「来年もこうやって一緒にいられるかなぁ」
 零れるように、同時にどこか私に聞かせるような物言いの呟きだった。
 そろそろ次に行こうか、モールを出て手をつなぎながら移動しているさなかのことだった。
 巨大モールができてからというもの、年々寂れつつある商店街にも、クリスマスの時期はかつての賑わいを取り戻している。モミの木で作ったツリーやあちらこちらの飾り付け、イルミネーションが、ささやかながらも非日常を感じさせ、心を浮付かせる。
 まだ陽は沈んでいないながら、空を雲が覆っているものだから、どこか世界の明度は低い。そんな中で見下ろした先にいる侑は、イルミネーションに照らされて輝いていた。
「どうしたの急に。なにかあった?」
「なにかあった、っていうか……あるじゃないですか、確実に」
 分かってくれないの、とばかりに侑はむすっと頬を膨らませる。寒さからか侑の頬は赤らんでいて、それが膨らんでるものだから、まるで林檎のようだった。かぶり付いたら美味しそうな熟れっぷり。
 それはそれとして。なんというか、気が早いというか。でもその子供っぽい嫉妬もかわいい。
「侑。未来は未だ来たらずって書くんだよ?」
「いやそういう心配じゃなくて――いやそれもあるにはあるけどさ――燈子先輩だけ先に行っちゃうから」
 あぁ、なるほど、そっちのことか。
 視線で先を促すと、侑はその内心をぽつぽつと打ち明ける。
「これまでだって先輩が忙しくしてたのに、来年になったらもっと忙しくなるし、こうやってクリスマスを一緒に過ごせるのかなぁ、って」
「それを言ったら、来年は侑が受験じゃない」
「そりゃあそうですけどー」
 そうじゃない、とばかりに侑はますますむくれ上がる。
 たった二ヶ月の差。それが一学年という大きな壁になって、私と侑を隔てている。あと十年もしない内に意味をなくす程度の壁だけど、今はそれがあまりに大きい。
 そこへの不満は私にも、きっと侑にもないだろう。そのおかげで私たちは出会えたのだから。
 ただ、そこにあるとすれば。
「不安? 寂しい?」
 私がそう差し向けると、侑はぱちくりと目をしばたかせて、ゆっくりと頷いた。
「……そうですね。不安。前は実感があんまりなかったのかも。これまで一緒にいるのが当たり前だったのに、いざ少し離れてしまう日が近付いてくると、いやだなぁ、寂しいなぁって思う」
 私の言葉がしっくりきたらしい。考え込む顔をして、侑は何度か頷きを繰り返す。
「なんていうか、一緒に変わっていきたいのに、私のいないところで先輩が変わっていくのを見てしまうのが、いやなのかも」
 果たして侑は自覚してるのだろうか。想いを紡ぐごとに、つないだ手に力が込められていることを。
 離したくない、と思ってくれてるのだろうか。そうだったら、嬉しい。
「一緒にいれば、そういう不安はない?」
「あー……」
 お店の中に入って、予約の旨を伝えてから発せられた私の問いかけに、侑は思うところがあったらしく、すぐに唸った。
「変わるってことには変わらないよ。だから関係をつなぐのって、どうあったって努力するしかないんだ。離れてても一緒に暮らしてても。怠ってたら段々と疎遠になってしまう」
 だから。私は強く握り返す。
 私だって、侑を手放したくなんてないから。
「でもさ。そう努力するのは、嫌々することもあるだろうけど、やっぱり好きだから努力したくなるんじゃないかな」
 好きだから、受験勉強の合間を縫って、市民劇団の練習や公演のあとでさえも、生徒会が終わって待つことになっても、会おうとする。いっときの逢瀬であったとしても、そうするだけの価値がある。
 会いたいんだ。君に。
「だから、さ。私が侑を好きで、侑が私を好きでいてくれたら、きっと大丈夫」
 歩きながらそう笑うと、外と暖房の入った店内との寒暖差からか、侑の頬はますます赤くなっていた。
「ほんとかなー」
 しおらしいな、と思ったら一転、がちゃり、と部屋の扉を開けながら、侑。
「な、なんで?」
「燈子先輩、割と勝手な信頼でそーゆー努力怠ったりするもん」
 う、と言葉に詰まる。そういう自覚はあるから言い返せない。
「う、うー。努力します……」
「第一さぁ」
 コートを脱いでハンガーにかけながら、侑は言葉を続けた。
「いくらタイミングがないからって、後輩をこういうとこ連れ込んだりしてさー」
「だってクリスマスだよ?!」
 私は思わず反論する。想定よりも声が出てしまったけれど、隣から壁ドンの気配もない。流石、防音個室を謳うだけはある。
 そう。私たちはネカフェに来ていた。
「仕方ないじゃないですか。両方実家住まいなんだし。未成年なんだし」
 呆れたように侑は正論を並べる。
 でもでも、仕方ないじゃん! 折角のクリスマスだよ? 好きな人と一緒にいる日だよ? したいじゃない、そういうの!
 たださえ普段からそういうのはできないのに。どっちの家にも誰かしらいるし、いなくてもゆっくりとした時間取れないし、じゃあ生徒会室でと思っても侑にお預けされるし、カラオケは安心してできないし、できる場所もないし。
 ここなら防音だし、邪魔も入らないし、なんとシャワーも借りれる。
 なんにせよよくないのは確かだけど。でもいい加減私も我慢の限界なのだ。
 侑の体に触れたい。触れ合いたい。侑の声を聞きたい。
 だから、仕方ないなぁと容認したくせになおも正論を吐き出す憎たらしくも愛らしいその口を、私は自分の口で塞いだ。
 一瞬の体の強張りと抵抗の震え。でも私は侑を離さないように抱き締める。強く。強く。
 一分、二分。私はゆっくりと唇を離した。
「なぁに、侑はしたくないの?」
 熱い吐息を吐くと、侑は顔を真っ赤にして目を逸らした。
「……ばか」
 ……ああ。
 これからのことを考えると、久し振り過ぎて血がどくどくと湧き立ってる。体が熱い。暖房が利き過ぎてるのかもしれない。
「だから、さ。来年はウチに泊まりなよ」
 侑もこんなに赤いんじゃ、熱いだろう。だから仕方なく、私は侑の服に手をかける。
「汚部屋じゃなければいいですけど」
「侑が来るならちゃんと片付けるって」
 はらりと露わになった玉のような肌に触れる。侑の体が跳ねる。
 やっぱり体温差なのだろうか。いつもよりは温かいけど、ひんやり感は残ってる。
「じゃあ、来年楽しみにしてる」
「私も、楽しみにしてるよ」
 熱の籠もった視線を交わして、私たちは改めるように唇を重ねる。
 触れた肌からは、とく、とく、と、高鳴る脈が感じられた。
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