「俺と友だちになってくれよキース!」
何度も耳にしたことのある台詞が頭の中でリフレインしながら重たい瞼を開く。言葉の前にあった出来事は何にも覚えていなかったが、出会った頃の記憶を夢の中で見ていたのだろうということだけは分かってベッドから抜け出した。自然と零れる欠伸をしながら部屋から出ると嗅ぎなれた匂いが漂っていてキッチンへと目を向けると、音に反応して顔を上げたのであろうディノと目があった。
「おはようキース。今日はちゃんと起きれたんだな」
「おはよーさん。なんか気分よく目覚めたわ」
珍しいものを見るかのように瞬きをした後、嬉しそうに笑うその手には出来立てのピザが一枚。朝からそんなカロリー高そうなものを……と考えては飲み込んでミネラルウォーターを取り出した。ガキ共はまだ寝ているのだろうか。フェイスはともかくジュニアは朝からトレーニングしている可能性もあると考え、若い奴は元気そうで何よりだと思いながら嬉しそうにピザを頬張っているディノを見る。同い年のはずなのにそうとは思えない、いつまでも若者代表な姿に思わず頬が緩んだ。
不意に、夢で向けられていた何度も向けられていた言葉とどこかでブラッドに教えられた単語を思い出す。口の中で転がして、飲み込もうとして。トマトソースのついた頬が視界に入ると小さく笑って気が付いていないそこへ手を伸ばしながら口を開く。
「ほんっと若いよな、おまえ」
「? ひひふぁひ、どーしたんだ?」
「食べながら喋ってんじゃねぇよ」
「ん、ごめん。でも別に俺若くはないと思うけどな? キースと同い年だし」
好物を朝から食べて、そのカスをつけている人間の発言だろうか。咄嗟に浮かんだ言葉はもはや呆れにも近い。
「ディノ、言霊って知ってるか?」
「コトダマ?」
「そ。昔ブラッドに教えてもらった日本の言い伝え? かなんかで人の発する言葉を実現するように働く力みたいなもんらしい」
「へぇ~」
日本は難しい単語や意味が多すぎて、何かとブラッドが日本の知識として話しているが理解できることの方が少ない。日本料理もそれに倣うように単純なようで複雑なものが多いからあまり手を出したくないのだけど。単語の意味を教えてやろうと手繰り寄せていく記憶は、薄暗い夜のもの。酒に溺れたオレを拾いに来たブラッドが話していたことの一つだから曖昧で、不明瞭で、正確ではないのだろう。けれど都合の良い形に変換しても別の国の言葉なのだからいいのではないかと勝手に解釈する。
「お前が鬱陶しいぐらいに友だちになろうとか言ってくるもんだから、今こうやって友だちってもんになれたんだろうなと思ってよ」
「キースは迷惑だったか?」
「……いーや?」
即座に否定できなかったのは最初の頃に迷惑だったし戸惑いもしたからだ。けれど何度も向けられる視線や言葉に救われて今があるのも確かで、ディノの「友だちになろう」という言葉を実現するために働く力があるというのなら、今の幸せそうな姿がいつまでも続くようにと口に出してもいいのではないかと考えただけだった。
「まぁ、なんだ。お前が元気にピザを頬張れるように若くいろよ~っていうまじないみたいなもんだ」
「……じゃあ俺はキースに好きになってくれって言い続けようかな」
「はあっ!?」
ごくん。と最後の一切れを飲み込んだディノは歯を見せて笑う。突拍子のない言動には慣れているつもりだったが、会話の流れで出てくるものだろうか。ニコニコとこちらの反応を伺っているディノにからかいという感情は一切見えないのだから余計に達が悪い。バクバクと煩く音を立てる鼓動と急激に上昇していく体温を落ち着かせようと大きく息を吸って吐き出した。
「それはもうなってるっつーの」
小さく呟いて、今度は指ではなく唇でディノの口の端についているピザの欠片を拭ってやった。