劇場公演が間近に迫ったある日。本番での衣装合わせなどをしているその時。
(なんだか、これ……)
自分の髪の毛をちょいちょいと触りながら、ふとそんなこと考える。いつもとは違い、外側に跳ねさせているので、なんだか落ち着かないのももちろんある。だけど一番は。
(……小学生の頃、こんな髪型だったなー)
十九歳になった今から見れば、遠い昔になってしまった小学生の頃。公演で演じる役のノクスに近い髪型をしていた。兄さんと暮らす家には置いてはいないけれど、三重の実家にはその頃の写真が残っているんじゃないだろうか。思いつく限りだと、川柳コンクールで賞をもらい、記念に写真を撮ったときとか。
「惚けているとは珍しいな。大丈夫か北村」
「想楽。よろしければ少し休憩を取っても構いませんよ。雨彦と私でプロデューサーさんや他の方にも……」
「大丈夫だよー。元気だし、ちょっと昔のことを思い出してただけだからー」
椅子に座ってぼうっとしている姿がそんなに珍しく映ったのか、雨彦さんとクリスさんが左右から覗き込んできた。雨彦さんは興味深さと少し心配したような表情で、クリスさんは本当に心配した顔をしてちょっと困り眉になっていた。大したことではないのに、この二人はよく僕のことを心配しがちではある。ありがたいことに。
「昔のことかい? 少しばかり興味があるな」
「えー。雨彦さんの少しばかりってそうじゃなかったりするしどうしようかなー」
「私も聞きたいです!」
「クリスさんがそういうなら……。うーん、まぁいいよー」
「おや、俺にはちと手厳しいときたか。たまには俺にも甘くしてくれよ」
悪戯狐さんが何か言ってくるのはいつものことなので、華麗にスルーさせてもらった。それに後で家に帰ったらまた構ってあげるのだし、いつも甘く接しているからいいんじゃないかなという気持ちもある。
「雨彦さんそれはまた今度ねー。えっとねー、ノクスの髪型がなんだか小学生の頃の僕の髪型と似てるなーって思いましてー」
「ほう、それはあまり聞いたことがなかったな」
「だって今まで話したことなかったからねー」
自分の過去のことを話すのは、確かに珍しいことだ。Legendersの二人に話すことになるとは今の今まで思っていなかった。合間の時間を埋めるための会話とはいえ、こんなに距離が近くなったんだなとちょっと、ううん、すごく感慨深くなってしまった。顔に出てないといいけど。恥ずかしいし。
「想楽……!」
相変わらず興味深そうにこっちを見つめる雨彦さんとは違い、クリスさんはなんだか感激したような顔をしてこっちの方を見つめだした。クリスさんって一見するとクールな美形なんだけど、こうやって目を輝かせることがあるのがかわいらしいと思う。ギャップってこういうことを言うのかな。
「えっ、そんなに感激することだったー?」
「はい……! 想楽が私たちに幼少期のことを話してくださるのは初めてのことだったので……。大袈裟かもしれませんが、とても嬉しいです……! まるでヌタウナギの孵化を聞いた時のような……!」
僕にはまだまだ聞き慣れない海の生き物の表現だけど、多分言葉通り嬉しがっていることは伝わって来た。クリスさんのこういうところはとても好きだなと思っている。
「そっかー……。なら、話して良かったかもー……」
ぽろっと口から零したことだったけど、そんなに喜んでくれるなら、同じように嬉しくなってしまう。
「想楽のことだけでは不公平ですね、私の幼い頃はやはり魂の故郷であるスペインの海へ、よく両親と行っていました」
「あれ、妹さんはー?」
「妹とはそれなりに歳が離れているので、一緒に母の故郷へ行くようになったのはもう数年経ってからのことになるかと」
「……」
クリスさんと話に花を咲かせていると、雨彦さんがなんだか神妙な面持ちで僕たちを覗いていた。
「雨彦さん?」
「雨彦?」
眉間に皺を寄せ、意を決したように口を開く。
「……俺の、いや。俺が中学生の頃は今とは違って髪を伸ばしていたと思って、な」
どこか安心したように一息ついて、ちょっと恥ずかしそうに徐々に視線をずらしていく雨彦さん。今、なんとなく分かったけれど。というか、雨彦さんの幼い頃の話を聞くなんて初めてだ。
「え、あっ、そうなんだー……!?」
「長髪の雨彦は想像しにくいですね……。私と同じくらいの長さですか?」
「ああ。それはな――」
当初はビジネスライクなユニット、なんて言われていたし、僕たちもそう思っていたけれど、今は公私ともに仲のいいユニットといっても間違いじゃないのかも、と思ったりして。
◇◆
「へー。雨彦さんって本当に髪の毛が長かったんだー」
「なんだ、疑ってたのかい。証拠がここにあるだろう。ほら」
「写真を見せてもらうまでちょっとはそう思ってたけどねー。ふふっ、このときの雨彦さんも似合ってるねー」
「お前さんが望むなら元のようにしてもいいぜ、はは」
「もー。何言ってるの、もー……」