところ三本の鋏を持った蟹のような姿のそれは、三級以下の雑魚だ。悟なら簡単に祓うことも出来るが、しかし悟はそれをせず、相手の出方を待った。
 しん、と二人の間に沈黙が過り、吹き抜けた風が木々の葉をざわりと揺らす。
「それは……勘違いじゃないか?」
 やがて、傑の口が紡いだのは、そんな失礼な言葉だった。
「は?」
「勘違いだよ悟、君のそれは」
 思わず眉を寄せた悟に対して、傑がそんなことを言う。
「どういう意味だよ」
「言葉のままだよ。私との距離がかなり近づいてしまったから、そう錯覚しているだけというか。私も君も男同士だろ。付き合うも何もない」
 友達じゃないか。そんな風に言い放った男が、目元を隠すように持ち上げていた手を下ろす。
 その視線が改めて悟の方を見やって、わずかに口元へ笑みが浮かんだ。いつも浮かべているものとは違う、なんとも不格好な微笑みだ。
 寄越されたそれに眉を寄せた悟がもう一歩を踏み出すと、足元にいた呪霊が威嚇するように鳴き声を上げる。三本の鋏を持ち上げて、明らかに悟に対して抗議をしていた。
 向けられたそれが不快で、舌打ちを零した悟の片手が掌印を結んだ。
「今すぐコイツ祓われたくなかったら片付けろ、傑」
「君がそれ以上近寄らなければ問題ないと思うんだけど」
「早く」
 急かした悟の前で、傑がため息を零す。
 数秒を置き、その体が呪力を回して、未だに悟を威嚇している呪霊がずるりと影の中へと引っ込んだ。
 それを追うようにもう一歩足を踏み出した悟の体が術式を回して、後ろへ足を引こうとした相手を自分の方へと引き寄せる。
「うわっ」
 悟との間の距離を無理やり縮めるように引かれて、慌てた声を出した男の体が傾いた。
 倒れ込んできた相手の体を受け止めて、悟の腕が相手を捕まえる。
 抱き込むようにすると、慌てたように相手が悟の肩を掴んだ。ぐいと押しやろうとしているがうまく行かない。悟の胸は傑の胸に合わさっていて、相手の体温すら伝わる気がした。
 鼻を相手の匂いが掠めて、その事実にじくじくと鼓動が跳ねるのを感じる。耳の奥に自分の心臓の音が聞こえるし、冷や汗だってぶわりと吹き出した。今すぐ叫びだしたいような逃げ出したいような衝動を堪えつつ、悟は腕の中の相手へ唸った。
「……これでも伝わんねーのかよ」
 吐き出した声が少しだけ震えている。
 しかしだって仕方がない。先ほどの問いかけをした時だって、声が上擦っていないか不安だった。
 心臓が痛いし、血が過剰に巡っているせいで体温が上がっているし、そのせいで汗をかいているのは格好悪い。
 しかしそれでも、ここで逃がしてはならないと思った。
 何せ夏油傑は、何故だか分からないが大変モテる。
「俺、オマエと付き合いたいんだけど」
 久しぶりにフリーとなっていた男へ向けて悟が言葉を重ねると、ぐいぐいと悟の体を押しやろうと無駄な抵抗をしていた男が、そこでようやくゆっくりと体から力を抜いた。
 まだ顔を見ることは出来ないまま、どうすればいいの、と悟が男の耳元で問いかける。
 夏油傑という人間は、五条悟にとっては随分と不思議な人間だった。
 悟の知らないことをたくさん知っている。『なんでも』といえばさすがに語弊があるだろうが、それでも悟の知らないことを知っているのは事実だ。
『なぁ傑』
 声をかけて近寄れば、『どうしたの』と言って悟の疑問に答えてくれる。
 分からないことを聞けば答えてくれる友人からの回答が欲しかった。
 少なくとも、嫌われてはいない筈だ。悟の目には相手の呪力の流れが見えている。渦巻くそれは相変わらずだが、とりあえず拒絶めいた負の感情は見当たらず、そのことに少しだけほっとした。
 夏油傑は、悟が術師然としてものを教えればきちんと話を聞いてくれるし、悟のしたいことに付き合ってくれる。悟の話を聞いて悟の質問に答えて、一緒に遊んで様々なことをした。
 これから先、この男の等級が上がっていけば、今までのように同じ任務に就くことも無くなるだろう。呪術界は人手不足だ。上級の術師をまとめて同じ任務に送るような非効率なことはしない。
 それなら今のうちから『付き合い』を始めてその隣を確保していくことが、悟にとっては最も重要なことだった。
「どうすればって、言われても」
 小さな声で、同級生が反論する。
「俺が男なのは変わらねーんだけど。オマエの好み教えてよ、ちょっとは合わせるし。それか、『俺』が好みになって」
「……何、その自己中な発言」
「献身的だろ。女装くらいまでならまぁしてもいいよ」
 体躯の出来上がりつつある自分では似合わないだろうがそのくらいの歩み寄りはしようと考えて悟が言うと、少しばかり腕の中の相手が押し黙った。
 数秒を置いて、ぷ、とすぐ傍で吹き出す音がする。
 くつくつと喉を鳴らし、体まで震わせた相手に、おい、と悟の口が不満を零した。
「真面目に話してんのに笑うなよ」
「いや、だって、これは、悟が悪い」
 唸った悟に対して笑い交じりの言葉を零した男の手が、ぽんぽんと悟の肩を叩く。
 放せと言われていると気付いて悟が腕の力を籠めると、逃げないからちょっとだけ緩めて、と傑が言葉を零した。
 放られた言葉が事実かどうかは分からないが、しかし相手からの求めに仕方なく、悟の腕の力が緩められる。
 それを受けて、傑の体が少しだけ悟から離れた。間に挟まれた腕にかかっていたコンビニの袋ががさりと音を立てて、身を引いた相手の顔が悟の視界に入る。
「そんなに私が好き?」
 尋ねながら悟の方を見やった男は、少しばかりその目を細めていた。口元に刻まれた笑みは先ほどのそれよりは随分と自然だ。少しだけ顔が赤く見えるのは、沈む手前の夕陽のせいだろうか。
「これ、絶対私が硝子に呆れられるな」
「傑が? なんで硝子に?」
「『やっぱり誑かしてたんじゃん』って」
 前から言われてたからと続けられても、悟には意味が分からない。
 戸惑う悟をよそに、もう一度笑い声を零した男が、それからゆっくりとため息を零した。
 まだ笑ったままで、その片手がそっと悟の顔へと触れる。
「勘違いってことにしておいた方がいいのに」
「まだ言うのかよ」
「君の為を思って言ってるんだよ、悟」
 穏やかに囁いて、男の掌は悟の頬からゆっくりと下へと滑り落ちた。
 大きな掌が悟の首へ触れ、脈を計るように指で辿られて、こそばゆさに悟が少しだけ肩を竦める。
 それを気にせず、だって、と男が言った。
「今までの子と君は違うだろ。付き合ったら、絶対逃がしてあげないよ」
 言い放つ男の言葉に、悟の青い目がぱちりと瞬いた。
 どういう意味かと問う前に、笑ったままで眉を下げた傑が、仕方ないなぁと言いながらその手をまた滑らせる。
 自分を捕らえたままの悟の右腕に触れて掴まえ、引きはがすようにしながら無理やり動かして、その手が悟の手首を掴み直した。
 そうして誘導された悟の掌が、目の前の男の顔へと触れる。ゆっくり下へと滑らされて、悟の手はそのまま男の首へと触れた。
 わずかに汗ばんだ肌に触れてしまってびくりと手を震わせると、それに笑った男がそっと悟の手を自分の首へと押し当てさせる。
 掌に触れた肌の下から、大きな脈拍を感じた。普段よりも随分と大きく感じるのは、果たして気のせいか、違うのか。
 目を見開いた悟の前で、ふふ、と男が笑う。
 楽しげなその顔を見て数秒押し黙り、それから悟は口を動かした。
「……なぁ、傑」
 オマエと付き合うには、どうしたらいいの。
 悟の疑問へ寄越された答えはとても簡単で、なので悟は遠慮なく、目の前の相手に『付き合え』とねだることにした。
おわり!
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ななし@a8c04f
スラスラ言葉が出てくるのすごいです!
17:14
ひづき@ワンライ
ありがとうございます~
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夏五 ワンライ
初公開日: 2022年07月16日
最終更新日: 2022年07月16日
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