五条の術師復帰戦から数日後。
あの日いなくなった監視役の男は、とある施設に収監されている事が判明した。
七海と同じ規定側の人間であった彼は、術師として家柄の性質上上層部との柵が強く、五条の監視において監視以外の部分で犯罪的要素――五条曰く暗殺や薬物投与による再起不能――や「五条悟の渋谷事変幇助の実証」の為の虚偽の報告を強要されていたことが発覚した。しかし、彼も術師として五条の存在は大きくまた、尊敬していたため上層部の要求を曖昧にしつつ先延ばしにしていたのだが、約定が果たされないことにしびれを切らした上層部は彼を拘束・尋問の末、事実の発覚を恐れ施設に収監したのだと言う。
七海の調査で男の所在を突き止めたときにはもう、まともに会話できる状態ではなく、それが精神的に病んでなのか、薬物使用によるものなのか、七海には判断がつかなかった。
これらは七海が個人的に調査した結果であるが、僅かな時間でも共に過ごした五条にも共有しておくべきだろうと考えていた。――というよりも、そうしなければならないような気がしたのだ。
五条の手隙にそれとなく告げると、五条はひどく悲しそうな顔を一瞬だけ見せ、次の瞬間には元通りの表情と声の調子で「そう」とだけ呟いた。
後に、監視役の彼が五条の元教え子であること知ったが、知っていたとしても同じように調査の結果を告げていただろう。
あの時感じた使命感も、きっとこのためだったのだと、自分に言い聞かせて。
「しかし、六眼は封印されているのに、なぜ暗殺なんて」
「本当は獄門疆の中に封印したままにしたかったけど、それが叶わないから少しでも僕の力が殺がれている内に消しちゃおうっていう魂胆だったんだろ」
監視役の失踪の後、七海は正式に五条の監視役として任命され、五条と行動を共にしている。
七海は一級術師なので圧倒的に手の足りない呪術界にとっては大切な人材。七海に任せたい任務は山ほど存在するため、さすがに四六時中五条に張り付いているというわけにはいかなくて、五条が教職に復帰してからは任務の時だけ同行し、教職に就いているときは七海単独で任務に赴く、という状態がここ一月ほど続いている。
このころになると、五条の封印解除された時ほどの厳しい監視は必要なく、上層部もどうにかして仕込みたかった「五条悟の渋谷事変幇助の実証」は五条の行動のどこにもねじ込むことができず、さらに言えば、五条家と呪術高専関係者以外との接触は見受けられなかったため監視の必要性を問われるほど五条の行動に裏はなかったのだ。
それもこれも、前任者と七海の品行方正な監視報告による結果である。
近いうちに監視役も必要なくなるだろう。
「まぁ、暗殺については割と前からあったから驚きはしないけど、術式縛ってからっていうのが上らしい汚いやり方だよねぇ」
さらりと問題発言をされたような気がするが、呪術界において五条悟は「生まれ落ちた瞬間に世界の均衡を壊した存在」だ。幼少期からその首には億を超える賞金がかけられ、命知らずの呪詛師達に命を狙われてきた五条にとっては、暗殺という単語も行動も日常茶飯事だった。が、外の世界の、一般家庭出身の七海には耳慣れないどころか非日常で、話に聞いていてもどこか遠い、何枚もガラスを隔てた向こう側の出来事の様でいまいち現実味がないが、もしかしたら、自分がその一端を握らされているかもしれないと思えば背がわずかに震えた。
生憎、先述の通り呪術界との繋がりが薄い七海に上層部との柵はなく、前任者のように直接話が来ることはないだろうが、七海の有能さは上層部でも一目置かれている。その手の話が来ないとも限らない。
「…七海は大丈夫だよ」
「え?」
「そういう話がもし出ても、七海には振ってこないから」
「どういう、事ですか?」
「秘密」
七海が訝し気に見ても五条は理由を話す気はないらしく、ニコニコと機嫌がよさそうに目を細めるばかり。こうなってしまうと、五条から理由を聞きだすことは不可能に近い。つい表情に出てしまった七海の思考に対して、五条なりの気遣いで根拠も何もないものかもしれない、と七海は割り切ることにした。
「どちらにしても、上層部が僕を潰すことはできないよ。僕の六眼は厳密に言うと、完全に封印されている訳じゃなくて、能力を制限されているんだ」
七海が任務先のお土産として買ってきた菓子の箱を嬉々として開けながら、先ほどの暗殺の件と同じようにこともなげに告げた。
「制限されている、とは」
「六眼がないと無下限が制御できないから。上層部は、封印する術式を誤ったんだ」
確かに、無下限呪術はその強大な力ゆえに繊細な呪力操作が必要になる。五条家にはほかにも無下限呪術を継承している術師がいるというが、六眼不所持の為操ることができないという。
六眼の全権を縛ると五条の無下限は操作を失い暴走するかもしれない。
「というか、実際六眼を完全に縛られた状態で、あいつらの前で術使ってやろうとしたら暴走しちゃってね」
「何やってるんですかアナタ…」
「思ったより威力が出ちゃったっていうだけだよ?死傷者0だし、建物にすこーし損害が出たくらいだけど、あいつら身をもって体感したから、六眼の権限を少し戻してくれたんだよね」
「というより、無下限を縛ることはできなかったんですかね」
「先に六眼を縛ったから、縛れなかったんだろ。再度無下限縛るにしても、六眼解放しなきゃならないし、その隙に僕なら上のやつら皆殺しにできるよ」
先ほどから、声の調子はいつもの飄々とした軽いものなのに言葉が放つ殺気が物騒で、七海は気が気ではない。この場に伊地知がいたならば、言動の物騒さに胃を痛めていたに違いないだろう。
なぜなら、この会話はすべて呪術高専の談話室で行われていたからだ。
七海には五条の言葉の端々に滲む苛立ちなどから、本気ではないものだというのは分かるが、言葉だけ聞いていたならば本気なのかどうなのか、他者に判断させるのは難しい。
つまり、上層部の耳があるかもしれないこの場所での会話としては不適切だった。
「まぁそんなこんなで、僕の六眼は一部の呪力操作を行う部分だけ残して封印されているってわけ」
「はぁ、器用ですね、部分的に封印できるなんて…」
「ねー、僕もびっくり。でもまぁ、その辺は技術開発でどうとでもなるのかもしれないね。
とはいえ、七海たちのおかげで監視期間も明けそうだからさ、そろそろ全権返してほしいところなんだけど、上はもう返す気ないんだろうね」