※プロットを考えてないので、考えつつ書いています。
ライトワンス
桃井はるこの「ライトワンス」を聞きながら、午後の教室の微睡に身体全体を預ける。「ライトワンス」が書き込みは一回しかできないけど、読み取ることは何回もできる記憶装置や電子媒体のことだということは、ついさっきスマホで調べて知った。曲自体は「自殺サークル」を見て知った。映画全体のおどろおどろしい雰囲気とは違い、ポップで可愛いその声や曲調はやけに耳に残る。
「人生はライトワンス」っていう一節がやけに心に残って、私はその曲をエンドレスリピートしながら、自習、と大きく書かれた黒板を見つめた。そのまま視線を滑らせると、念を込めて斜め前の席で大きな背中を丸めさせている影浦くんを見つめる。
丸めた背中の内側では、私と同じく勉強なんてしないで漫画を読んでいることは分かっている。それも、少女漫画だ。最近村上くんと仲がいい女子が影浦くんにもそれを押し付けているシーンに出くわしたばかりだった。
「カゲも好き嫌いしないで、読んでみ!絶対ハマるから」
「あぁ?ンな訳ねーだろうが」
「まあまあ、暇つぶしにね。いいじゃんか、騙されたと思って」
そうして渡された「フルーツバスケット」を自習時間丸々使って読み、「どうだった?」と聞いた彼女に向かって「……うっせえ、早く続き貸せ」と言っていた。意外、影浦くんって少女漫画もハマるんだ。斜め後ろからその様子を窺っていた私は、そんなな感想を抱いた。
あの場面に出くわしてから、私も毎日、自分の本棚に眠っていたフルバを読み返していた。一冊一冊読むごとに、「影浦くんはどこまで読んだのかな」「どのキャラクターが好きなのかな」と思いを馳せている。ボーダーの推薦によって大学進学が決まっている影浦くんたちと同様に、私も推薦入試でもう進学先が決まっていた。だから、毎日毎日フルバを読み耽っている。
影浦くんは隣の席に座る村上くんを拳で突いて、深い眠りについていた彼を起こした。きちんと勉強をしているクラスメイトにも気を使っているのか、手に持ったフルバを指差すと口パクで「続き寄越せ」と告げる。彼の一方的な振る舞いにも寝ぼけ眼の村上くんは怒ることなく、机の端に置いてあった続きの巻を渡した。
「人生はライトワンス」
耳元で桃井はるこがまたそう歌って、私は密かに胸に抱いた決意を固くする。そうだ、人生はやり直しが効かない。書き込めるのは一回きりなんだ。だから、私は卒業までに影浦くんにこの気持ちを伝えなきゃ。
どうして彼のことを好きになったかなんて、正直あまり覚えていない。目つきも鋭いし態度も悪いし、いつもマスクを付けていて、ほとんどの授業を寝て過ごしている。そんな彼のことを怖がる人はいても、仲良くしている人なんて同じくボーダーに所属している村上くんと、彼と仲がいい女子だけだ。
村上くんと仲がいい女子は違うグループに所属していて余り話たことはないけれど、かなり変わった人だということは知っている。旅行が好きみたいで、いつも長期休みにはどこかへ行って微妙なセンスのお土産を買ってきている場面を見たことがある。トリピーのシャーペンを渡していたときはさすがにジョークかと思ったけれど、本人はいたって本気なのだからどうにも笑えない。
大抵の人はそのまま、苦いような顔をして受け取っていたけれどただ一人、村上くんだけは嬉しそうに、大切そうに彼女がくれたお土産を受け取っていた。ぶんぶんと回るトリピーがまるで村上くんの見えない尻尾みたいで、密かに笑ってしまったものだ。
続きの巻を手に入れた影浦くんは、今度は珍しく背筋を伸ばして漫画を読み耽っている。一ページ一ページ、じっくりと読むタイプらしく、中々進んでいかない。早く読み進めてほしいような、まだまだ少女漫画を読む影浦くんを見ていたいような、そんな気持ちが私の中で渦巻いて、私は自分の机に視線を戻した。
「恋愛もライトワンス」「だから少しだけ勇気がいるの」
そうだよね、桃井はるこが言う通り。その少しだけの勇気が出ないから、私はこうしてウジウジとストーカー行為に勤しんでいるのだ。授業終了を告げるチャイムが鳴って、皆おしゃべりに興じながら席を立ったり、座ったまま自習を続けたりしている。
斜め前の席には影浦くん、村上くん、村上くんの友達は集まって、フルバの話をしているみたいだった。そこに私が加わる想像をしながら、私は意味もなく机に広げた教科書やノートを仕舞って、女子トイレに向かうべく立ち上がった。
透ちゃんみたいに行動力の化身だったら、影浦くんと話をすることなんて最も簡単なのだろうか。今日の反省全てを寝かしつけるようにベッドに沈むと、深い眠りが襲ってきて視界の中で漫画のコマがぐにゃぐにゃと曲がっていく。
頭の中では何度も、あくまで自然に「影浦くんもフルバ読んでるの?私もだよ!」と彼に明るく話しかけている自分を思い描くけれど、中々どうして実際の私とは結びつかない。
卒業までの時間は刻一刻と迫っている。影浦くんと違う女子大に進む私は、卒業後に彼と会うことすらままならない。
「人生はライトワンス」
桃井はるこ、どうか私に力を貸して。そう祈って、私は今日も眠りについた。勉強という頭をからっぽにしてそれのみに没頭できる行為から解き放たれた今、睡眠だけが私の無力感を慰めてくれる。
人生は一度きりなら、今の自分のままではいけないんじゃないか。
清々しい朝に天啓を得た私は、顔を洗う前に、歯を磨く前に、パジャマを脱ぐ前に、何よりも前に、鞄に入るだけのフルバを詰め込んだ。しっかりとした長方形になったスクールバックには、およそ十冊ほどのフルバが入っているだろう。自分にもこんなに一般常識から外れた、突拍子もない行動ができたのだと変に感動してしまう。
ドキドキする。漫画を学校に持っていくなんてことをしたのは、初めてだ。脱臼しそうなほどに重い鞄を両手にぶら下げながらも、私の脳内にはアドレナリンがドバドバ出ていて、手の痛みすらも感じなかった。
友人が受験も終わったのに異常に重そうな鞄を持った私を見とめて、「どうしたのそれ……」と不思議そうな顔をする彼女をなんとか誤魔化し、私は自分の席の横に鞄を下げようとする。下げようとして、机全体が右側の異常な重みに耐えきれず倒れそうになった。慌てて左側に全体重をかけると、傾いた机を押さえる。その原因である鞄を床に落とすと、どうにか机を平行に保つことができた。
危ない危ない、紙の重さを甘く見ていた。大きな音を立てたせいで、何人かのクラスメイトが私の方に注目している視線を感じる。いつもより背中を小さく丸めて、私はカバンの中になんとかねじ込んだ筆箱やらノートやらを取り出した。恥ずかしさを全てかき消すように、引き出しの中へぶち込む。
「大丈夫?なんかすごい音したけど……」
気遣う声に顔を上げれば、そこには村上くんと影浦くんとよく一緒にいる女子が立っていた。
「あ、大丈夫大丈夫。ごめんね」
「いやいや、全然」
「それ……何入ってるの?」
「えっ」
「いやあ、なんか見事な長方形になってるから気になっちゃって」
えへへ、と頭を掻く彼女が何を恥ずかしがっているのかよく分からない。
「あ、漫画を読もうと思って……。受験終わったし、自習中暇だから」
「えー!なになに、何読んでんの?!」
私も漫画好きなんだよね〜
「フルバ……」
「えーっ!フルバ好きなのォ?!」
「ちょっとカゲ、フルバ好きなんだってェ!」と興奮気味な彼女の声が矢のように飛んでいく。
「あ?」
「へえ、奇遇だな。俺たちも最近、こいつに貸してもらって読んでるんだよ」
「あ、そーなんだぁ」
我ながら白々しい答えを返すと、眉を顰めた影浦くんが何か言いたげに顎のところで止まったマスクの上で、口をもごつかせる。
「お前、どこまで読んでンの」
「あ、えーと。一応全部読んでて、最近読み返してる感じ……です」
「カゲ、お前怖い。圧が」
「ネタバレすんなよ」
「うん、いや、それは勿論」
「あはは」と意味のない笑いをこぼすと、影浦くんは自分の席に戻っていった
カゲが読み終わったけど鋼がまだ読んでるから、ヒロインに貸せって言ってくる。ヒロインが貸す、そっからヒロインに借りるようになる
仲良く?なる
最初に感じた違和感の話をする
計算して漫画持ってきてました
→何で
いや〜好きだから〜でエンド