※息をするように青支援S前提のシルレスご夫婦です
 あんたにはいろんな出会いがあって、あんたを好いてる人間はたくさんいるのに、なんでよりによって俺なんでしょうね。赤毛の男は行儀悪く卓に顔を伏せ、くぐもった声でそうのたまった。
 よれよれれろれろの声色で紡がれもつれにもつれた文章という毛糸玉を、ベレスは丹念に頭の中でほどく。やがて一本の線と化した言葉をもう一度巻きなおしながら、ベレスは小首を傾げた。
「酔ってる?」
「んなわけないでしょお、ファーガスの男は酒につよいんれすよお」
 酔っている。
 ほつれた前髪が隠す彼のかんばせをしばらくじっと見つめたのち、ベレスは盛大にため息をついた。……びく、と男の肩が跳ねた。
「私に言わせると、どうして君は定期的に落ち込むというか自己肯定感を谷底に投げ捨てるというかなんというか……」
「だって」
「だって?」
「怒りません?」
「内容によっては怒る」
「…………お父上がもしご存命だったら、俺との結婚は反対されてただろうなあ、って」
 ベレスの沈黙と無表情をどうとったのか、髪の隙間から覗く紅茶色の目にうっすらと涙を浮かべ、シルヴァンはへたくそにふにゃり、と微笑んでみせた。
「ばかじゃないの」
 自分らしからぬ言葉の選択をしたことにベレスはかなり驚いた。幸か不幸かまったく顔色には出なかったが。
「ですよね、すみま――――」
「ジェラルトは私が誰と結婚するって言っても、一度は反対したと思うよ」
「……へ?」
 シルヴァンはもぞりと上体を起こした。思っていた以上にベレスが自分をまっすぐ見つめていたことに、わかりやすく動揺するそぶりを見せた。
「たぶんだけどね。俺は認めないとか、俺から一本取れたら認めてやるとか言って、……それでも結局は、許してくれたと思う」
 墓石に話しかけても返事がないことくらい、ベレスはちゃんとわかっている。そしてそれ以上に、自分が父親から愛されていたということを、今の彼女は自覚していた。
 客観的に見てかわいくない子どもだっただろうと思う。いくら愛した女の忘れ形見だったからとはいえだ。もちろん多少は気味悪がったかもしれないが、ジェラルトは泣かない娘を心配し、笑うようになったことを喜び、最後までそばにいれないことを謝った。そうして父から託されたものの重みをわかっていて、ベレスはそれをシルヴァンに贈ったのだ。
「それこそ身分がどうとか紋章がどうとかは関係なくね。どんな相手でもそうしたと思う」
「……そう、ですよね」
「大体ね、君には自覚が足りないと思う」
「じかく」
「そう。君にあげた指輪、どういうものか話したでしょう」
 ベレスの父から母へ渡され、父の手に戻り、やがてベレスのものとなった。女物のそれはもちろんシルヴァンの薬指には小さすぎて、しかしその由来を知った彼の意志で手が加えられることはないまま、今は鎖を通されて彼の首に下げられている。
「雑な言い方になるけど、大事なものだ。すごく大事なものなんだよ。それを誰かにあげるってことの意味を、君はわかってないと思う」
 大事な相手ができたら渡せ。ジェラルトがそう言い含めていたことも無関係ではない。それでも、それでもだ。
 正直なところベレスは怒っていた。死者の国へ行ってしまった父親の話をされたからではなかった。そんな短絡的な怒りではない。むしろ常々感じていたものが少しずつ少しずつ積み重なって、「怒り」という名の砂の城が建っただけの話だった。
「君は、私がどれだけ君を愛しているかをわかってない」
 …………実のところベレスも酔っている。酒に勇気をもらわなければ羞恥心には勝てそうになかった。なにせ生徒たちと出会って芽吹いた心は人並み以上に育ち、今や立派な花を咲かせているのだから。何も感じずいられたあの頃とは違う。
 自分の方に乗り出してくる妻にシルヴァンは白旗を振った。勘弁してくださいわかりましたわかりましたから、と唱えた呪文はひとまず効いてくれたようで、ベレスは静かに己の定位置へと戻って行った。
「それにね」
 しかしその頬はまだ膨れていて、水を一口飲みほしてやっと元に戻った。透明な杯の残りをぐいぐいとあおり、やや乱暴に卓へ置く。
「もし誰かに反対されてどうにもならなかったら、私は君を連れてどこかへ逃げたよ」
 ――――それこそ女神に反対されたって、ね。
 もはや己の分身と化した彼女が絶対に反対しないことを知っていて、ベレスは好戦的に微笑んだ。
「もちろん一緒に逃げてくれるんでしょう? 目や一生の自由を捨てるよりは、ずっと楽だと思うけど」
 シルヴァンは首をがくがくと縦に振った。頬が紅潮しているのは酒のせいだけではないだろう。
「観念してね。君が愛したのは、こういう女だよ」
 ベレスの手のひらが男の頬に触れる。そしてその指が髪を掻き分け、形のよい耳に触れた。愛しいものの一部に触れるその仕草は愛撫するかのようで、ごん、と鈍くかつ盛大な音とともにとうとうシルヴァンは撃沈したのだった。
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薬子
時間余りそうですどうしよう
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向き
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5いいねで推しカプSS1時間で書く
初公開日: 2022年05月28日
最終更新日: 2022年05月28日
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