お面を買ったのは子どものとき以来かもしれない。撮影の衣装だけれど、浴衣に下駄まで。久しぶりに祭の装いをしている。からんころんと響く音がなんだか懐かしい。こんなことをあの人の横で話したなら同じように微笑んでくれるだろうか。
頭に乗せてみたお面を見て、最初に僕の方が笑みを浮かべてしまった。
伝統的なお面や、人気のキャラクターを模したお面など様々な種類のお面があったのにも関わらず、僕が選んだのは狐のお面だった。せっかくこの格好をしているのだし、お面も付けてみようかなと思ったことが理由で、いろんなお面を見たときに、ふと、好きな人の顔が浮かんだのだった。僕の好きな人、雨彦さんの顔が。
「お。なんだ、狐の面とは珍しいな」
待ち合わせ場所に辿り着いてみれば、そこには雨彦さん一人だけだった。きっとまだクリスさんとプロデューサーさんは打ち合わせが長引いているのだろう。
僕の好きな人は、珍しそうに僕の頭に付けたものをまじまじと眺めている。浴衣を着て、顎のあたりに指を置く仕草すら様になっているのは流石だなと思う。こういったところでも惚れ直してしまいそうだ。
「たまには童心に帰ってみるのもいいかなと思いましてー。どうかな、似合うー?」
気を取り直して、見せびらかすようにひらひらを揺らしてみる。雨彦さんに見惚れてしまっているのがバレてしまわないようにと咄嗟にした仕草ではあるけれど、彼は気分が良さそうに柔らかく笑った。その表情は幼い少年のようにも見えて。
「ああ。狸の小僧が狐に化けて見せたのかなと思ったぜ。いや、ペンギンだったか。古論がここにいればそう言っていただろうよ」
前言撤回。いつもの雨彦さんだった。また僕をからかって楽しんでいるだけだった。
「それどういう意味ー? それにペンギンが何かに化けるとか聞いたことないよー。……もー。いいけどさー」
雨彦さんの隣に座って、クリスさんとプロデューサーさんを待つ。すると、横から呟くように、低い声が聞こえてくる。
「俺も買っておくべきだったかな」
どこか寂し気な顔。こんな雨彦さんを見るのは珍しい。何か遠い日のことでも思い出しているのだろうか。雨彦さんのいろんな表情を見るのは好きだし、これからもそう思うけれど。
好きな人には、できることなら笑顔でいて欲しい。
側頭部に付けていたお面を顔にずらして付けて。そのまま雨彦さんがたまにするように手を狐の形して。
「ふふっ。いいでしょー、このお面。まだ売ってたと思うから、収録が終わったら一緒に買いに行きませんかー? 雨彦さんもとっても似合うと思うよー。もしかしたら本物の狐さんに見えちゃったりしてー」
「はは。違ぇねぇ。俺の正体は狐、なんてファンも言ってるぐらいだからな。どれ、お前さんも化かしてやろう。遠慮しなくていいぜ」
フッと雨彦さんは不敵に微笑む。ああ、いつもの表情だ。僕が惹かれて今も好きでたまらない彼の特有のもの。
「それはどうかなー。雨彦さんには負けないよー。ふふふ」
同じものを買ってしまったら当然お揃いになってしまうと気づいたのは、また後の話。