午前中の授業が無事に終わり、明音は職員室へと戻って大きく伸びをする。
 一応、この学校には教育実習として来ている体なので授業中は他の生徒と同じように授業を受けていたのだが、若いと言い切るには少し歳を取りすぎている明音にとってはただ座っているだけでも腰に来るものがあり、少し身体を捻るだけでもボキボキと音が鳴る。
 連合でも戦闘訓練の他に座学をやるときがあるのだが、まさかここまで辛いものだとは思ってもいなかった。
「どうだい、噂の実習生。実際の授業を受けてみて何か得られるものはあったか」
「えぇまぁ。私が学生の頃は気づけませんでしたけど、実際にやる側に回ってみると皆さん色々な工夫をしながら授業をしてるんだなって。その個性を見つけるまでが大変なんでしょうけど」
「おっ、いきなり本質的な所を付いてくるじゃないか実習生。まだこの学校に来て1日も経っていないので子供達からも好かれてるって聞くし、これは将来大物になるかもしれないな」
 これまで座学を教えるときは小一時間ぐらいずっと喋り続けていたが、授業の真ん中辺りにでも小休憩ができるような時間を作ってあげればもっと授業を真面目に聞いてくれるのではないかと考えていると、通りすがりの先生に声をかけられる。
 担当するクラスへと行く前に軽く挨拶をしたが、確か名前は長谷川順平。この学校で体育を教えているらしい。とても豪快に笑う人で、この人も生徒からの人望は厚いらしかった。
「そういえば、武田先生はお昼買ってこられたんですか。昔は給食とか出てたらしいですけど、いまはみんなお弁当になってるんですよ」
「あー、そうだったんですね。ここって購買部とかありましたっけ。だいぶ昔のことだから私もあまりよく覚えてなくて……」
「まぁ何十年も前のことだし、無理もないか。保健室の隣に購買部があるのでそこでパンでも買ってきたらいいですよ。私のおすすめはカレーパンですかね」
「あぁ、ありがとうございます。ならちょっと行ってきますね、昼休みが終わる頃にはちゃんと戻ってくるようにしますから」
 中学校で給食が出ないのは珍しいなと思いつつ、ここにいる教員の皆さんは弁当を持参してくるか購買部で買っているようで、明音はカバンから財布を取りだして席を立つ。
 本当であれば購買部の場所まで正確に聞きたいぐらいなのだが、あまりこの学校について詳しくないことを知られたら私が教育実習生ではないと気づかれるかもしれない。
 このまま職員室に残ってしばらく休憩したい気もするが、この学校を散策するついでに購買部へと昼食を買いに行くことにした。
 どうやらこの学校は思っていたより大きな学校だったようで、中庭では吹奏楽部が楽器の演奏をしていたり、体育館からはバスケットボールをつく音が聞こえてきたりととても活発に部活動を行っているらしい。
 学生の頃に何部に入っていたのかはもう昔のことなのであまりよく覚えていないが、青春をしている子供たちを間近に見るのはなんだかいい気分だった。
「あれ……、隊長じゃないですか。なんで学校にいるんですか」
「ん? ……あぁ、幸田さんか。こんなところでどうしたの、なんかあった?」
 しばらく青春を感じながらぶらぶらと校内を巡回していると、不意に生徒から声をかけられる。
 これまでにも遠目で不審な目で見られることはあったが、まさか実際に声をかけてくる人もいるのかと振り向いてみると、そこには私がなぜここにいるのか不思議に思いながらもこちらを見てくる見知った顔があった。
「まさか噂の教育実習生が隊長だとは思ってもいませんでした。隊長がこの学校にいるってことは何かしらの任務でここに来たってことですか? もしよかったら私たちも手伝いますけど」
「そんな有名人になってるの。……まぁそれはいいとして、魔法少女であるあなたに任務のことを隠すつもりはないから説明はしてあげるけど、どこか他の生徒たちが寄り付かない場所とかない。ここじゃ喋り辛くて」
「んー、お昼休みはみんな部活だったり遊びに出かけたりしてるし……。校舎裏とかだったら人通りは少ないかもしれないですね。別に隊長のことが好きとかそういうのじゃないんですからね」
「はいはい、じゃあそこまで道案内して。私だって忙しいんだから」
 彼女は明音が指導を行っている魔法少女の一人であり、『フラワーズ』のリーダーも務めている幸田久美こうだくみである。彼女はダリアという名前で魔法少女としての活動を行っているのだが、どうやらこの学校の生徒だったらしい。
 男勝りな性格でもある幸田は連合に来るときはよくズボンを履いてくるのでそれに見慣れており、髪をくくったりせずに肩まで下ろして女の子らしくスカートを履いている姿は、なんだか新鮮な感じがした。
「えっ、この学校って篠宮さんまで通ってるの。そういえばあんたたち昔から仲が良かったけど、まさか同じ学校に通ってるとは思ってなかったわ」
 幸田が魔法少女であることを学校側に公表しているかは知らないが、少なくとも明音は他の人に招待をばらすわけにはいかないので幸田に人気の居ない場所に案内してもらって今回の任務についてざっくりと話す。 
 どうやらこの学校には幸田と同じ『フラワーズ』の一員であるローズも篠宮鈴しのみやすずとしてこの学校に通っているらしい。
 確かに二人は魔法少女になった当初から仲が良くて、二人だけにしか分からない阿吽の呼吸が合ったので後衛のマリーも入れて同じグループとして組ませたのだが、まさか小さい頃から交流のある幼馴染だとは思ってもいなかった。
「そういうのって連合で管理とかしてたりしないんですね。なんなら羽賀さんも一緒の学校に通ってるんですよ。あの人学校に来ても基本無言だからあんまり仲は良くないんですけど」
「今はプライバシーの問題とかあるからね。そっか、羽賀さんもここに通ってるならいよいよ私が居る必要なくない。一度引き受けた任務だから途中で投げ出すようなことはしないけどさ、これは上の采配ミスだね。あとで文句言ってやろ」
 幸田の聞いた話によると、この学校に通っている魔法少女は全部で3人。『フラワーズ』所属のダリアとローズ、〇〇という名前で活動している羽賀かおり。
 基本的な強さであれば対応できるだろうと言われているDランクの魔法少女2人に加え、たまに学校に来ない日があるとしても現段階で最強クラスのSランクが1人。そしてその1つ下の私。
 これほどの実力者がそろっていれば世界が滅ぶような大事件でも起きない限りこの学校は安全だろう。連合に予告状が送られてくることなんてこれまでに一度もなかったので気を貼っていた私の方が馬鹿みたいである。
 幸田からは任務のためならいつでも頼ってくださいと力強い言葉をもらったが、その言葉はありがたく受け取って丁重にお断りしておく。
 いざという時は手を貸してもらことになるかもしれないが、今のところは大丈夫そうだしここはただの都立中学校。日々命を懸けて魔物と戦ってくれているのだから、学校でぐらい自分が魔法少女であることを忘れて普通の学生生活を送ってほしいという気持ちもある。
 いくらこの学校に他の魔法少女が居るからとして、この任務を受けたのは明音のみ。一度引き受けてしまった以上は最後まで責任を持って果たすつもりだった。
「ほら、そろそろ予鈴がなるからさっさと自分の教室に帰んな。体育の授業の時に私がお邪魔させてもらうこともあるだけ道化祖、その時は隊長じゃなくて先生呼びにするように」
「お、なんだか本物の先生っぽい。おっけー、じゃあその時は間違えないように先生って呼ぶことにするよ。お願いだから訓練の時みたいにきついメニューはやらないでよ」
「それは約束できないな。私は幸田がどれだけ身体を動かせるのか知ってるし、少しでも手を抜いているようであればちょっと考えるかも」
「ひどい! これでも学校ではなるべく魔法少女だってことがバレないように力をセーブしてるんだよ。少しは多めに見てくれてもいいじゃんか」
 明音は隣で顔を膨らませている幸田をさっさと教室に帰らせ、スーツについた埃を払って自身も職員室へと戻ることにする。
 まだあの予告状を出してきた人に対しての情報は一切掴めていないが、この学校に魔法少女が明音の他にも3人いることは嬉しい誤算だ。どうしても明音一人では守り切れない所があれば彼女たちにも手伝ってもらうことにしよう。
 そんなことを考えながら次の授業の準備を進めていると、また長谷川先生に声をかけられた。
「武田先生、帰ってくるの遅かったですね。そういえばさっき3年の幸田と仲良さそうに歩いているのを見ましたよ。担当のクラスでもない子とすぐに仲良くなれるなんて、やっぱり武田先生は先生の才能ありまね」
「はぁ、それはどうも。実は幸田さんとは前からの顔見知りでして、声をかけてくれたんですよ。ついでに学校のことについて色々と聞いてたんですよ。今のクラスはどう、だとか。購買部に売っている……パン、だとか……」
 お昼ご飯を食べて元気が有り余っているのか、午前中に比べて一層圧を感じる長谷川先生と少し話していると、明音は重大なことに気づく。途中で幸田に話しかけられたからか、なぜ職員室に残らずに校内を歩き回っていたのかすっかり忘れてしまっていた。
 今から購買部に出直そうにも次の授業が始まるまでは十分程度の猶予しかなく、どう考えても間に合わないので明音はお昼ご飯を諦め、授業が終わる8時限目までお腹の虫が鳴らないようにと祈りながら授業を受ける羽目になってしまっていた。
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