1つ目は『コーヒーショップ』
2つ目は『薬』
3つ目は『見つめる』
店員がトレーから置いたアイスカフェオレは、飲めばまったく正常な、ミルクで和らいだコーヒーの苦みを伝えた。喉を通るまで、喉に一切の影響を及ぼすことはない。つまり、ここにあるものを飲もうがヨモツヘグイにはならないということである。
切先戒善は目を開いた時、このカフェで注文された品をテーブルに届けられていた。これは夢だ、と戒善の壊れた脳はすぐに理解する。恐怖もない。好奇心もない。ただ、ちぐはぐな夢であると理解して、店員や他の客の表情がわからないのを見る他ない。茶色と黄色の落ち着いたトーンでまとまり、統一されたインテリアは清潔で、有線放送は彼が過去に聞いたことのあるどの音楽にも当てはまらない。だからといってどうすることもなく、どうしようもない。ただカフェオレの中にあるいくつかの氷が融けてカランと鳴るのをソファにもたれかかって聞き流すだけだ。ただ五感をゆるやかにかき乱されるのに少し、少しだけ眉をひそめて数字がばらばらな時計の回りを見つめるだけだ。
明晰夢あるいは白昼夢とは脳に大きく負担をかけるものだ。それは明晰夢というものが夢を自在に変形させることができる特性をもち、夢そのものは脳が記憶を整理している過程をたまたま起床した時の脳が知覚する一種の観念であるからだ。ここから出る方法を戒善はしばし考察したが、考察するたびに有線放送の未知の音楽は彼のうすぼんやりした脳みたく思考を妨げた。こればかりはどうしたところで無駄になるばかりだ。
「あの」
店員に声を投げかけた。せめて人らしき影から何かでも聞き出せたらいいなという、己の夢あるいは無秩序な記憶の関心からの行動である。
「オくすリの服ヨウはいかにしますカ」
薬。自身が薬を飲む機会があっただろうかと推測する。これまで多少の風邪くらいはひいたことがあるものの、大きな病状に罹患したことがない。どうしたものか、と席に座れば、自分の向かいには医者がいる。医者、と言える理由は、白衣を着ているから。それだけ。でも、表情こそ見えないが髪型はなんとか自分が普段世話になっている脳外科の先生だとわかった。なるほど、そういえば明日は通院の日だったと思い出す。
成人になったとき、数度ほど薬の服用による治療を試みないかと言われたことはあった。むろんそれがまともに改善されるものかというとそうではなく、要するに治験以下の実験台だ。症例自体が少ないのだからそれは当たり前だし、まずこうして病気を隠して平穏な生活を送れていることこそ奇跡的なのだ。ネズミになる覚悟があるか、ネズミと同じ生活を送る様子を家族に見せられるかと言われたら、彼はそこまで倫理観を教わらずに育ったわけではない。それができないことは外付けの常識が警鐘を鳴らす。
いいです、と言うまでに、意識がぱちりとはじけて浮き戻された。