連勤十四日目。
 仕事量に波はあるものの、毎日飽きずに呪霊を祓い、報告書を作って、また任務。途中徹夜した日もあったような気がするけれど、なんだか遠い日の様だ。
 有り体に言うならば、七海は疲労困憊だった。それはもう、限界値を越えて、ハイを乗り越えてしまう程度には。
 七海の勤務が異常であることにいち早く気が付いたのは、伊地知だった。
 毎日上がってくる術師からの報告書を取りまとめていると、なぜだか異様に七海の報告書が多く混ざっていて、さらにその処理日を見るに日付が連日していることに気が付いた。どこまで続いているのだろうかと日付をさかのぼってみて、伊地知は青ざめたのだ。
 七海のスケジュールについては、ある程度本人に一任しているのだが、その骨子は補助監督の仕事だ。
 あらかじめ一週間、もしくは一か月分の休暇希望などを術師から提出してもらい、それをもとにスケジュール表を作る。出来上がったものを術師が確認・承認を経て確定となり、補助監督同士に共有される。という仕組み。
 七海のスケジュールも例にもれず、この形式で管理され共有されていたはずなのだが、七海のスケジュール管理を行っていた補助監督が数週間前から一身上の都合で不規則な勤務となっており、いない間の引継ぎを行った補助監督は経験が浅かったために、仕事を幾つか取りこぼしてしまっていた。その取りこぼした仕事の中に七海のスケジュール勤務も含まれていたらしく、伊地知が気が付いたときにはすでに、二週間も、七海本人がスケジュールを管理しているという状況だった。
 これの何が問題なのかというと。
「七海さん、オーバーワークを認識しづらい|性質タチなんです。采配を本人に任せてしまうと、際限なく仕事を入れてしまうので…。
 外での社会経験からの後遺症だと家入さんは言ってらっしゃいましたが…」
「はぁー…で、十四日も連勤してるっての?」
「はい…すみません、私ももっと気を配るべきでした…」
「オマエのせいじゃないだろ。これは七海の問題だし。とはいえ、ほっとくこともできないしなぁ」
 七海の異常な勤務状態に気が付いて、真っ先に相談したのは五条だった。
 五条は七海の信頼している(尊敬はしてない)数少ない術師であり、七海の先輩にあたる人間だ。
 なんだかんだと言いながらも面倒見のいい五条は、七海の現状を聞いてすぐに手を打ってくれた。
「つかあいつどれだけ任務受け持ってんの?|補助監督達オマエらも七海が頼みやすいからってすぐ頼んな」
「すみません、徹底しておきます。五条さんにお願いしたいのはこちらの任務で…」
 もちろん、伊地知としてもこの件を五条だけに投げるつもりはない。共有されているスケジュールから都合のつく術師に七海が受け持っていた仕事を引き継いでもらい、五条に頼んだのは都合がつかなかった高ランク帯の任務だけだ。
 内容に目を通すと、五条は渡されたタブレットを伊地知へ返して重い腰を上げた。
「で、七海は?」
「ご自宅に送り届けましたので、ご自宅にいらっしゃるかと」
「そ、じゃあさっさと終わりにして、様子見に行くか。…伊地知、オマエもいつまでも暗い顔してんじゃねぇよ、ほら、車回してこい」
 ぱしん、と伊地知の後頭部を軽く叩くと、伊地知は何度もお辞儀を繰り返してその場を離れていった。
「…さて…帰ったらどうやって甘やかしてやるかなぁ…」
 五条と七海はただの同僚というわけではない。所謂お付き合いをしている、という間柄だ。
 互いに呪術師として活躍しているので、互いの活動に支障が出ないようにと付き合っているという事は公言していない。
 それでも知っているものは知っているわけで、その知っている人間の中に伊地知も含まれていた。
 最初に相談した理由の一端にはそこも含まれている。
 五条は七海が行くはずだった任務を片付けながら、二週間もの間、休みなく任務を|こなして疲れているだろう七海ををどうやって甘やかしてやるかと考えていた。
 疲れには甘いものが効く。これには、五条お気に入りのパティスリーで七海の好きそうなものを数点選んでテイクアウトすることを考えている。
 まだ任務も残っているので、どれだけ時間が取れるかわからないのだが、もし飲食店が営業している時間に帰れたならば、外食するというのも悪くないだろう。七海の好きなものを好きなだけ食べさせてやるのは最高の癒しじゃないだろうか。
 スキンシップによる甘やかしは最後。めいっぱい甘やかして、ぐずぐずにしてやりたい。
 そんな計画を立てつつ、本日最後の任務へと赴いたのは一時間ほど前。
 そして現在
「…まじかぁ…」
 任務を瞬く間に片づけて、五条は七海の部屋へとやってきた。何度か呼び鈴を鳴らしたのだが、応答がなく不思議に思いつつも五条は七海から預かっていた合鍵で室内に入り、開口一番粒いたのが先ほどの言葉だった。
 あの七海が、ソファで、空になったワインボトルを抱えて眠っている。
 見ればテーブルの上には様々な料理が数多く並べられ、ワインやらシャンパンやら、五条にはどれがどれだか判断が着けられなかったが、とにかく一人で空けるには多すぎる量のからの酒瓶がテーブルにも床にも転がっている。
 一人酒が好きな七海。飲んでも酔わない所謂“ワク”というやつで、酒の飲み比べ勝負で七海の右に出れるのは家入以外いないほどの酒豪だ。付き合いの長い五条でも、酔いつぶれるまで飲んだのを見たのは、思い出すのも難しいほど遠い昔の話である。
 そんなレアリティ彩光の状況が目の前に広がっていて、五条は思わず頭を掻いた。
「おーい七海」
 一先ず起こしてみる。ゆさゆさと肩を揺すってみたものの、七海は変わらず健やかな寝息を立てて酒瓶を抱きしめている。まぁ、こんな程度で起きるとも思っていないので、五条は抱きしめている空いたワインボトルを取り上げると、ソファの背もたれに変えてあった手触りの良いブランケットを七海にかけてやった。それからテーブルやら床やらに転がったからの便を片付け、自分の買ってきたスイーツを冷蔵庫にしまう。テーブルに広げられた料理たちはどうすべきか、と少し考えて、五条の好みの物だけ温め直して、夕食にすることにした。少し遅かったが、もともと七海と夕食に出掛けようかと思っていたから問題はない。
 数ある料理のすべてが七海の手作りというわけではないはずだが、どれもこれも味が良くて、結局料理のほとんどは五条の胃袋へと消えていった。次いでに買ってきたスイーツの一部も。
「起きてツマミが無かったら怒るかなぁ…まぁ、その時は僕が何か作ってあげればいいか」
 なんてことを言いながら、食事の後片付けまで終えてしまった。
 その間も、終始眠ったままの家主。まぁ14日も休まず任務に明け暮れていたのだから、酒にもよってしまうだろうし、行儀悪くソファで酒瓶抱えて眠ってしまっても仕方ない。思いっきり甘やかしてやる予定が狂ってしまったけれど、気持ちよく眠っているところを起こしてまでしてやることでもない。
 それに、と、五条は七海の頭を撫でてやりながら思う。
「こんなに無防備な|≪かわいい≫オマエ、見れるのも悪くないしね」
 いつも気難しそうに眉間に皺を寄せている表情が、眠っているときは和らいで年相応、とはいいがたいかもしれないが、それでも少しは幼く見える。もちろん普段の男らしく凛々しい七海の顔も佇まいも大好きだけれど、安心しきったその顔だって、比べ物にならないくらい可愛くて大好きだ。
 疲れからややこけてしまっている頬を撫で、そのまま唇まで指を滑らせる。少しかさついている唇を、指の腹で優しく撫でてからふにふにと揉んだ。見た目は薄い唇なのだが思いのほか柔らかい。うっすらと開いた唇を飽きずに暫く揉んでいると、閉じられていた瞼がゆっくりと押しあがり、花緑青の瞳を覗かせた。
「…ごじょうさん…?」
 起きたばかりの声はなんて甘い声なのだろう。舌足らずに名を呼ばれただけで、体の内側があったかくなった。
 やんわりと白藍を細めて微笑めば、七海も柔らかく表情を崩してくれる。まだ酔っているのかほんのり頬を染めて。
 ――― あーくそ、可愛すぎる。僕のカレシなんでこんなにかわいいの…っ
 普段の理性的で厳しい姿からは想像できない柔和な姿のギャップに打ちのめされる呪術界最強の男。内心に隠しきれず一人のたうち回っていると、ふと七海の手が五条の頬に伸び、さらりと撫でると次に唇に触れた。
 それはまるで、先ほどの五条の行動をなぞるようで、五条はぴたりと固まってしまった。
「な、七海?」
「…さきほど、ごじょうさんが、こうされいていたので…」
 ふにふにと、柔らかく優しく七海の指先が五条の唇を揉む。つい先ほど、ほんの少し前まで自分がしていたことのはずなのに、改めてやられると、なんだかとても恥ずかしいことに思えて、五条の白い肌が赤く熱くなった。
「ふふ…これは、きもちいいですね」
 そんな五条の胸の内側を知ってか知らずか、未だ夢見心地の恋人は美しいかんばせをほころばせて甘く囁くものだから、至近距離で喰らった五条の理性は敢無く陥落したのである。
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南雲けいなさぎょうしつ
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七海の酒癖の話
初公開日: 2021年11月14日
最終更新日: 2021年11月14日
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