日が暮れる頃になってやっと島のおばちゃんたちから解放され、海音に連れられて家にお邪魔することになる。
 急な訪問となってしまうのですごく気が引けていたのだが、どうやら海音ちゃんのお母さんはすごく乗り気だったらしく、張り切ってご飯を作るからそれまで待っててほしいと言われたらしい。
 それだけでも恐れ多い気持ちで一杯だったのだが、海音ちゃんのお母さんは既にあたしの存在を知っており、連れてきたい人がいるんだけどと言っただけで誰のことが察せられた何よりもの驚きである。田舎の情報網は恐ろしい……。
「うまっ、この刺身むちゃくちゃ美味しいですね。お母さん、料理の天才じゃないですか」
「やだわぁ、武田さんは褒め上手ねぇ。こんな美味しそうに食べてくれるんだったらもっとおもてなしの準備してたらよかったわぁ。ささ、こっちのたけのこも食べてみんさい。時期としては少し遅かけど美味しかよ」
 明音は出された筍の煮物を箸でつまみ、一口頬張る。ただ煮ただけなんだけどねとお母さんは照れながら頬を擦っているが、その分筍たけのこの美味しさが染み出ていて旨味が引き立てられている。これを東京で食べようとしたら一体何千円のたけのこを買わなければならないのだろうか。
 初めは急な訪問でご飯も頂いてとすごく申し訳ない気持ちで一杯だったのだが、料理を一口食べたらその遠慮は綺麗に捨て去られ、今ではもう食い意地を張って出されたご飯全てに手を付けさせていただいていた。
「そのお刺身ね、海音が捕ってきてくれたお魚なんよ。初めはどうやって食べようか迷っとったんやけど、武田さんが来てくれるんやったらもっと釣ってきてもらえばよかったわ」
「こんなに立派な魚がその辺の海辺で釣れるんですか!? お店で買ってきたとかじゃなくて?」
「……? 東京で釣れるお魚はもっと小さいん? うちこの島から出たことないからよく分からんわ」
 ここの魚と比べたらそりゃ東京にいる魚の方が小さいだろうが、そもそも晩御飯を作るために海に行って魚を釣ってこようだなんて発想に至らないし、スーパーでもこのサイズの魚は見たことがない。
 任務が終わったら2,3カ月ぐらいこの島に住んでしまいたくなるほどお母さんの料理は美味しくて、気づいた頃には食卓に出された料理を全て食べきっていた。
「いやー、ほんと作ってよかったって思えるぐらい綺麗に食べてもらえてあたしも嬉しいわぁ。嫌いなものとか特になかったん」
「全然、どれもすごく美味しかったです。特に魚のすり身が入ったお味噌汁、あれ最高ですね。あんなにすり身がゴロゴロ入っていて旨味が出てるお味噌汁初めて飲みました」
「あらそう? お魚が余っちゃったから適当にすり身にして味噌汁にしてみたんやけど、気に入ってもらえたようで良かったわぁ。まだ残ってるから明日も楽しみにしてなさいな。魚の旨味が出てきて、明日の方がもっと美味しいんよ」
 明音は満腹になったお腹をご満悦気分でさすりながら、海音ちゃんのお母さんにお礼を言う。なんなら勢いに任せて土下座してお礼を言ってもいい気分だ。
 半日以上船に揺られ続け、島に上陸してからも船酔いみたいな症状が続いてと災難続きの一日だったが、それをもってしても、今日はとても最高な一日だったと言ってもいいほどに最高な夕飯だった。
「そういえば、武田さんはなんでこの島に来たん。誰かの親戚ってわけでもなさそうやけんど」
「あっ、自己紹介が遅れてすみません。あたし、実は魔法少女をやってましてここには任務で来たんですよ。この島に魔物グールが出没したという反応があったらしいですが、何か有益な情報とかあったりしませんかね。些細な情報でも構わないんですけど」
「……あぁ、そういえば風の噂で聞いたことがあるわ。なんか悪いやつらをやっつける? みたいな感じでしたっけ。武田さんも大変やね」
 高田さんからはとても曖昧な返しをされたが、魔法少女という言葉を知っているだけでまだいい。診療所でこの話題に触れた時、変な人を見るような目で見られたので慌てて話題を変えた。
 本土まで船で半日かかるような閉鎖的な空間に住んでいるということもあるだろうが、これまで魔物グールが現れたことがなければ何も知らないのも当然だろう。
 明音は魔物グールが人から出てくる負の感情によって産まれてくるものであることを説明し、ここ最近に多くの人が亡くなった事件や、島民から恨まれたり恐れられている場所がないか聞いてみることにした。
「恐れられとる場所というか……、怖がられとるのは沖田さんの家かしら。あの人の前でお喋りをしとるとすぐにうるさいって怒鳴ってきて、お付き合いが難しいんよ」
「……それはたぶん関係ないと思います。他にありませんかね、例えば島の誰かが原因不明の大怪我を負っているとか」
 もしそんなご近所トラブルのような事案で魔物グールが発生するようなら、街は魔物グールで溢れかえっていて、いくら魔法少女がいたとしてもすぐに足りなくなるだろう。
 不謹慎な内容ですごく申し訳ないのだが、明音が知りたい情報はもっと人が亡くなられていたりしているような不幸事だった。
「怪我って言ったら赤羽さんがぎっくり腰になって一週間ぐらい動けなかったことぐらいやけど、たぶんそれも関係ないわね。……だいぶ前のことだったら心当たりがあるんやけどそれでもええかしら」
「はい、是非聞かせてもらえると助かります。どんな些細な情報でも私からしてみればとても有益な情報になるかもしれないので」
 高田さんは少し寂しそうな顔をし、海音ちゃんに声をかけて先に風呂に入ってしまいなさいと言う。
 明音はなぜそんな悲しそうな顔をしているのか分からなかったが、話を聞いてからとても後悔することになった。
「……すみません、そんな悲しい出来事を思い出させてしまって。私の配慮不足でした」
「いいんよ。私らもそろそろ現実と向き合わないけんと思っとったし、過去のことばかり振り返とったら幸せが逃げてしまうけんね。武田さんが気にすることはなかよ」
 高田さんからはとても有力な情報を聞けた。が、高田さんにはとても残酷な内容を思い出させてしまったのかもしれない。
 確かにこの島ではたくさんの人が亡くなる事件が起きていた。今から一年ほど前、この島に大きな津波が押し寄せてきたのだという。
 震源地はここからかなり遠い東南アジア付近だったらしいが、遠すぎてこの島では一切揺れていなかったらしい。津波が来ていることを知らずに漁に出ていた人が津波に飲まれたらしい。
 幸いにも海辺に打ち上げられた人もおり、診療所で治療を続けていたが誰も息を引き返すことなく、行方不明者も含めて数十人の人が亡くなられたらしい。高田さんのお父さんもそのうちの一人なのだそうだ。
 いくら仕事でこの島を訪れ、いずれは聞かないといけないことだったのかもしれないが、明音は深く頭を下げて謝ることしかできなかった。
「武田さんが誤ることやなかよ。一番悪いのはその時に来た津波のせいやけ。それより、武田さんもはよお風呂入ってき。せっかくのお風呂が冷めてしまってはもったいなかよ」
「いえ、ご飯もごちそうになってそこまでご迷惑をおかけするわけには……」
「なにを今さら、そんな気にすることなかよ。さっきも話したと思うけど、旦那が亡くなって海音も寂しがっとると思うんよ。迷惑やなかったらこの島におる間、ここに泊まっていき。うちとしては大歓迎やけん」
 正直、このタイミングでそんなことを言われたら断れるはずもなく、明音はお言葉に甘える形で高田家にしばらく泊まらせてもらうことにする。
 任務が終わっても本土に帰れるまでは最低でも2週間。その間ずっと泊めてもらうだけでは申し訳ないのでせめて食料の調達や料理などの家事を手伝うことを約束し、明音は客間に敷かれた布団に横になった途端、一日の疲れを思い出したかのようにすっと眠りに落ちた。
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