「……」
「……」
 さて、どこからツッコんだものだろう。
 これまで何度もこの人に呆れたことはあったけれど、これはトップスリーに食い込んでくるんじゃなかろうか。
 第一に、いつもみたいなお願いだ。
「侑が着てるの見たい!」
 まぁこれ自体はちょくちょくあることだ。特に買い物中なんかによく聞いてる。燈子の趣味が多分に出はするものの、そう言われて悪い気はしないものだから、それ自体はいい。
 第二に、その発言のあとに差し出された服だ。
 燈子はコーディネートのセンスがあるものだから、ちょっと期待していたわたしの心持ちを裏切り、取り出されたのはナース服。
 しかもよくよく見れば見覚えしかないそれは、生徒会劇の時にわたしが着ていたものだった。
 ちなみに某激安店で買った、安っぽいコスプレ服だから、堂島くんの例の問題発言もあながち間違ってなかったりする。だってその方が経費が安く済むから仕方ないのだ。市ヶ谷さんの特別講師代とかで予算が限られてたし。
 ともかく、分かってもらえるだろうか。このなんとも言い難い感情が。
 第三に、わたしのそんな反応を受けた燈子の言い訳だ。
 曰く、
「今度の舞台で入院患者として出ることになったから、練習の雰囲気作りの一環として、ね?」
 ということだったのであるが……いや確かにそれは聞いてたことだし、まだ駆け出しの身である燈子からすれば、モブ役であっても貴重な機会を大切にしたい気持ちは分かるのだけれど……どうにもそれだけではないという確信がしていたわたしは、じとっとした目のままに問い詰めた。
「本音は?」
「どうして真っ先に疑いかけるの?」
「今なら聞く耳持ってあげるから、話す」
「はい」
 やはり裏がありまくりだったようだ。いつの間にかわたしはソファの上で腕を組み、燈子は床に正座になっていた。
「それじゃあ、どういうつもりなのか説明して?」
「侑にナース服着て欲しいです」
「……一回着たよね? 昔。燈子も見たじゃん。これ」
「ほら、衣装着て演技するのって本番だけだったじゃん」
「うん」
「衣装合わせの時も別部屋だったし」
「そうだね」
「それにほら、あの時の私って余裕がなかったから」
「うん。それで?」
「……侑のナース姿、じっくり見られなかったなーって」
「それで? なんであるのこれ?」
「えーっとね、ほら、備品扱いだったけどすぐ破棄になったでしょ。使うことないし」
「だよね。燈子が、生徒会長として、責任持って、処分したはずだよね」
「でもほら、侑のナース姿をまた見れないかなーと思って」
「横領したんですか」
「ひ、人聞きが悪い……」
「しかも何年前の話ですそれ? ちょっと流石に引きます」
「引かないで。タイミング窺ってたら私もすっかり忘れてたんだけど、役の話が来た時に思い出して」
「燈子の変態」
「ひ、ひどい……」
 とまぁ、欲望全開のままに打ち明けられたのだ。そりゃあツッコミどころに困ろうというものだ。
 そして終いには、
「……だめ?」
 これだ。燈子の伝家の宝刀、上目遣いでのおねだり。なるほど、さてはわざと下側になるように振る舞ったなこやつ。
 さてどうしたものか。あんまり調子付かせないようにするためにも断った方がいいというのは分かってるのだけど、燈子は名分とセットで欲望を満たすという卑怯なところがあった。
 つまり、燈子的には場の雰囲気を掴む練習というのが非常に効率的に働くのだ。メソッド技法というらしいのだけど、自分の経験を演技として出力する演技法が優れているらしい。だからこその抱き合わせおねだりなのだ。この辺り、半ば打算、半ば天然でやってるものだから、なおのことタチが悪い。
 しかしこの場合、問題点が一つある。
「燈子」
「なに?」
「聞いてた感じだと、脚本と雰囲気合わないよ」
 そう。練習として大事なのは確かだが、そもそも脚本のような雰囲気を出すことができるのか、という点が問題だった。
 燈子の建前を取るなら演技に集中する必要がある。しかしそうすれば、そもそもナース姿のわたしを見たいなんて燈子の欲望は満たされない。おまけに脚本ではかなりシリアスな場面だ。わたしと一緒なのにそんな雰囲気を掴む、なんて、燈子には無理な話だろう。
「んぐっ」
 案の定、燈子は言葉を詰まらせた。こういうところが完全に打算ではない証明だった。全く詰めの甘い。
「大体さ、流石にもう入らないでしょ、それ」
 止めと言わんばかりに指摘すると、燈子は何故だか不思議そうにまばたきした。
「え?」
「いや、え、じゃなくて」
「まだまだ余裕で入るでしょ?」
 まるで当然とばかりにそう言い切る燈子。
 流石のわたしでもそれにはムッとする。
「いや無理だって。何年前のだよ」
「だって侑、別にそんなに変わらな――」
「変ーわーってーまーすー!」
「えー? ほんとー?」
 なんだとこの燈子。自分の方がデカいからって。
「そんなに言うなら着てやりますよ! どうせ着れませんけど!」
 気付いた時には、わたしはそんな啖呵を切っていた。
 墓穴を掘っていたことに気付くのは、そのあとのこと。こういうところをやってくる辺り、やっぱり燈子は打算的かつ天然な卑怯者であった。
 ……ちなみにナース服は着れた。余裕で入った。見たくなかった現実がそこにはあった。
 腹いせに燈子に着せたら「前が閉まらないんだけど」などとぬかしおったので、わたしは止むを得ず、致し方なく、渋々ながら、お仕置きを断行したのであった。
カット
Latest / 70:24
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
やが君ワンライ51
初公開日: 2022年05月14日
最終更新日: 2022年05月14日
ブックマーク
スキ!
コメント
お題 看護師or落とし物
『ファーストステップ』執筆RTA③
6月28日ジェイリドオンリー『ブレンドティーは恋の好機』の新刊になりたい話の執筆RTAです。 これよ…
きさ
真夜中の住人のその後~2人で光の中を~【第10話】
冬3公演「真夜中の住人」のその後を全力で妄想捏造したアフターストーリー【第2話】。全団員扮するオリキ…
のーべる