”強くてニューゲーム”という機能がある。これは言わば【前世の記憶を持ち越して二度目の人生を生きる事】である。
RPGの一昨日としてのこれは“肉体の記憶の持越し”で、今、自分が体感しているこれは“精神の記憶の持越し”という大きな違いはあるが、本質は同じものだ。
つまり私、七海建人は“強くてニューゲーム”の真っ最中であった。
物心ついたころから、自分であって自分ではない“記憶”を所持していた。
“経験したことがないが知っている事”が人よりも多く、子供の時分でも妙に達観して物事に向き合っていたので、周囲からは“子供らしくない、可愛くない子供”として評判は悪かっただろうと思う。まぁ、そんなことを想像できてしまう時点で、自分は“子供になり切れない”と悟っているわけだが。
ともかく、人生二周目の七海は、前世の記憶と知識をフル活用して、此度の人生を謳歌していた。
以前のような特殊能力はないものの、小中高と順当に進み、手堅く無難な大学に進むと公務員資格と司書資格を取得し、大学卒業後は某都立図書館で司書として勤務している。
前世程の収入はないものの、規則的で時間外労働の少ないクリーンな職場は多少の退屈さはあるものの安定していて悪くない。司書の仕事に加えて、一度目の人生の知識から投資も続けている。呪術師をやっていた時ほどの潤沢な資産はないが、独身男性がつつましく(?)暮らしていくには十分な蓄えはあった。
順風満帆な人生設計を実行していた七海だが、気がかりがないわけではなかった。
「三枝さん、これ出してきていいですか?」
七海こと、三枝建人が図書登録用のパソコンから顔を上げると、今日発売のファッション雑誌を抱えたスタッフと目が合い、視線は自然と彼の持つファッション雑誌の表紙へと移って、七海は思わず眉間に皺を寄せた。
白銀の髪、白い肌、白藍の瞳、些か整いすぎているではないかと思わなくもない見目麗しい男性が悩ましくこちら――というのはカメラだが――に視線を向けている。
「あは…相変わらず五条悟苦手ですか?」
「…ええ、まぁ…その雑誌はもう登録が済んだので出してください」
「はーい」
五条悟―――前回の生で、生まれ落ちた瞬間に世界を変えてしまうほどの力を持っていた呪術界最強の男の名と姿を、此度の生でもお目にかかるとは思っていなかった。
此度の生での五条と七海は、先輩後輩でもなければ、同業同僚でもなく、まして、心が、想いが通じ合った恋人同士でもない。一方的に七海が見知っているだけで、全く関係がない赤の他人だ。
七海が見知っている、というのは前世の記憶があるからというわけではなく、純粋に“五条悟の知名度が高い”というだけの事である。
この世界での五条悟を説明するのは、さして難しいことではない。
巷にあふれる週刊誌でも、ファッション誌でもいい、一見するだけで事足りる。
“実力派人気俳優”
“元天才子役”
“俳優兼任モデル”
“今一番輝いている人”
等々、多様な肩書で書きたてられているのが五条悟だ。
どうやら彼は、此度の生でも神々に愛されて生まれたらしい。
二物も三物も与えられて生まれ育った五条だが、彼にも与えられなかったものがあった。
それは―――前世の記憶。
前世では恋人同士だった五条と七海。七海は現世に生まれ落ちてから、七海建人としての記憶を持ち合わせて生きてきて、自分とさして変わらない年齢の頃の五条をテレビの向こう側から見ていて少なからず期待していたのだ。
“もしかしたら彼は、自分と同じ時分の記憶を引き継いでいるかもしれない”
“もし、再び出会うことができれば―――”
けれど、七海のわずかな期待は見るも無残に砕け散った。
前世の出来事は完全にリセットされ、現世を生きる五条は何一つ覚えていなかったのだ。
自分の親友も、旧友も、恋人も…。
この事実に七海が落胆したのはもう10年も前の事だ。
以来、七海は五条の事を必要以上に知ろうとはしなかった。まして、出会おうなどとは思いもしなかった。
このままで出会わずに、五条を知らなければ、かつての幸せを、愛された記憶を知らなければ、この想いを忘れられるかもしれない。