「それじゃあ今日は、夏休み中の合宿について話し合いたいと思います」
 そう音頭を取って、七海先輩はぐるりと僕らを見渡す。
 手元には薄いしおり。手作り感溢れるシンプルさだけど、それだけに七海先輩の気合が伝わってくる。
「まず予定は二泊三日。合宿棟で寝泊まりするけど、洗面用具は持ち込みだから各自用意しといてね。それからパジャマとかの着替えに筆記用具、飲み物も自前とのことだから財布、あとは当然台本は忘れないこと。ご飯については朝と昼は買って、夜はみんなで作ろうと思う。ここまではいいかな?」
 そこまで諳んじると、ピッと指を立てて反応を待つ。
 流石七海先輩だ。意外と忘れがちな宿泊先の洗面用具問題についても確認済み。
 まぁ基本的に持っていけば損はないんだけど。どうしても鞄のスペースを取ってしまうから考えてしまう、程度に大事なことだからほんとに抜け目ない。
「はいはーい、夜は自由時間っすよねー。なんか持ち込んでもいいんすかー?」
 特に問題もないのに空気を読まずに手を挙げる堂島。
 窘めようかと思ったけど、七海先輩が苦笑気味に答えた。
「いいけど夜更かししないようにね。二日目から指導の先生に来てもらうんだから」
「うっす、あざっす!」
 ……きちんと最後まで聞いてるんだろうか。こういうところが不安になるんだけど、こいつ。
「夜ご飯作るのはいいんですけど、なに作るんです?」
 と、今度は小糸さんがしっかりと内容に突っ込んでいった。
 確かに。そういうのを共有しとかないと。聞いてる感じだと合宿中に買い出しに行くんだろうし。
「そこだよね。悩みどころだけど、まぁカレーが無難かなって思うけど、どうかな」
「いいんじゃないですか。カレー」
「そうね。私も特に反対はないわ」
「俺は全然アリっす」
「僕も異論なしです」
「そう? じゃあカレーで」
 提案は満場一致で採決され、次へと議題を進ませようと七海先輩がしおりに目を落とした時だった。
「あ、燈子。付け合わせは買っていいのかしら」
 不意に佐伯先輩が小さく手を挙げて訊ねる。
 七海先輩はきょとんと佐伯先輩を見返していた。
「え? いいけど」
「そう。分かったわ。ありがと」
 そう質問を切り上げた佐伯先輩に、どうしてか七海先輩が突っ込んでいった。
「なに買うの?」
「福神漬け」
「へー」
 口には出さなかったけど、確かに「へー」だ。なんていうか、そんな庶民的な感じで食べるのか、って感じで。いやじゃあどうしてると思ってたんだ、と言われると、逆に困ってしまうのだけど。
「燈子はどうなの?」
「私? 私はカレーになにか入れたいとは思わないなぁ……。なんていうか、カレーの味の邪魔になる感じがする」
 拘り、というかそうしてこなかったから想像できない感じなんだろうか。それはそれで分からなくはない。
「どっちかというと引き立てる方だと思うけど、まぁそういう人もいるわよね」
 佐伯先輩はちょっと動揺してるのか、口早に妥協して話題を切る。
 しかし七海先輩はなおも納得がいかないのか、考え込んだ末に小糸さんに視線を向けた。
「侑は? なんか入れる?」
 うーん。これは厄介な予感。何故だか体育祭の部活対抗リレーの様子が思い浮かんでしまった。
 頼むよ、小糸さん。ここで上手く話を逸らせるのは君しかいない。
「わたしですか? ウチはいつも辣韭入れますよ。あ、辣韭は買ってもいいです?」
 しかし悲しいかな、思いは届かず、小糸さんはあろうことか話を蒸し返した。
「そう、なんだ。別にいいけど」
 あ、ちょっと七海先輩、仲間がいなくてムキになりかけてる。
 しかしそこで思わぬところから加勢が入った。
「俺も分かります、七海先輩。カレーになにか入れるのは邪道っすよね!」
 そう力説するのはまさかの堂島だった。
「堂島くん、分かってくれるの……?」
 七海先輩がそれにぱぁっと表情を明るくすると、堂島はパイプ椅子に仰け反って、どんと胸を叩いた。
「はい! カレーってやっぱ、辛いのがいーじゃないですか! 福神漬けとか辣韭とか入れちゃったら物足りないっつーか」
 よしよし、これで話は流れるかな、と思いつつちらりと七海先輩の様子を見る。
 ……どうしてそんなに口をあんぐり開けてるんだろう。
 そうして七海先輩はわなわなと震えたかと思うと、
「堂島くんの裏切り者!」
 と叫んだ。
「えぇーっ」
 さしもの僕も今回は堂島に同情する。けど事態を悪化させるくらいなら黙ってて欲しかった。
 ……七海先輩、ひょっとして辛口だめなのかな……?
 ちょっとこれは面倒だ。カレーの味をどうするかという話になってくるぞ。
 ちらりと視線を小糸さんと佐伯先輩に向けると、二人もようやく事態を把握したようで、どうしたもんかと頭を悩ませていた。
「槙くんは?」
 あーほら、堂島が余計な口を挟んだからこうなったじゃないか。全くもう。
 どうしよう。七海先輩に賛成してこの場をなんとか収めたいけど、実のところ七海先輩は自分の好みを全然言っていないものだからなにが正解か分からないのが困り物だ。
 悩みに悩んでしまった僕は、どうしてか「当たる当たらぬも八卦なら自分の好みを言ったらどうか?」という謎の答えに辿り着いてしまった。
「あー……僕はシーフードカレー派なんです」
 それを聞いて七海先輩は――固まってしまった。
 ……のちにこれは第一次カレー論争として議事録に記録されることになった。
 なお、途中で生徒会室に入ってきた箱崎先生が「ハヤシライス」と答えたことで、事態はより混沌の一途を辿ったのである。
カット
Latest / 65:40
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知