タバティエールとシャスポーが恋人になったのは見ててわかった。
見れば大抵一緒にいるし、タバティエールは自分のことを従僕みたいなもんだって言うが、シャスポーに向ける視線は明らかにそれだけのものではない。
フランスにいた時だって、タバティエールはシャスポーの方を気にかけていた。僕のこともそれなりに世話をしていたけど、それは僕が『シャスポー』を名乗っていて、あいつの弟で顔もよく似ていたからオマケで世話をされていたにすぎなかったんだ。
向こうではレザール家とロシニョル家に分かれていたし、僕がシャスポーの名前で好き勝手しすぎるのを咎めたり、やりすぎてマスターを殺さないか見張るのが主だったんだろう。理由はどうにしろ、シャスポーよりも僕の近くにいたからあまり気にならなかったことが、士官学校に来てからはあからさまに目につくようになった。
タバティエールは事あるごとにシャスポーを気にして、少しでも湿気が増したり小雨でも降った日にはすぐに部屋に駆けつけて、ハーブティーを淹れたりお菓子を作ったりと甲斐甲斐しい。何で知ってるかって、部屋が近けりゃ気づきもする。あいつが雨で弱ってるのは良いザマだから煽って見物してやろうと思ったら、大概そこにはタバティエールが先客で訪れている。「体調悪い時には気遣ってやれ」なんて諭されるけれど、雨のたびに呻いてる無能を気遣ってどうしろっていうんだ。勝手にネガティブになって甘えてるやつなんかたたき出して放ってしまえばいいのに。
そういってもタバティエールはずっとシャスポーの近くについていたし、シャスポーのやつも当たり前のように世話を焼かせていた。僕は邪魔だと言わんばかり、というか、実際に出て行けとも言われたからあいつがいない隙にマスターをおとしてやろうかと思った。気が向かなかったからやめたけど。
タバティエールは僕にさえも世話を焼くような極度の面倒見だから、そのくらいなら贔屓しているシャスポーならやっても普通だと思っていた。けど。
「ほら、きついだけならもう寝ちまえ」
「こんな頭の痛みで寝られる訳ないだろう」
「せめて目だけでも閉じてれば楽になるんじゃないか?」
ソファで仰向けに横たわるシャスポーの額に、キスをおとしているのを見た瞬間に、流石にそれはないだろう、と思った。完全に子ども扱いしているのかと思うには、シャスポーがあまりに当たり前に受け入れていたから。あいつは子ども扱いされて黙っているようなちゃちなプライドは持ち合わせていない。なら単純に、そうすることが当たり前なくらいに近い関係だってことだ。
一度その光景を目にしてからだ。
2人がやたらと互いに触れるのに気が付いたのは。
タバティエールは誰にでも世話を焼く割にはどこか一線を引いて遠慮するようなところがあるのに、シャスポーに対してはそれがない。行き過ぎているくらいに大事に丁寧に扱って、望む以上のことを叶えようとする。
シャスポーは他人の前では見栄を張って、雨の日には部屋に閉じこもるか、どうしても対応しなければいけない来客があったら無理をしてでも平気な顔をしている癖に、タバティエールには小さな不調や不満でもこぼして甘えている。
タバティエールはともかく、シャスポーは他に人がいる前ではそんなことはないから、二人きりの時だけだ。お互いに手の届く近くによっては何かとリクエストをしてそれに応えて、他愛ない会話をして。席を立つときには当然のように頭をなでて、当たり前のように薄く微笑む。
見ているだけでむかむかするような、近い距離。
今日も雨を蓄えた雲が空を覆っていたから、暇つぶしにシャスポーの部屋に行ってみたら数分もしないうちにタバティエールが来た。ベッドで横たわって唸って精彩を欠いているシャスポーをからかっていた僕を見つけて、頭を軽くはたいてからそのままシャスポーの頭を撫でた。
「お前も心配してるんならもっと優しく声掛けたらどうなんだ?」
「たいそうな欠点をかかえたお兄様を?心配?するわけないだろ!」
「グラース、響くから大きな声を出さないでくれ。……頭が揺れると余計にぐらぐらする。お前も触るな」
億劫そうに撫でていた手を払われると、悪い、と小さく声を出してタバティエールが手をのけた。
「暇ならハーブティーを淹れろ。この間のカモミールはまぁまぁ悪くなかった」
さっきまでこっちが何を言って話しかけても眉を寄せて見てるだけだった癖に、タバティエールが来た途端にこれだ。
「それじゃあ用意するからおとなしく待ってな」
薄く笑みを浮かべて答えた相手に、シャスポーは小さく息を漏らしただけだった。
「シャスポーはこれだとなんも食べないだろうが、グラースはどうだ?クッキーかベリーのタルトなら用意してるものがあるが」
「要らない」
「そうか、じゃあ気が変わったら用意するからおしえてくれよ。ちょっとシャスポーをよろしくな」
「僕は、お前みたいにこのお荷物の面倒を見る気はない」
苛立ち紛れに返したのにタバティエールは何も言わずに笑ってドアの向こう、おそらくキッチンに向かっていった。ガチャリとドアが閉まった後はシャスポーはまた静かになって、枕に顔を半ばうずめて起きてるのか寝てるのかもわからないような体制だ。
「相変わらず雨の気配でもしようものなら這いつくばって、重病人面して、戦えない悲劇のヒロインきどりか?」
「…………」
反応はないが、この一瞬で眠ったなんてことはないだろう。シャスポーは雨の日には夜だってろくに眠れない時があるくらいだ。湿気程度とはいえ、すぐに寝付くには難しい痛みが鈍く頭に響いているハズだ。
「そんな天気に左右されるザマじゃ任務もろくにできやしないな。僕がお前の任務を全部奪って、もらうはずだった名誉も評価も貰ってやるから、永遠にそのまま蹲ってたらいい」
「…………」
「マスターも僕が優れてるって改めて思い直して、そのままお払い箱になるかもね」
「…………」
うんともすんとも言わずに倒れているだけの相手は張り合いがない。ネガティブに過去に囚われてる割に無駄にプライドが高いシャスポーは、こんな風に僕が言い出したら我慢ならないとばかりに言い返してくるのに。しばらくしたらカモミールティーを用意したタバティエールが戻ってきて、シャスポーは僕を相手にしなかったのが嘘のように起き上がってハーブティーを飲みながら喋りだすんだろう。
それはつまらないし、面白くない。
息を吐いてベッドの横に落ちつけていた腰を上げた。ここにいてもムカムカがたまるだけで、何の面白いこともない。窓の外はいつの間にかぽつぽつと雨が落ちだしていた。真っ暗な空を見るに、今日はかなり降るに違いない。
「グラース」
ドアに手をかけたところで呼ばれたから振り向くと、シャスポーがさっきまで枕に伏せていた顔を上げてこっちを見ていた。頭痛のせいか目元にうっすら涙の膜を張って、眉間にすこし皺をよせていた。
「どこに行く」
「どこでもいいだろ。役立たずは大人しく寝てろ」
暇つぶしにいったはずが大して時間も潰せず、おまけに軽い苛立ちまでついてきた。これなら最初から行かないでシャスポーなんて放っておいたほうがマシだったかもしれない。
タバティエールと鉢合わせるのも避けたくて、キッチン方面には寄り付かないように適当に歩いていたら、予想外の収穫を発見した。
「やぁマスター、良い天気だね!」
窓をたたく雨はかなり強くなっていて、明らかに世間一般に言う『良い』とはかけ離れているのはみてとれる。それでもマスターは僕の言う『良い』の意味を察したのか、苦笑いをするだけに留めていた。
「シャスポーは今日も部屋にいるの?」
「あぁ、今日も惨めに寝具の上で呻いていたよ」
シャスポーがいなくても優秀な僕がいる。心配げなマスターにそう言ったが、マスターはまた困ったように笑うだけだった。
「やっぱり、マスターも僕よりシャスポーの方がいいのかい」
「シャスポーにはシャスポーの、グラースにはグラースの良さがあるよ」
マスターは寸分の迷いも躊躇いもなくそう言い放った。あいつの僕より優れた点なんてあるはずがないけど、古めかしくて的にろくに当たりもしない骨董品の古銃連中すらも丁寧に扱うマスターだ。お世辞や適当なんかじゃなくて、本気で言ってるというのはもうわかる。古銃の名誉だとか現代銃への非難だとかを持たず、本当にシャスポーと僕を別の銃として同列に扱っているんだろう。だけど。
「……そうか。少なくともタバティエールのやつは、僕よりシャスポーの方が好きそうだよ」
何の脈絡もなく出てきた相手に、マスターは首をかしげた。
「でも、タバティエールはグラースのこともすごく好きそうに見えるけど」
「は?」
首をかしげたのは、突然話題にあがった相手のことじゃなくて、内容の方だったらしい。
「レザール家のよしみとか色々言ってるけど、タバティエールは明らかにシャスポーと一緒にグラースも特別扱いしてる」
「そ、んなことない、だろ。いつもシャスポーばっかりで、僕は一応シャスポーの弟だからって見られてるだけで、」
ただのオマケ扱いだ。
いつか、シャスポーに召使をとってやったと言ったことがある。タバティエールは何のことだとばかりに驚いていたし、シャスポーには興味がないとばかりに軽く流された。特別扱いなんてのはただの勘違いで、相手にされちゃいなかった。
「タバティエールが何もなくても世話を焼いてるのは二人だけだよ」
頼まれたり、成り行きだったり、一度引き受けると誰でも簡単に世話を焼くやつだ。けど、無条件に無制限に博愛精神でやってるわけじゃないのは知っている。だからこそ、いつも気を遣って一緒にいるシャスポーが際立ってみえる。そう思ってたのに。
「少なくとも、タバティエールは俺よりもグラースの方が好きなんじゃないかな」
そんなのは、考えたことがなかった。いつも選ばれるのはシャスポーか僕かの二択で、それより多い選択肢から、『シャスポーと僕』が同時に選ばれてるなんて考えもしなかった。
マスターの言ってることが信用できないわけじゃない。けど、本当にそうだからって、タバティエールの一番はシャスポーに違いなかった。シャスポーもタバティエールのことを明らかに好きで、結局あそこで僕が仲間はずれになるのは変わりない。
「百歩譲ってタバティエールが僕のことも好きだとしても、シャスポーがタバティエールがを好きで、あの二人恋人同士だろ」
「えっ」
「え?」
なんでそこで驚くんだよ。普段からあんなにべたべたしてるのに、逆に何もないほうがおかしいだろう。あぁ、マスターはヘテロセクシャルで貴銃士とはいえ男同士で恋愛が成立するのが意外だったのかもしれない。
だけど僕のそんな思考はまたも的外れで、マスターは更に予想外の言葉を漏らした。
「シャスポーは、グラースのこと好きだよね……?」
「は?」
そんなこと、まさか。