およそ十七センチ差。
いつも少し見上げた先にある食えない大人と僕はそれぐらいの身長差があるらしい。
衣装の採寸などをする上で、お互いに身長とか体重とかを知る機会がそれなりにあったりする。というより先に、休憩のときに雨彦さんに身長がどれぐらいなのか聞いていた。こういう質問は今まで何回もされているだろう。もしかしたら聞き飽きたとか聞かれたくないことなのかもとかは考えていたけれど、こんなに背の高い人に出会ったことはなかったし、純粋に気になって。結果的に僕が考えすぎていただけであっさりと教えてくれた。クリスさんも。
雨彦さんの百九十一センチ。ほぼ二メートル。僕は百七十四センチだから十七センチも雨彦さんとは身長が違う。
自分の身長が低い方ではないと思っていたし、実際に日本人男性の平均身長以上はある。同年代よりも飛びぬけて小さいわけではない。僕より他の二人が飛びぬけて大きいだけなのだから。クリスさんも百八十七センチの長身だし。
(北村くんは小さくてかわいいねーなんて。僕のこと何歳だと思ってるんだろう)
今日のお仕事は雑誌の撮影だった。そのときにカメラマンさんにそう言われてしまったのだ。少し驚きはしたけど、集中しなくてはいけない局面だったからそのまま適当な返事をしていたと思う。けれど、後になってなんだかすごく気になってきてしまった。
「どうした、腹でも痛いのか?」
考え事をしすぎて忘れていたけど、今日の帰り道は雨彦さんと一緒。
今日はレッスンもなく、撮影だけで終わりだったからこうやって帰路についている。クリスさんは妹さんを学校まで迎えに行くらしいので、現場でそのまま別れたっきり。さっき知ったけどクリスさんって妹さんがいたんだ。僕たちはお互いを尊重してプライベートには必要以上には入り込まないようにしているけれど、それをいきなり伝えられるというのはちょっと驚いたりもしなかったり。
「大丈夫ですー。ちょっと考え事をしてただけだよー」
こちらを伺うために見下ろす仕草が、今はちょっとだけ気になってしまう。いつものことだというのに。
「それならいいが。考え事にしては眉が下がっていたように見える」
「そうかなー?」
眉なんて下がっていたんだ。今度から気を付けないと。なんだか雨彦さん相手だと隙を見せてはいけない気がする。
「ああ。お前さんには珍しく考え込んでいたんじゃないかい。お前さんは笑顔が似合う奴だと思っているんだがな」
ニッとわざとらしい笑みを浮かべて話を続ける雨彦さん。もしかして僕の真似してる……? 全然似てないけども。
というか、雨彦さんってこんな感じの笑顔もできる人なんだ。ちょっと意外。
「雨彦さんからはそう見えるのー?」
雨彦さんの意外な表情を眺めつつ、おそるおそる聞いてみる。
「そりゃな。見る奴に冷たい印象を与えかねない自分の面とは違って、北村の顔は見た奴に安心感を与えるような雰囲気がある。俺だけじゃなく古論やプロデューサー、そしてファンもそう思っているんじゃないかい」
「えー、それは買い被りじゃないですかー」
「そうとも言えないぜ。この間の撮影は随分と評判だったらしいと聞いた。スタッフからもファンからも良い評判を得るなんざ中々ないことだと思うがな」
この間の撮影は僕一人でのお仕事で、プライベートっぽい仕草を表現するのが結構大変だった。でも、苦戦する僕を見てかスタッフの人たちはとても優しく対応してくれたし、どうにか良い撮影にはなっていたと思う。ファンレターでもこの撮影に対して触れている人が多かった。
「確かにあの撮影は頑張ったけど、そんなに評判とかー……」
「そうやって自分の評価を一度離れた視点で見ているのもお前さんの長所だな」
「か、省みて己の癖を知ることを。褒めてくれてありがとー……」
「いつもの川柳が出たか。はは、頭の回転も速いのも羨ましい」
「そんなに褒めてもらっても何も出ないよー……」
雨彦さんってこんなに褒め上手だったんだ。
なんとなく気に入らないような、気に食わないような大人に褒めてもらうことがこんなにも、嬉しいなんて。思わず頬に手を当ててしまったときにはもう遅かった。
……あ、だめかも。顔が熱くてたまらない。絶対顔が赤くなっている。こんな風になるなんて久しぶりだ。
「北村?」
「…………見ないでー」
とっさに手で顔を覆ってもどうにもならない。なぜなら、雨彦さんは僕より何センチも身長が高いから。きっと藤色の瞳がこっちを興味深そうに覗いているんだろうな。
「そう言われると見ちまうんだが」
これだけのことで照れているのが恥ずかしいし、他人の赤面なんて見ても楽しくないと思うんだけど。雨彦さんは何を考えているのか分からない。面白がっていることだけはよく分かる。
「……見ないでって言ってるのにー」
あの紫の輝きに見つめられると調子が狂いそうになる。どうにか目線を逸らしても射抜かれているような気持ちになる。なんなの、この人は。本当に。
「はは。いつもは穏やかなお前さんでも顔を赤くすることがあるのか」
なんだかすごく嬉しそうな顔に見えるのは、気のせいかな。そうだといい。こんな僕を見て嬉しそうにしているなんて意地悪すぎるでしょ。雨彦さんはそういう人なのかもしれないけど。
「やっぱり顔赤くなってるんだー……。嫌だなー……」
「ああ、真っ赤だぜ」
「報告しなくてもいいのでー」
顔を押さえた指の隙間から雨彦さんを見てみれば。
「ふふ。北村の珍しい顔色を見ちまったな」
憎らしいと今は思えるほどの笑顔。目を細めて笑みの形にさせている。……雨彦さんだって珍しい表情をしているくせに。そういってやりたいほどの。本人は気付いているのかいないのか。
「こういうときは背丈が人並み以上にあって良かったよ。おかげでいいもんが見られた」
「……僕はよくないけどねー」
気に食わない大人。しばらくは雨彦さんへの評価は変えられそうにはない。