「着いたよ」
 そう言うと侑は慣れた操作で車を停めて、ようやく視線を合わせて笑った。
 いや、視線自体は時折合ってはいたけれど。脇見運転は事故の元。分かっているとはいえ、顔を合わせられない時間は寂しいものだ。
 それでも助手席に座ってる身としては、喋っているとあっという間だった。
 車を降りると、駐車場から見える光景に「うわぁ」と声が漏れる。
「いっぱいだね」
「そうだね」
 ずらりと店頭から伸びている行列。ざっと見ただけでも二十人は超えている。そのほとんどが私たちと同じくらいの年の女の人だった。SNSで話題沸騰、テレビでも取り上げられたお店というのは伊達じゃないらしい。金曜日なのにこれかぁ。
 私たちも粛々とその後ろへと回って並ぶ――ことはなく、そのまま前に進んでお店へと入って行った。
「予約していた七海です」
 私がそう告げると、店員さんは予約表を確認して笑顔で席へと案内してくれる。
 通された予約席に座ると、
「それじゃあ侑、好きなだけ食べてよ」
 私は真っ先に侑へとメニュー表を差し出した。
 それを見た侑は苦笑する。
「ドタキャンしてさえなけりゃ格好が付くんだけどなぁ」
「うぐ」
 まるで容赦がない。こんなにもきれいに一刀両断されてしまえば、ドヤ顔も呆気なく霧散してしまう。
 ……先日やらかしたドタキャンの埋め合わせ、というかやり直し、というか。
 元々の目的であるパフェを食べに、兼謝罪の気持ちによる奢りのために、このお店に来ていた。
 まるで格好が付かないというのは言い返せない。日頃の行いだ。
「まぁ、お言葉に甘えて食べるから。燈子は財布の心配しててよ」
 悪戯っぽく笑ってるけど、それが侑の優しさからきていることは知っている。いや、本当にからかいもあるんだろうけど。
 だから私も安心させるべく胸を張った。
「大丈夫、今日は多めに持ってきてるから」
「ふーん」
 実際問題、奢るといった手前、お金がないという事態があってはならない。たとえ侑が全メニュー制覇しても大丈夫なくらいある。……いや流石にそこまではないか。メニューに並ぶ文字列と金額を見て内心こっそり修正する。
 ただまぁそれはそれとして、侑はなんやかんやである程度の遠慮をしてしまうだろうから、きちんと促さないといけなかった。
 だからといって油断は禁物。元とは言え体育会系女子の胃袋は舐めてはいけないのだ。
 ……正直なところ、こうしたことは一度や二度ではない。いや、もちろんそんなことがないように最大限の努力をしているのだけれど、がんばってるからといってなくなってくれるわけじゃない。
 大学の講義、課題、サークル、それから役者としての活動。
 当然それは侑も同じこと。侑は私と違ってバイトで忙しいのだけど、それでもドタキャンしたりは滅多にしない。なので結局は私がホイホイとオーディションとかの予定を入れてしまうのが悪いのだ。
 けど、まだ演劇の道を目指すかどうかは考えてる。なんて言うか、まだ決めるには早い気がして。
 だから事務所とかにはまだ入っていない。もうあまり参加できていないけれど、奈良先生のご厚意で今でも市民劇団に所属している形で色々とやらせてもらっている。
 おまけに余裕がある時は、見聞を少しでも広げたくて短期バイトも入れるようにしている。だから忙しいのは本当だ。
 もっとも、そういうこともあって、こうして侑に不安や迷惑をかけている自覚はある。
 侑も以前に比べて、真っ向から文句を言ったり怒ったりしてくれてるけど。そこに甘えてないだろうか、と度々振り返る。侑がどんなに優しいか知ってるから。
 それだけじゃなく、愛想を尽かされるんじゃないかという不安もある。
 ……難しい。自分の人生を、私一人だけじゃなくて誰かと一緒に歩いて行くのは。
 自分のやりたいことと、好きな人と一緒にいること、その両立は難しい。ひょっとしたら、いつか今よりもっと厳しい選択を迫られる時が来るのかもしれない。
 でも、どっちも諦められない。沙弥香の言う通り、私はよくばりだから。
 だから、叶うのなら。侑と一緒に、ずっと。
「燈子?」
 ついついいらぬ物思いに耽ってしまってたらしい。侑の声に抜けた反応を返してしまった。
「ん?」
「選んだの、って」
「あぁ、ちょっと待って」
 優柔不断な侑にしては早く決まったらしい。メニューを受け取った私は一通り目を通してから店員さんを呼んで注文する。
「そう言えばさ。こないだのオーディションはどうだった?」
 店員さんが去ってから、ふと侑がそんな話を切り出した。
 それに私は――笑顔を浮かべてピースサインを向ける。
「ん」
「おぉー、やったじゃん」
 侑からかけられる心底からの言葉に、照れと嬉しさが込み上がった。
 ……本当によかった。
「ありがと。ようやく連敗ストップした」
「え、そんなに落ちてたっけ」
「四連敗」
「えらいえらい」
 そう言って侑は私の頭へと手を伸ばす。
 気恥ずかしさを覚えつつも素直に侑の手を堪能してから、入れ替わるようにして私も侑の頭を優しく撫でた。
「侑も。ありがとね」
「わたしはなんにもしてないじゃん」
 侑は恥ずかしそうに頬を赤らめ、手を振り払おうとする。先にやったのは侑なのに。おかしくない?
「ううん、全部侑のおかげだから。私が今この道に進めてるのも、がんばれてるのも」
 それでも私は心の底からの言葉を伝える。
 伝えられる内に伝えておきたい。それが大事だと、もう知ってるから。
「……全部じゃないでしょ。恥っずかしいなぁ」
 それでも侑は唇を尖らせ、視線を逸らしてる。
 うん。かわいい。
「事実だもん」
「それならせめてドタキャンしないようにしてくれたら嬉しいかなぁ」
「はい、がんばります……」
 一転、形勢が逆転される。痛いところを突かれた。どうやらからかいが過ぎたらしい。半分以上は本心なんだけどなぁ。
「あ、そしたらお祝いしないと。ここの奢りとか」
「いやいやいやいや、本末転倒だから、それ」
 ほらもう笑ってるじゃん。どっちがからかってるんだか。
 ……どちらからともなく小さな笑い声が零れる。
 やがて運ばれてきたパフェに舌鼓を打ちながら、私たちは楽しい時間を、また一日記憶に刻み付けるのだった。
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