※とりあえず書き上げたので終わります🙇‍♀️ありがとうございました!
9センチのサイドゴアで蹴り倒す恋
 私、SNSって、幸せな窓だと思ってるから。
 皆、見せたい自分の側面だけを見せて、なりたい自分の虚像を見せている。窓から見えないところで何をやっているかなんて、受け取り手には見えない。その仕組みに気づかない人間が、「すごい」「丁寧な生活」「細くて可愛い〜」なんて騙されて、ありもしない仮想現実に囚われていく。
 切り取られている写真の外では「丁寧な生活」なんて程遠い、ゴミ溜めで暮らしてるかもしれないし、「細くて可愛い」は加工の産物だし。それ自体はいい。誰だって理想があって、夢がある。ネット上でだけでもそうありたいという願いは、別に間違ったことじゃない。
 いけないのは、それがまるで現実かのように誤認されて、見る側の常識が改変されていくこと。認識の歪みが加速されていくこと。そうして巡り巡っていく地獄。SNS万歳、バッカじゃないの。
 ドクターマーチンで買った、ソールが九センチもあるサイドゴアをインスタに載せたら、大学の友達に「よくそんなの履いて歩けるね……」とか、わざわざ顔を合わせてる時に言われた。その言葉に含まれている嫌味に気づかないほど鈍感でもなくて、私は渇いた笑いを返しながらも唇の端を噛む。
 人の服や靴によくもまあ、そんなに意識を割けるなあ。人のことを気にするより、自分のことを気にしたらどうなワケ?まるで監視するように他人のSNSをチェックするその根性に、私は妙に感心した。
 九センチあるとは言っても、ラバーソールのようになっているから歩きにくいこともない。何より、私が気に入っている。それだけが履く意味では、なんでいけないんだろう。
 インスタのコメント欄には「かわいい〜」という上っ面だけの言葉がいつの間にか書かれていて、本当に他人の評価っていうのはなんにもならないのだと思い知る。全く持って意味のない数のハートが舞い踊るネット上では、「好き」の価値すらも消費され、軽くなってく。
 スマホの画面を見つめながら、キャンパスのベンチに座ると私は徐に片足を太ももの上に置いた。見た目よりも歩きやすいとは言っても、全てがゴムでできたソールは重くて、ずっしりとした重量を膝に感じる。
 手に持ったスマホのレンズを自分の足と靴に向けると、カメラを近づけたり遠ざけたりして、十秒ほどの動画を取る。それをキラキラした素材でデコって、フィルターをかけて、手慣れた手つきでメッセージを打ち込めば完成だ。
 『外野は蹴り倒す、好きなものしか身につけない』って、直接的すぎただろうか。多分、メッセージに込めた気持ちなんてすぐに気づかれる。皆、わざとアホな振りをしているだけで、本当は聡いのだ。あーあ。こうしてまた友達が減っていくんだ。いや、最初から友達じゃなかった。多分。ていうか、本当の友達って、何。
 つい先日二十歳になったばかりの私は、外見に違わず煙草を吸ってる。煙草の匂いを漂わせていると大学の友人は皆、眉を顰める。「煙草吸ってるの?」と言う質問に、何回「イエス」と答えればいいのだろうか。
 「いえーす」なんてアホを装って顔の横でピースなんてしながら、別にそんな顔しなくてもよくない?とか私は思う。いや、確かに匂いが気になるのなら悪いことをしたよ。でも、「吸ってるの?」と言う質問の言外に「吸わない方がいい」と言う指摘を滲ませるのは好ましくない。
 成人になってせっかく喫煙の権利が与えられたんだから、行使するかどうかも私の権利だろう。それを制限することなんて、誰にも許されてないんだからね。国には許されてるかもしんないけど。
 本部の喫煙室はほとんど男性職員しかいなくて、私はここでも浮いてしまう。サイドゴアをばこばこ言わせながら部屋の一番奥、角っこまで突き進むと先客がいて、こっちに向かって片手を上げた。今時はやらないような金髪。黄色味が強くて、本当に絶滅危惧種。
「おー、お疲れ」
「諏訪さんじゃん、珍し」
 演習に参加しないでサボっている、という意味を含めてそう言えば、「珍しいとは何だ、オメー」と女の子に対して軽い暴言を吐く。「オメー」って。私にも可愛い名前があるんだから、ちゃんと呼んでほしい。
 諏訪さんは胸ポケットからマルメンの箱を取り出すと、手慣れた手つきで一本抜き出す。そうして煙草を咥えると、自分のパンツのポケットを両手で叩いた。
 どうせまた、ライターを忘れたんだろう。お気に入りのジッポを忘れた彼にライターを貸したのは、正直言って一回や二回の話じゃない。「まーた雀荘にいるかと思ったよ」と嫌味を投げつけながら、呆れ顔の私も胸ポケットから百円ライターを取り出す。
 コンビニという場所に相応しい、どきついピンク色のそれを差し出して諏訪さんの顔の近くまで持っていくと、ホイールを回して火をつけた。まるでキャバ嬢だ。(テレビでしか見た事ないけど)
 私が差し出したそれに一瞬、諏訪さんが躊躇いを見せる。どうにか切り抜けようと何回かポケットを叩くけれど、結局ジッポが見当たらなかったらしい。とうとう諦めたのか、諏訪さんは意外に大きな背中を丸めると、咥えた煙草を火に近づけた。
 丸まった背中が膨らんで、揺らめく火の先から煙が立ち上る。狼煙のようなそれを見ていると、顔を離した諏訪さんが壁に寄りかかった。
 思いの外薄い瞼が瞳を覆って、皮膚の下で瞳がコロコロと動く様子が見える。深く煙を吸い込むと、唇の端から白いそれを吐き出しつつ、切長の三白眼が横目で私を睨みつけた。
 諏訪さんは「こういうこと、女がするもんじゃねえよ」とか言って、本気の嫌悪感を眉間の皺に滲ませている。一見女にだらしなさそうに見えるのに、存外丁寧に扱っていてそういうところがウケる。嘘、普通にかっこいい。好き。
「はーい」
「分かればよろしい」
 一歳しか違わないのにやけに歳上ぶる諏訪さんは正直面白くて、私はなるべく彼が望むような自分を演じる。やっぱり、自分が私に煙草を教えた張本人だから、そういうポジションから物を言うのだろうか。
 二十歳になって「煙草吸ってみたい」と言った私に、「碌なもんじゃねーぞ」と笑いながらも嫌がることなく、一緒にコンビニに買いに行ってくれたことを思い出す。
「初めならメビウスの一ミリからだろ。パープルが一番プレーンかもな」
 女だから体を大事にしろとか、変に上から目線での蘊蓄も垂れない諏訪さんを、その時好きになったんだと思う。多分、そう。
 照明がチラついて、意識を引き戻される。素直に返事をした私に、諏訪さんの眉間の皺が取れて私はやっと心から笑えた。煙草初心者が誰でも通るメビウスのパープル、一ミリを口に咥えて、火をつける。諏訪さんが教えてくれた銘柄。
 彼の真似をして壁に背中をくっつけると、初めて何かに気づいたかのように彼は私をじいっと見つめた。私の頭と自分の体を何度か見比べた後に、その違和感に気づいたのかぽっかりと口を開く。
「お、何かお前、今日身長高くねーか?」
「これ」
 メンソールの爽快感と僅かに感じるガムみたいなぶどう味を噛み締めながら、足元を指さす。さっきまでのことをすっかり忘れたように、素直に私の足元を見下ろす諏訪さん。何だか小さな子供みたいで可愛く思えてくる。負の感情を引きずらない、そういう切り替えの早さが、私が彼のことを好きなところでもある。
 圧倒的な存在感を放つサイドゴアを持ち上げると、諏訪さんは大きく目を開いて「おー」と歓声みたいなものを上げた。多分、見るのも初めてなんだろう。
「お前すっげえなあ。こんなの履いて歩けんのか」
 おっさんくさい感想を述べながら、諏訪さんはまじまじと私の靴を見つめる。ツヤツヤとした爪先は、毎週欠かさず丁寧にクリームを塗って磨き上げているおかげで、見下ろしている諏訪さんだけじゃなく、喫煙室を映し出していた。
「蹴られたらめっちゃ痛そうだな、それ」
「そーだよ、気に入らないこと言う奴いたら、すぐ蹴ってやるんだからね」
 ブンブン、と振り回しながら踊るように空中を切り裂く。力強くそう言ってはみたものの、ただの虚勢でしかない。
 どれだけ気張って『外野は蹴り倒す、好きなものしか身につけない』とか言っていても、こんなことで離れる友達なんて本当の友達じゃなかったんだと言っていても、傷つかない訳じゃない。どうしようも無く弱くて、それでも自分でありたいと願う自分自身を、私は守っているだけだ。
 この靴は「強くありたい」という私の願いの象徴だ。この靴で何もかもを薙ぎ倒して、私は自分の進みたい道を切り開く。そういう意志を込めたものだということは、誰にも言っていないんだから伝わる筈もないんだけど。
 足をぶらつかせながら靴を見つめていると、勢いよく煙を吐き出す音が降ってくる。
「おー、そりゃいいわ。ついでに風間のことも蹴り回してやれ」
 そう言って、諏訪さんは高らかに笑う。すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けると、もう一本煙草を取り出した。そして今度は有無を言わさず、私の手からライターを奪い取る。慣れた手つきで火をつけると、満足したように煙草を燻らせた。
 私のことを否定しない、変な評価もしない。ただそのままに泰然と受け止めてくれる。ぼうっとした顔をして天井のシミを見つめているこの人が、かなりの曲者だということを私は知っている。人のことなんてどうでもいいと世捨て人みたいな風を装いながら、本当は誰よりも情に厚く人を育てることに熱意を持っていることも知っている。
 SNSなんていうものとは遠い世界に生きている諏訪さんには、窓枠なんて存在しない。窓も壁も全部ぶち破って、そこにいる私を見てくれる。
「諏訪さん、こういう靴履く人のことどう思う?」
「お前、そういうの気にするヤツだっけ?」
 片眉を持ち上げて訝しげに私を見ると、持ち上げられた片足に視線を滑らせる。黒いブーツがぎらりと光った。困ったように刈り上げになっている後頭部を掻き回すと、言葉にならない唸り声を漏らす。
「うーん。何とも思わねえ、俺はぜってえそれ履いて歩けねえなって、そんだけ」
 豪快な笑い声と一緒に、今日一番濃い煙が吐き出される。サイドゴアを履いた自分を思い浮かべたようで、腹を抑えて大笑いした。手元が揺れて舞い落ちた灰が、太ももに落ちて、「アッツ!!」と嘘みたいな大声を出して飛び上がる。
 見せたいところだけを見せられない現実で、諏訪さんは飾らない言葉で、飾らない自分でそこにいる。何故だかたまらなくなって、私は溢れ出しそうな涙を堪えるように上を向いて煙草を口元に持っていった。諏訪さんのそれより、遥かに薄い煙が立ち上って、排気口に吸われ、消えてく。
 いつしか靴の重みも感じなくなっていた。九センチのサイドゴアは、私にとっては解けない魔法で造られた、シンデレラのガラスの靴だ。あなたに見つけてもらうのを待つんじゃなくて、皆に魅力を見出してもらうのを待つんじゃなくて、自分であなたに会いにいく。自分で自分の魅力を創り出す。
 窓を蹴破って、ガラスを踏みしめて。こんな広いようで狭いところから抜け出して。私はあなたに会いにいく。好きだと思ったから。理由なんてそれだけ。
カット
Latest / 120:55
カットモードOFF
56:04
南天 なる
ハートありがとうございます🙇‍♀️
66:47
南天 なる
💓ありがとうございます🙇‍♀️🙇‍♀️
119:28
南天 なる
とりあえず終わりました!ありがとうございました🙇‍♀️
チャットコメント
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
9センチのサイドゴアで蹴り倒す恋
初公開日: 2022年01月14日
最終更新日: 2022年01月15日
ブックマーク
スキ!
コメント
wt諏訪夢
【腐】人外オス×人間男の話
上半身人間下半身蛇の怪物と、怪物を討伐しようとしていた人間の話。昔書いていたものを引っ張り出して直し…
なべいと