※大幅に変更する可能性があります。
 太ももまで浸かった足は上げるだびに、水の抵抗で悲鳴をあげた。
「ペース落ちてッぞ」
「はっ……はっ……ここ、深いから、走るのっ……大変、なんだよっ!」
 でもマルフィクはあんまり休ませてくれない。
「徐々に負荷与えねェと意味ねェだろ」
「ひーん、もうやだっ! 走るのも水も嫌いになりそうっ」
 その場で座り込めば、顔まで水に浸って慌てて背を伸ばす。水の深いところで休もうとしても、全然気が抜けない。
 休む時以外は水の中をひたすら走らされている。初めは足首ぐらいだったのに、水の深さが増すたびに体が重くて前に進めなくなる。
 どのくらい時間が経ったんだろう。赤い星は全然動いていないように見えるし。疲れたら寝て、起きてを繰り返して、何日過ぎたのかもわからない。
「赤い星はいつ、沈むんだよ……」
「山羊の星で、青い星が出るのは”夜”だ。その”夜”は、人間の傷ついた部分を修復し、さらに強化してくれる。だから、山羊の神は青い星を休息の時間にしたンだ」
「それ、前にも聞いたしっ……全然赤い星動かないじゃん……!」
「お前、そうやッてわめかねェとできねェのか?」
「だって、修行って思ったより地味だし、継続するのがだいぶつらいし……。もう、心折れそうなんだよ……っ!」
「折れろ折れろ。修行無しに使える強い力なンて都合のいいもンは命削る以外ねェんだよ。地道に体力つけろ」
「ぐむぅ……命削らなくても、心は削られてる気がする……」
「口動かせる余裕あるンだッたら、足動かせ」
「うぅ……正論しか言わない……」
 だいぶわめいてれば息も落ち着いて俺は立ち上がる。服が濡れてさっきよりも重い。絞りながらものろのろと歩きだした。
 頭ではわかってる。でも、度重なる疲労に、思考がついていかない。イヤだ。と口にしたくなる。何度イヤだと言ってみても、マルフィクは正論で持続を促してくる。それに動かされて体だけは動かした。
 それを何回繰り返したのか――俺の記憶は途切れた。
 気がつけば、なぜかヘレが心配そうにのぞき込んでいた。
「アスク! よかった、気がついたんだね」
「ヘレ……? え、なんで?」
 起き上がれば、ヘレが膝枕をしてくれていたのだとわかる。え、いつからいたんだ……?
「おっ、よかったな。目覚めて」
「無事で何よりだ」
 見渡せば、レグルスとスピカも近くに座っていた。その後ろにカプリコルヌス様、一番遠いのはマルフィクで、フードを被ったまま黙っている。
『ふむ。赤い月が落ち、青い月が上ったのであるからして、安否確認に来たのである』
 カプリコルヌス様の言葉に空を見上げる。暗闇に青白く光る青い星と、黄色い星がくっきりと見えた。そうか、ようやっと”夜”が山羊の星にも来たんだ。
 修行のルール――『修行の仕方であるが、修行を赤い星が消えるまで行う。その後に、休息を青い星が消えるまで行う。同時に黄色い星が消えるまでに吾輩が全員の安否確認を行うのである。故に、それまで場所を動くことを禁ずるのである。それを繰り返し、この丘の上に虹色の星が浮かぶまでを期限とするのである』
 ――そっか、赤い星が消えたからカプリコルヌス様が来たのか。
「でも、どうしてヘレたちが……?」
「アスクが心配で、その、一緒に連れてきてもらったの」
「不甲斐ないが……私はまだあのフードの男に慣れることができん。休憩時間まで共に過ごせば、関係が悪化しかねないのだ」
「俺はカプリコルヌス様にずっと連れまわされてる……」
 ヘレとスピカは言いにくそうに、レグルスは疲労困憊で魂抜けかけてる……。
「そっか、じゃあ休憩の間は三人はここにいるってこと、かな?」
「そうである。青い星が沈む頃に迎えに来るのである、それまでこの場所を起点として過ごすのであるぞ」
 カプリコルヌス様は俺たちの顔を見て頷くと、マルフィクのところへ向かった。
「まったく神遣いが荒い連中である。さあ、早く行くのである」
「ン、ああ」
 そのままマルフィクの腕をつかむと、カプリコルヌス様は飛び出ってしまった。
「フードの男が、あの男に用事があるそうだ」
 スピカが補足をしてくれた。なるほど、じゃあ、青い星が沈むまではこの面子ってわけだ。これは気楽かも。
「そういえば、アルディさんは?」
「あいつは、フードの男の話が興味深いとかで、水瓶のヤツと蟹のヤツと一緒に話を聞くんだってさ」
「ああ、サダルとダルフは無事到着できたんだね」
「だいぶ興奮していたぞ」
 まあ、ダルフの修行もほっぽり出して聞きたいくらいの話だったみたいだし、そうだろうなぁ。
「んじゃあ、ゆっくり近状報告でもしながら休憩しよーぜ。カプリコルヌス様から食べ物とかもらったんだ」
 レグルスが、ばさっと荷物を降ろして、その中から果物や見たことのない食べ物、あとは食器とかを出して準備してくれる。元々冒険者として一式道具をそろえているレグルスにかかれば、食事ができあがるのはあっという間だった。
 久々に暖かいスープをゆっくり飲んでる。
「おいしい……」
「よかったよかった。アスクはちゃんと栄養取って休めよ」
「あ、うん。まあ、倒れたのは単に体力が限界だっただけで、怪我とかはしてないんだけど」
 心配してくれるレグルスに心がぽかぽかする。みんなとのんびりごはん食べれるのも、心が癒される。うれしい。
「どんな修行だったんだ?」
「………………」
「え、言えないくらいつらい修行だったの? 大丈夫? アスク」
「あ、いや……えっと……」
 冷や水を浴びたように心臓がきゅっとなった。情けなくていいたくないけど、三人が心配げに見てくるので、俺はしぶしぶと応えるしなかった。
「……ただひたすら水の中を歩く修行」
「…………」
「…………」
「…………」
 俺の説明に全員目を瞬いた。わかってる、そんなの誰も想定してなかったって。
「そ、そういうみんなはどんな修行だったの? ね、レグルス?」
 俺は沈黙に耐え切れず、話を思いっきりずらした。レグルスに振る。
「俺かー? まずは、加護を具現化するために加護を知れって、カプリコルヌス様からひたすら知識を詰め込まれたな。そのあとはカプリコルヌス様の加護を通して、俺の加護を外に引っ張り出して――なんか、なんも面白くない修行だったな。体はきつくねーけど、頭がばかにつかれた」
「私は逆だったな。ただひたすらあのフードの男と戦わされて、自分の苦手なところをつかれ自覚させられた。不本意だが、教え方は上手い……」
「二人ともちゃんと修行してるんだなぁ……」
「やはり……あの男を信用するべきなのだろうか」
 スピカがふぅっとため息を吐く。最初の敵意が少し薄らいできているのだろうか。
「アルディにもヘレにも私にも、あいつは分け隔てなく教えてくれている。しかも、内容は的確だ」
「でも、迷ってるんだよね?」
「ああ……だから、アスクにあいつの弟子のことを聞きたくてな。師匠と弟子であれば、それなりに似ている部分もあるだろう?」
「マルフィクのこと? 口は悪いけど、いいヤツだよ」
「そうだろうなー、アスクが倒れてる時、ちゃんと風引かないように火を起こしてたし、なんだかんだで面倒見いいんじゃんないか? あいつ」
「うむ、たしかに彼はフードの男よりも信頼ができそうだ。それで、出身は蛇使いの星なのか?」
「う、うぅん……あいつ自分のこと話したがらないから、そこまで知らないんだよなぁ」
 そうだ、俺はマルフィクのことはあまり知らない。オフィウクスの加護を持ってて、フードの男を師匠と呼んで慕ってる……ぐらいかな?
「そうか……だが、友達なのだろう?」
「え? 友達かー……うぅん、そうだね、仲間っていうとスピカたちだし……マルフィクは、友達なのかな?」
 マルフィクは絶対拒否しそうだけど。でも、友達だったらいいなぁ。
「なんで首傾げてたんだよ。あいつ、お前とはよくしゃべってるじゃん、俺話しかけても一言二言で返されるぞ?」
「いや、しゃべるけどさー……知らないことが多すぎて、友達って言っていいのかなぁ。って」
「今度ちゃんとお話ししてみればいいんじゃない?」
 そっか、知らないなら知ればいいのか。時間はあるだろうし、ゆっくり話聞いてみようかな。
「そうだね。山羊の星で修行してる間に、マルフィクともっと話してみるよ」
「うむ。私もあの男と話してみるべきか……」
「いいね! ちゃんと話してみたら案外、イメージが変わったりするかも」
 スピカの前向きさに、俺は勢いよく頷いた。彼女の顔がやっと綻ぶ。
「そうだな……次回の休憩時にはがんばってみよう」
「その時は、私も一緒に話しますよ!」
「ありがとう、ヘレ」
 二人で笑いあう様子に場が和んだ。楽しい時間だ。
 穏やかな気持ちで、横になり休息時間を満喫したはずだった――
バチン!!
 大きな音が響いて、俺の頬が熱い。
「アスクなんて知らないっ!」
 大きなヘレの声が、さらに俺の頭を揺さぶる。
「ま、ヘレ……」
 俺が手を伸ばしてもヘレが踵を返して走り出す方が速くて、
「……アスク、いったい何があったんだ?」
 騒動で起きたスピカとレグルスが俺に不可解という顔を向けてきたのだった。
 なんでヘレが泣いて走り去ったのか、俺は自分の頬を抑えながら考える。
 スピカとレグルスに返答をしようとして、口を結んだ。
「え、えっと……なんでもない」
「なんでもないわけがないだろう?」
 俺が誤魔化そうとするけど、スピカは眉根を寄せて説明を求めてくる。
 でも、これは俺とヘレの問題で、ヘレがみんなが寝ているのを確認して俺に話してくれたことを思えば、この話を誰かにしていいとは思えなかった。
「ヘレとちゃんと話したら説明するから……」
「……アスクがそういうならそれ以上は聞かないが……」
 スピカは渋々といった形で退いてくれた。
「なぁ、スピカ。ヘレ一人だと心配だし後を追いかけた方がいいんじゃねーか?」
「それもそうだな」
「ごめん……」
「ああ……気にしすぎるな」
 スピカは苦笑しっつつ軽く俺の頭をぽんと叩いてから、ヘレを追っていった。
「…………」
 話した方がよかったかな。スピカたちだったらもっと上手い言葉をヘレに返せただろうし……。
 考え込んだ俺の頭をレグルスが雑にぐしゃぐしゃと撫でた。
「一人で抱え込みすぎるなよ?」
「うん……ありがとう」
 レグルスもスピカも優しい。だから、余計に胸がぎゅっと締め付けられた。話さなくてよかったのかな……?
「付き合いが長けりゃいろいろあるさ。ヘレに頼りにされたのはお前なんだから、お前しかどうにかできねぇよ」
「うん……」
 頭をぽんぽんと軽く叩いてからレグルスの大きな手が離れていった。
 そうだ、ヘレともう一度話そう。レグルスが言うように、ヘレは俺に話してくれたんだから。
「まあ、まずは相手の話をよく聞くところから始めないとな」
「え……ちょっとまって、レグルス起きてた?」
「さあ、どうだろうな~?」
「~~っ! 絶対起きてただろっ」
「はははー」
 笑って誤魔化された。
 結局、スピカとヘレは戻ってこなくて、カプリコルヌス様が、サダルとダルフ、マルフィクを連れて戻ってきたところで、”夜”は明けた。
 ヘレは、ずいぶんと経ってから立ち止まった。もう青い星は水平線に近づいている。
「……うぅ~。やっちゃった……」
 その場に座り込み、もう熱はない右手を見つめる。
 勢いで言った言葉を後悔しながら、ヘレはずびっと鼻をすすった。
「アスクに八つ当たりしちゃった……」
 はぁっと息を吐いてヘレは膝に顔を埋める。
 先ほどのことを鮮明に思い出す。
 みんなが寝静まっても、ヘレはなかなか寝付けずにいた。ずっと不安に思っていることがあるせいだ。
 アルディを教えなければいけないはずなのに、自分は何もできていない。結局オフィウクスの男に任せっきりだ。自分が本当に加護を上手く使えているのか自信がなかった。
 何もできない自分に直面して、ヘレは気が気がじゃなかった。今までは目標に向かって頑張ればよかった。頑張り方も、従来のやり方があったからそれに従えばよかった。けど、今は頑張り方もわからなければ、何も道を指し示すものがない。足元が真っ暗で、不安だった。
 だから、アスクのために何かをすれば、きっと気持ちが落ち着くと思って、カプリコルヌス様に頼んでアスクのところに連れてきてもらったのだ。
 けど、アスクは星にいた時とは違って、自分でどうしかしようと頑張っていた。その姿に、自分の補助はいらないと痛感して、さらに気持ちは落ち込んでいたのだった。
 青い月が上の方まで来た時、ヘレは隣で寝入っているアスクに声をかけてみた。
「ねぇ……アスク」
「んん……なに?」
 返答はないと思っていたが、アスクは眠そうに眼をこすりながらヘレ側に顔を向けてきた。
「ごめん、起こした……?」
「うぅん……俺、さっき目が覚めちゃって……」
「そっか……」
 自分が起こしたのではないことにヘレはほっとした。
「ヘレこそ、どうしたの?」
「ちょっと考え事してたら寝付けなくて……」
「考え事って?」
 ヘレは口を閉じた。自分のこのどろどろとした気持ちを話すべきかどうか悩んでいた。
「……話したくない?」
 それなら聞かないけど、と気遣ってくれるアスクに、ヘレは何かを言おうと口を開く。
「えっとね……アスクはすごいな。って思って」
「え? なにいきなり」
「だって、目標もしっかり立ててるし、それに向かって頑張ってるじゃない」
「そ、それはみんなそうじゃん……」
 ヘレが話し出せば、アスクは起き上がって彼女に飲み物を手渡した。ヘレも身を起こしてそれを受け取り口をつける。
「そう、だよね……みんな頑張ってる」
 ヘレは視線を落としてつぶやいた。自分だけが取り残されているようで、目頭が熱くなる。
「ヘレだって、加護が一番強いじゃん! 教える側なんて、びっくりした」
「それは……」
 ヘレの落ち込みに、アスクは励まそうとしている。それはわかっているヘレだが、今の気持ちを否定されているようで、苦しい。完全に逆効果だった。
「やっぱヘレはすごいよなぁ。牡羊の星の時もずっと頑張ってたし、俺、今頑張れるのはヘレみたくなりたいって思ってるからなんだ」
 私みたくなりたい。その言葉はヘレにとってはこの上なく重かった。今、自分のことが好きになれない。そんな自分みたくなりたいと言われてもうれしくない。
 もっと私をちゃんと見て。と叫び出したかった。
「私は……何もできてないよ」
「そんなことないよ! ヘレのおかげで蠍の星から逃げれたんだし、やっぱりヘレはすごいって」
「だから、すごくなんかないっ!」
「へ、ヘレ……?」
 大きな声を出して、アスクの言葉をかき消した。アスクは戸惑いながら、ヘレの苦しそうにゆがめられた顔を見ている。
「……私、ぜんぜんすごくなんかない……」
「ヘレ……どうしたの? 何かあった?」
 アスクの質問する言葉にヘレは答えられなかった。”何もできなくて困っている”その一言が言えないでいた。アスクに頼ってしまって、いいのか。自分でどうにかしなきゃいけない問題な気がする。でも、アスクなら……。とヘレの頭の中がぐるぐると言葉で渦巻く。
「っ……なんでもない」
 でも、結局”助けて”という言葉は出てこなかった。
「……そっか。ヘレなら一人で大丈夫だもんね」
 なんでもないと言ったのは自分なのに、アスクの言葉にヘレは強い衝撃を受けた。一人で平気なわけない。と心の中で大きく叫んだ。
 その衝撃とともに立ち上がり、ヘレはアスクの頬を叩いていた。痛いのはアスクのはずなのに、自分の手がすごく熱い。
 逃げ出したかった。
「アスクなんて知らないっ!」
 ヘレは感情のまま叫ぶと、アスクの反応を見るのが怖くなって、踵を返して走った。
 
 ヘレは一通りの流れを思い出してから、息を吐く。
「私が勝手に怒って、勝手に逃げてきちゃった……アスクごめん……」
 助けてと言えなかったのは自分だ。だから、アスクは気を遣って退いてくれた。それなのに、本当はもっと踏み込んで聞いてほしかったなんて、私は本当にわがままだ。とヘレは自己嫌悪する。
「しかも手が出るとか最悪……ちゃんと謝らなきゃ」
 すんっと鼻を鳴らして、ヘレは顔を上げた。困ったような顔で自分を見ている青い瞳――スピカと目がかち合った。
※ここまでー
※下記ネタバレプロット
ところどころに水瓶と蟹の子の描写を入れる。
修行についてのアスクの心情
地味でつらい。楽したいと思う反面、目的を思い出してふんばる。
ぶんばりすぎて意識失う。
俺、全然ダメじゃない?自己嫌悪、凹み。本当に俺、力が戻るのか?
別にオフィウクスに行かなくてもよくない?
アスクの言動で、マルフィクの昔話。
乗り越えて、がんばる。
ヘレやスピカもだいぶ修行がうまくいってない。
アスクの言動でプラス方向へ。
オフィウクスの星
サダルとダルフの喧嘩
「兄貴のことより商売なんか!?」
「どっちも大事だよ。でも、あの人の心情を他人から聞かされても、僕は信じられないし」
「それは……そうやざ」
カプリコルヌス様
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オフィウクスの謎―加護を受けたと思ったら存在しない神だった―3章05
初公開日: 2022年06月04日
最終更新日: 2022年06月24日
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コメント
蠍の神と和解したが、そこに乙女の加護を得た扶養の騎士が現れ蠍の神を……
FIX稿までは小説家になろうにUPしてあります。
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