第64回のお題 【ふりがな】
呪専夏五(夏←五の無自覚片思い)
術師一年生の夏とベテラン術師五
「ねぇ、これってどう書くのが正しいのかな」
 ぽんと放られた言葉に、悟の視線がそちらへと向けられた。
 窓の外が橙に染まった夕方。教室の中には五条悟ともう一人の同級生の二人きりだ。
 午前中は残り一人の同級生と共に任務へ出ていた。スリーマンセルで当たった任務は悟に言わせれば普段と何一つ変わらず、現場にいた呪霊を祓除して終了した。数体現れたうちの一体は、今机に向かっている男がその術式で降伏し取り込んだ覚えがある。
 あと一人のクラスメイトである家入硝子は別件があるからと、任務から戻ってすぐにまた高専を離れた。他者へ反転術式を扱える稀有な人間ともなれば忙しいらしい。呪術界は出来る人間が出来ることを出来る限り行わなくてはならないように出来ている。
 そのため、二人きりの現在、生真面目に片手でシャーペンを握ったクラスメイトである夏油傑が話しかけたのは間違いなく五条悟へだが、その目は机の上へと注がれていた。
「なんの話だよ」
 尋ねつつ悟が椅子を寄せると、これ、と夏油傑が机の上の紙切れを指さした。
 『任務報告書』と記載されているその紙切れは、任務を請け負った術師が提出するものだ。悟としては殆ど意味のないものだと思っているが、そんな紙切れを必要という人間は多い。担任もそのうちの一人で、『今日で提出するように』と言い置いていった。
 面倒だと思いながら午後の授業を受け、適当に書いた紙切れは現在五条悟の机の中にある。
 明日にでも出せばいいだろうと考えながら迎えた放課後、『今日はどこ行く?』と隣の相手を誘ったのに対して、『これをやってから』と答えて報告書を広げたのは隣のおかしな前髪の同級生だった。
 言い出せば聞かない男だろうということは、まだ短い付き合いながらも理解している。しかたねーな、早くやれよとせっつきながら隣で携帯電話をいじっていた悟は、首を傾げつつその手を自分の目元へやり、サングラスを額へ押し上げながら男の手元の報告書を見下ろした。
 日付、時刻、場所。対象の呪霊や呪物の項目、行動経歴、その他の内容。
 ある程度は簡素化されているプリントの中には、細かく様々なことが書き込まれていた。少し角ばった文字は夏油傑の筆跡で、横書きで記されたそれを眺めた悟の目線の先で、夏油傑の指がプリントをつつく。
「ほら、ここ」
 彼が示したのは行動経歴の最中だった。
 『当該呪霊のうち一体は夏油傑が調伏し回収しました』。
 さらりと書かれた文字におかしなところなど見当たらず、悟の目がぱちりと瞬く。
「それが?」
「いや、この前、君が『呪霊操術』のことが載った本を貸してくれただろ」
 古文書みたいなやつ、と身も蓋も無いことを言われて、ああ、と悟は声を漏らした。
 呪術界に限らず、情報というのは力だ。
 古参である五条家はもちろん様々な文献を集めていて、無下限呪術に限らず多種多様の術式についてのものを保管している。
 夏油傑は、呪霊操術と呼ばれる術式を相伝している術師だった。しかし家系は非術師。傑の『能力』を教えられる人間は、彼の家系にはいない。
『自分の出来ることを試していくしかないのかな』
 そんな風に傑が言うから、そう言えば、と思い出して悟が実家から取り寄せたのだ。恐らくそれなりに価値のある文献だが、読まれぬまま死蔵して紙魚に食われるくらいなら使い手の目に触れた方がいい。
 中身はどれも小難しく、なにこれ、と戸惑った顔をしていたが、渡して半月。どうやらある程度は読んだらしい男が、あの本にね、と言葉を綴った。
「降伏って書いてあったんだよね」
「こーふく」
「そう、こうふく」
 それが術師側の読み方ならそう書きたいけどなんとなく気に入らなくて、と言葉を続けられて、悟は傍にいる同級生の勘違いに気が付いた。
「あれな、ゴーブク」
「え?」
「ごうぶくって読むんだぜ」
 悟の放った言葉に、傑の目が悟の方を見やった。
 ぱちりと瞬きをした相手に、分かりにくいよな、と悟が笑う。
「ふっるーい文献だし、今ドキの俺達には関係なくね? 調伏でも征服でも好きなように書きゃいいじゃん」
「そんな適当な……」
「いーんだよ。ほら、さっさと続き書けって」
 それで終わったら遊びに行こうぜ、と悟が誘うと、傑が分かりやすくため息を零した。
 それでも、その手がかちかちとシャーペンの芯を出して、続きを書くためにその目が報告書へと向かう。続きがそのまま記されていくのを横目で追いかけた悟は、一度消しゴムを使った男が『調伏』を『降伏』に書き換えて、そのうえに『ごうぶく』とふりがなを振ったのを見た。
 思わず噴き出したが、傑は気にした様子も無くさらさらと続きを書いていく。
「……こんなところかな」
 一番最後まで書き終えて、最後に軽く点検をした男がそう言い放ったので、お疲れ、と悟も声をかけた。
 額からサングラスを下ろしつつ、そのままひょいと椅子から立ち上がると、傍らの相手も立ち上がる。
「どこ行く?」
「この前悟が行きたがってたゲーセンは?」
「いいね」
 尋ねれば簡単に提案が寄越されてにまりと笑った悟に対して、報告書を提出したらね、と傑は言った。
 その目がちらりと悟の方を見やる。
「もちろん君も出すんだよ」
「はぁ~? 明日で良いだろ」
「さっき書いてただろ? 一緒に出してくるから出しなよ」
 言葉を放られて口を尖らせつつ、悟はとりあえず自分の机へ手をやった。
 先ほど適当に押し込んだ紙切れを出して相手へ差し出すと、受け取った傑が勝手にそれを開く。
「あ、見んなよ」
「……この前あれだけ怒られたのに、懲りないね」
 止める間もなく中身を検めた男にため息を零されて、良いだろ別に、と悟は眉を寄せた。
 確かに夏油傑の言う通り、報告書の適当さに担任から叱責を受けた覚えはある。
 しかしそもそも、報告書で大事なのはいつ、どこで、何を祓ったか。その程度だと悟は認識している。日付と場所はしっかりと記入したし、呪霊は普段と変わらず雑魚だった。傍らの同級生が一体取り込んだことを記しているだけ褒められたいというものだ。
「書き直し」
「げっ」
「君を叱る時、何故だか私まで連帯責任で叱られるんだからちゃんと書きな」
 言葉と共に開いた報告書を悟の机の上へ乗せた男が、ほら、と悟の体を軽く押した。
 椅子へ座ることを強制されて悟が自分の椅子へ座ると、相手も自分の椅子を少しばかり寄せて座る。その手がそのまま悟の机を自分の机の方へと引き寄せたので、机の脚が床を擦る音がした。
 二人分の机をくっつけて、自分のシャーペンに消しゴムまで出した男が、はい、とそれを悟の前へ置く。
「書いてたら遊ぶ時間が無くなるって」
「それはもう君が悪い」
「オマエは俺と遊びたくねーのかよ」
 嫌そうに口を歪ませて悟が言うと、むっと傍らにある顔が眉を寄せた。
 その手がひょいと伸びてきて、悟の顔からサングラスを奪い取る。
「遊びたいに決まってるだろ」
 だからさっさと書いてよ。
 そんな風に言い放ちつつ、男は悟のサングラスをそのまま自分の顔に掛けてしまった。
「うわ、本当に真っ暗だねコレ」
 特注のレンズの暗さに身を捩った男が、何かを確かめるようにきょろきょろと室内を見回している。
 茜色に染まった窓の外まで見やり、太陽も見えない、なんて馬鹿なことを言っている相手の横で、悟はそっと自分の口元へと触れた。
 左手の人差し指と親指で自分の口をはさむようにしながら掌で隠して、むに、と指に触れた個所を摘まむ。
 変な風に弛んでいた口元を無理やり歪めていると、サングラスを額に押し上げてから顔をこちらへ戻した夏油傑が、何してるんだ、と少し不思議そうな顔をした。
「……べっつに」
 なんでもねーし、と声を漏らした悟の横で首を傾げた男が、何でもないならさっさと書きなよ、と促してくる。
 まるで譲る気の無い男に、悟の口がため息を零した。
 夏油傑が言い出すと聞かない男であることは、短い付き合いながらも知っている。
「しかたねーなー」
 声を漏らしつつ消しゴムを摘まみ上げて、使いかけのそれでごしごしと紙面を擦った。
 せっかく書いた文字が消えていき、ある程度消したところで渡されたシャーペンへと持ち替えて、先ほどより少々詳しく紙面を埋めていく。
「……ちょっと悟、まさかそれを書いたまま提出する気じゃないよね?」
 監視していたらしい男が傍らで唸ったため、『前髪』の上にすぐると読み仮名を振った意趣返しの一文は、仕方なく消しておくことにした。
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ワンライ 第64回 お題【ふりがな】
初公開日: 2022年05月14日
最終更新日: 2022年05月14日
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夏五版ワンドロワンライ第64回のお題から【ふりがな】をお借りしています
散髪しに行く五(夏五)
夏不在でそこはかとなく気配だけある夏五(名無しモブちょくちょくいます)
ひづき@ワンライ
夏五ワンライ お試し中
夏五版ワンドロワンライ第63回目のお題【ドーパミン/ペルシャ猫/征服】から『ペルシャ猫』をお借りして…
ひづき@ワンライ
次五ss
13時くらいまで。最初から考えるのでくっそ遅いです。
さぎりま