※大幅に変更する可能性があります。
俺とマルフィクは、焚火にあたりながら声が聞こえてくる方を注意深く観察した。
二つの声はだんだん近づいてくる。
「――やざっ!」
「――さいなっ!」
何やら言い合いをしているようだ。この声はたしか――
「サダルとダルフ?」
「あっ、アスクさん! よかった、みつかって!」
二人の姿が確認できると、向こうも気が付いた様子で駆け寄ってくる。マルフィクが目深にフードを被りなおすのが横目に見えた。
「聞いてくださいよ~。ダルフったら、人魚がいたって言うんですよ」
「この目でしゃきんと見たやざ」
マルフィクが存在感消したせいで、二人が俺に迫ってくる。
「人魚って魚の星の人間のこと?」
「ほやほや」
魚の星はすべてが水で覆われていて、水の中で生きることができる人間が住んでいるらしい。姿は魚と人の境目だとかなんとか……。
「山羊の神は下半身が魚だったから、見間違えたんですよ」
「カプリコルヌス様がいなくなった後やざ」
「丘から水が噴き出してのまれた後に、アスクさんの傍にいたっていうんでしょ? アスクさん、どうですか? 身に覚えありませんか?」
「ええ……? 俺はすぐ気を失ったからなぁ……」
そんな姿は見てない。
俺はその時助けてくれたマルフィクに視線を投げる。
「マルフィクは見た?」
「いンや……魚と見間違えたンだろ」
顔をそらしたまま、マルフィクは低く答える。なんだか居心地悪そう。人見知りかな?
「ほーら、ダルフの勘違いだって」
「あれは絶対、人魚やったやざ!」
目の前でにらみ合い、また喧嘩しそうなサダルとダルフ。なんか、こういう喧嘩に身に覚えがあるなぁ。
ちらっとマルフィクを見れば、目の前でバチバチと視線を戦わせている二人を眉をひそめてみていた。
「だーかーら、こだわりすぎなんだよ、ダルフは。カプリコルヌス様が言ってたでしょ、ここに人間はいないって」
「……こだわって何が悪いんやざ。俺はおーてみたいんやざ」
にらみ合いをやめそうにない二人に、マルフィクはため息を吐く。
「はァ……ンなことより、お前らは加護の強化ほッぽいといていいのか?」
「あっ……」
「……よくないやざ」
マルフィクの言葉に、二人とも目を瞬いてから首を横に振った。喧嘩で忘れてた目的を思い出したようだ。気まずそうにお互い目をそらす。
「すみません。お二人の修行の邪魔をしてしまいましたよね」
サダルはすぐに切り替えて俺とマルフィクに頭を下げた。
「ううん、今どうやって修行しようか話してたところだから大丈夫だよ」
「修行についてお悩みなんですか? でしたら、とっておきの話があります!」
サダルはにっこりと笑って、さらりと提案をしてくる。
「ダルフと力比しませんか?」
「え、なんで……?」
予想しない内容に俺は目を瞬いた。
「アスクさんとダルフの現状の力量を見るためです。僕、ダルフの加護の使い方を把握したいのですが、誰かと戦ってるのを見て客観的に観察したいんですよね。マルフィクさん、どうですか?」
サダルは丁寧に説明をしてから、修行をつけるほうのマルフィクに問いかけた。
「いいんじゃねェか。定期的にやッて力量を見た方が効率がいい」
「ですよね! 同意していただけてうれしいです!」
「ンでも、アスクはまだ加護が引き出ねェからやッても意味がねェ。使えるようになッてからだ」
「う~ん。それだと、僕の方が困るんですよね~。タルフの育成にも入れませんし……? よそを当たってもいいんですけどね」
「……めんどくせェ。なら、初回は俺がしてやる」
「ほんとですか? ありがたいです、僕は最初のタルフの力量が見れればいいので」
「別に、こっちもアスクの勉強不足を補えるから問題ない」
「ウィンウィンってことですね♪」
「フン、アスクのヤツ、加護のことはさっぱりわかッてねェからな。見せるのが一番はえー」
本人たちを置いて、話が進んでいるのは気のせいだろうか?
ダルフを見ればこちらも俺同様、困ったように眉尻を下げている。
「では、ダルフのことは決まりということで。もう一点、お願いがありまして……マルフィクさん、僕と戦ってはくれませんか?」
「はッ?」
「いえ、マルフィクさんの実力がわかった方が、ダルフとの力の差がわかりやすいかと思いまして。僕の戦い方もアスクさんが見れるとすればそっちにもメリットがありますし、悪くない話かと」
「……別にいいぜ。一人相手にすンのも二人相手にすンのもかわりゃしねェ」
マルフィクが立ち上がってサダルに視線を合わせた。サダルは頭を下げると、一度ダルフに俺の横に行くように促してから、再びマルフィクと対峙した。
「ところで、僕もオフィウクスには興味がありまして。よければ戦いながらオフィウクスについてご教授いただけませんか?」
「いいぜ。お前に俺の話を聞く余裕があるならな」
先に動いたのはマルフィクだった。どこに持っていたのか三又の槍を取り出し、攻撃をしかけた。
サダルは口笛を吹くとそれを軽々と跳ねて交わす。
「あ、オフィウクスの話を聞く前に、この話はダルフもアスクさんも聞きたいと思うので、音の増強をさせていただきますね」
サダルは近場にある水へ近づくと、小さな水の玉を宙に浮かせる。マルフィクはサダルの言葉を了承しているように追撃はしない。
水の玉はマルフィクの口元とサダルの口元両方に触れると消えた。
「見えないくらいの薄い膜になってますが、それが音を増強させます」
サダルが話すと、大声を出していないのに声がはっきりと耳に届いた。
「では、再開しましょうか」
掛け声とともに、二人とも地面を蹴って距離を詰める。
「オフィウクスの何を知りたい?」
「なんで今になって、オフィウクスの神が加護を与えて回ってるのか気になってるんですよ。僕の友達にも加護をもらった人がいまして」
オフィウクスの加護をもらった人が他にもいる。その事実に、ごくっとのどが鳴った。
この加護を持つ人間は多いのだろうか……?
「あいつは、加護に喰われたやざ」
「えっ!?」
俺の様子に、二人の戦いを見ながらダルフが付け加えるようにつぶやく。
言葉が詰まる。
加護に喰われたということは、加護の制御ができなかったということだ。加護の制御ができない人間になぜ、蛇使いの神は加護を与えたんだろう?
今度はサダルが蹴りをマルフィクに向かって繰り出した。マルフィクはすぐに後ろに退く。
「加護の適性がない人間に無理やり加護を与えるオフィウクスの意図がまったくわからないんです」
俺の疑問をサダルが口にする。
きっと彼らはその疑問をずっと持ってのだろう。
「可能性があッたからだろ」
「どんな可能性があったっていうんですか?」
怒りを表すように次々とサダルは攻撃の手を繰り出していく。逆に冷静にそれを捌くマルフィク。
「この世界を変える力が」
「――っ! 彼はごく普通の優しい人でした! ただ世界の平和を願うようなっ。世界を貶めるようなことは絶対に考えたりしない!」
「サダル……」
サダルの言葉にダルフがぐっと息をのんで口元を抑える。サダルの言う”彼”はダルフにとってもかけがえのない人間だったんだろう。感情が目の奥からこみ上げてきてる。
「平和ッて、なんだ?」
「はっ?」
「今のまンまの世界が続くのが、平和だッてのか?」
「それは……」
「お前もわかッてんだろ」
マルフィクがサダルの蹴りを槍で受け止め、反動を使って押し返す。バランスを崩すサダルに向かって、マルフィクは槍を突き付けた。
「この世界は、神々にとッて平和で幸せな世界だ。人間にとッてじゃねェ」
サダルの目の前にピタリと槍の先を向けて、マルフィクは淡々と返した。
「人間にとッての平和な世界は、人間が作るしかねェんだよ」
「くっ――!」
サダルは手の甲で槍を振り払った。鈍い音が響く。
マルフィクの言葉にドキっとする。神々にとっての世界――人間を守ってくれる存在だと思ってた。そう教えられた。でも、神様だって自我があり、自分の考えがある。それは、本当に人間を思ってのことだと言い切れるのだろうか。
頭の中で、オフィウクスに対する牡羊の神――アリエス様の行動が浮かぶ。最初に躊躇なく攻撃されたこと、俺のことについてはヘレに任せていたこと、戻った時はうれしい言葉をくれたけどオフィウクスの加護を制御されたこと。それらはいったい”誰のため”だったんだろうか?
「人間が作る? どうやってですか」
焦るようなサダルの声で、俺は引き戻された。
ダメだ、さっきアリエス様のことを考えるのはやめようって決めたじゃんか。ぎりぎりと腹の片隅が痛んで、俺はふっと息を吐くと、再びこの話題は頭の片隅へとおいやった。
マルフィクとサダルの戦いに集中する。
「星は神の力で動いてます。神がいなくなれば星の存続が――」
「オフィウクスの知識ならできる」
マルフィクは再度槍を構えた。サダルは慌てて後ろへ飛びのき、水が侵食する場所に着地する。そして、足元の水に手をつけると、水が彼を伝って宙に舞った。
「なあ、お前は水瓶の星の中で一番強いだろ?」
「ええ、もちろん」
話を変えてきたマルフィクに、サダルはいぶかし気に眉をしかめる。
その間もサダルの周りを揺蕩う水は、どんどんと質量を増していた。
「その力が、加護も持たない人間に勝てないとしたら?」
「はい? 何を言ってるんですか? 加護を持たない人間が、僕に勝てるわけないでしょう?」
「オフィウクスの神は、どのような人間も神と同等に過ごせる力を得ることを望んだ。その結果が、お前たちとオフィウクスの間に大きな差を作ってるとしたら、お前はどんな風に思う?」
この問いは、サダルだけに向けたものじゃない。その証拠にマルフィクは話ながら俺とダルフに一瞬視線を向けた。
「差って具体的になんですかね? ちょっとよくわかりません、よっ!」
サダルが周りに漂う水が、巨大な塊となってマルフィクに襲いかかった。マルフィクは槍をサダルに向かって投げる。
「オフィウクスの星の住人に、お前らが勝てやしねェッてことだ」
槍が水を切り裂いて、胡散させる。そしてまっすぐ飛んでいく。軌道のまっすぐさに、サダルが跳んで避けたが、槍は彼を追尾した。
「教えてやるよ。オフィウクスの力を」
どんなに避けようと槍はサダルを追いかけ、追い詰めていく。マルフィクの力なのか? なにをしてるんだ?
マルフィクの方を見ると何もせずにその場に立ち、サダルの様子を眺めていた。
ガツという音とともにサダルが地面に縫い付けられた。槍はサダルの服をとらえていた。
「俺は今、加護を使ッてなンかいねェ。これは誰でも使えるように作られた力だ。これが差なンだよ」
マルフィクはサダルに近づくと槍を引き抜いた。
「…………」
「オフィウクスの加護を得る条件……ここから逃げ出したい。そういう気持ちだそうだ」
マルフィクはふっと息を吐いて俺を見た。お前もそうだ。と言われているようで居心地が悪い。
「あいつが……兄貴がほやと思ってたいうんやざ?」
それまで見守っていたダルフが立ち上がってマルフィクに詰め寄った。震える声から動揺が伝わってくる。
「……そこまで詳しく俺は知らねェから、詳細知りたいなら師匠に聞け」
マルフィクはフードを目深にかぶって、単調な口調で言った。突き放しているような言い方は、話したくないように思えた。
ダルフは、なおマルフィクを見ているが、どう話をすればいいのか迷っているようで、口が開いては閉じる。
重い空気には似つかわしくない、嬉しそうな声が響く。
「……すごい……」
全員の目が、まだ起き上がってこないサダルに向けられた。
「すごいですよ、マルフィクさん!」
サダルはバッと起き上がるとマルフィクとの距離を一気に詰める。
「オフィウクスとの仲介、僕にやらせてくれませんか!? あの商品だったら、いくらでも売れる。いや、あれだけのものが作れるなら、きっと他にももっといっぱい便利なものがあるはず。悪いイメージを払拭すれば、その取引は市場を動かせますよ!!」
目をらんらんと輝かせ、サダルは一気にまくしたてる。興奮して我を忘れてる感じだ。
「…………」
「僕なら悪いイメージ払拭どころか、イメージアップさせてみせますよ! ぜひ売買の契約を!!」
「……師匠に言え」
「師匠というと、あのもう一人のフードの方ですよね。たしかスピカさんと組んだ」
「…………」
興奮しているサダルに距離を取るマルフィクは、明らかに不機嫌だ。会話を止めて顔を背けている。
仕方なく俺が代弁した。
「うん、スピカと組んだ人がマルフィクの師匠だよ」
「なるほど、あの人なら話が早そうです。では、すぐに交渉しに行って――」
「サダル、待つやざっ」
「なにさ! 僕、いますぐ交渉に行きたいんだけど!」
「うらも行くやざ」
焦ってどっかへ行こうとする二人に、俺は戸惑いながら声をかけた。
「でも、スピカたちがどこにいるか知ってるの?」
「あっ」
「つか、修行どうすンだよ」
「うぅ」
マルフィクの追い打ちに、サダルもダルフも口を閉じてしまった。
「えっと、でも人捜しはマルフィクが得意だから、ね?」
「俺に振るンじゃねェ」
思わず助けてあげてほしいとマルフィクを見るも、彼は顔をそむけたまま拒否した。しかし、サダルが間髪入れずにマルフィクに問いかける。
「マルフィクさん、お師匠さんの居場所わかるんですか?」
「……わかッたらなんだッて言うンだ」
「教えてほしいやざ!」
「めんどくせェ」
「そんなこと言わずお願いします! 今度も道具ですか? それともマルフィクさんの加護の力ですか?」
「…………」
まとわりつかれてしまっているマルフィクが俺を睨む。余計なことしやがってと言われてる気がする。
「いいじゃん。修行だけど、俺はまだ二人と一緒にできるレベルじゃないんだろ? 先に二人が気になることを解消できるなら、いいことじゃん」
「はぁ……」
「マルフィクさん、教えてくださいよ~。一世一代の大仕事なんですから、絶対譲りませんよ」
「……わかッた。少し静かにしてろ」
マルフィクは折れる様子のない二人にため息を吐いてから、承諾した。
マルフィクは目を閉じてふっと息を吐くと、辺りが静まり返った。
前は加護の蛇と会話してたけど、そういえば蛇を見ていない。神に近い力を持つなら、併合したんだろう。
マルフィクの口がわずかに動くが、声は聞こえない。それどころから、水の流れる音も、鳥の鳴き声も何も聞こえない。
なんでだろう。
そう思ったいたら、マルフィクが目を開けて、音も同時に戻ってきた。
「赤い星の方にずッと行けば会える。距離は相当あるから覚悟しとけ」
「わぁ、ありがとうございます! マルフィクさん!」
「おーきんのう。助かるやざ」
二人は赤い星を確認すると、マルフィクに頭を下げた。
「それでは、会えたら戻ってきますので、その時はぜひお願いします」
そして、俺にも頭を下げて、早々にサダルは自分の足元にある水を増やした。
「では、また!」
ダルフと自分の体を水に固定し、滑走させていくので、あっという間に見えなくなった。
「……なんかすごかったね」
「修行が進まねェ……」
ただ、ぽかんと俺とマルフィクは取り残されたのだった。