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通路の突き当りまで特に罠もなく進むと、大きな扉が待ち構えていた。横にはその扉よりも大きな人型の石像が立っており、斧を交差させて扉を守っている。
手前に立札があったので、書いてある文字を読んだ。
「”蠍の神の祭壇。許可のない者入ること許さぬ”だって」
「想定内だ。臨戦体制をとれ」
スピカの掛け声に全員がピリっとした空気を纏う。そして、スピカは躊躇なく扉まで歩みを進めた。扉に手をかけた時、石像が動いた。
その大きさと重さからは想像がつかない速さで、斧をスピカめがけて振り下ろす。しかし、スピカはそれを大きく後ろに飛びのいて躱した。
「メ―メ―! 盾になって!」
ヘレが大きな声を出して手を前に翳す。腕輪が光を帯びクリーム色の仔羊が飛び出した。同時に敵の攻撃がヘレに襲い掛かる。しかし仔羊が大きく変化し、斧をもこもこの気で受け止めていた。なかなか斧を引き出すことができず敵は右往左往している。
「え、すごっ!?」
「でしょー! 私の近くにいれば守れるんだからね!」
俺の驚きの声に、ヘレが胸を張ってブイっと指を二本立てて誇らしげに言う。そんなよそ見してて余裕だな。
斧が抜けずにいる石像へアルディさんが近づく。そして、おもむろにその足を掴むと、一気に引っ張った。巨体はアルディさんの力になすすべもなく大きな音を立てて後ろへと倒れ込む。
「アルディさんもすごい……」
「アルディの加護は身体強化だからなー。つまり、力技が得意なんだ」
レグルスの説明に、だからさっきレグルスは床に埋まったのか。と納得した。
「レグルス~、減らず口は閉じて~、さっさとーとどめをーさしなさーい」
「お、おう!」
アルディさんがレグルスを睨みつけると、レグルスは体をこわばらせて大きく返事をした。その後すぐにレグルスの身体が大きく膨れ上がり、金色の毛深い動物――獅子へと変貌を遂げた。咆哮をあげ、その鋭い牙で石像を噛みくだく迫力。
獰猛さに息をのんだ。
「なんだか、動物がじゃれてるみたいでかわいいよね」
ヘレがふふっと微笑ましそうに笑うが、ヘレの感覚がわからない。どう見てもコワイんだけど。
こっちの方でばたばたとしていれば、もう一体の石像が崩れる音が響いた。視線を向ければ、スピカがすでに石像を動けないほどに斬り刻んでいた。
「そっちも終わったか」
「ええ~、思ったよりも弱かったですわね~」
俺が何もしないまま、戦いは終わった。うん、この面子なら俺は必要なさそうだ。心強い。そう思うことにした。
「よっし、行くか!」
レグルスの掛け声に俺は気持ちを切り替えた。
ついに蠍の神に会えるのか……。どんな人だろう? 広場にあった銅像のままだったりするのかな? あの声の人……なのかな?
鼓動が早くなって、疑問が頭の中を回る。
レグルスがスピカの隣まで歩き、扉に手をかける。そして、ゆっくりと扉を開いた。
扉の向こうで待ち受けていたのは、祭壇の上に座る妖艶な美女――銅像がそのまま出てきたような美しい女性だった。蠟燭の炎に照らされた褐色の肌は妖しさが漂い、漆黒で艶のある長い髪は金の装飾によって美しさをいっそう際立たせていた。人を魅了する気品はあるが、銅像より幼さを纏っているようにも思えた。
彼女は足を組み、椅子のひじ掛けをつかって頬杖をつきながら俺たちを見下ろし、一人一人視察していく。
「よくぞ、ここまで来たのぅ」
楽しそうに孤を描いた笑みに、思わず目を奪われた。綺麗だ……。
「貴方が蠍の神……なのか?」
動揺するスピカの声で、はっと意識を戻される。思考が止まっていた。
それにしても、スピカが冷静さを失うなんて珍しいな。
「うむ。そうじゃ。やっとわしの元に来る気になったか?」
蠍の神の返答にスピカはきゅっと口を引き結び、彼女を凝視する。
「……いや、前にも言った通り私は乙女の神に忠誠を誓っている。他の者に誓うことはない」
「つれないのぉ。わしはこんなにも傷つき憔悴しているというのに」
蠍の神がふぅっとわざとらしくため息を吐き、視線を逸らす。スピカは彼女の行動に目を揺らし、喉を鳴らした。
「私のせいで引きこもったのか……?」
「そうじゃ」
スピカのぎこちない質問に、蠍の神は口端をあげて応えた。スピカは押し黙ってしまう。
言葉を聞く限り、二人には面識があるみたいだ。しかも、その出会いは蠍の神が引きこもった原因で、ようするに蠍の神を振ったのはスピカ……ってこと?
「さてさて、責任をとってもらおうかのう」
「何をすればよいのでしょうか……」
「なぁに、少しばかりわしの退屈に付き合ってもらえればそれでよい」
蠍の神がにやりと笑い、手元の椅子のひじ掛けをすっと撫でた。
「きゃっ!」
悲鳴があがった。隣にいたはずのヘレの姿がない。え、なんで?
「アスク、動くな! お前まで落ちるぞっ」
レグルスに肩をつかまれて数歩後ずさる。遅れて言葉の意味を理解し、ヘレが立っていた足元へ視線を向ければ、ヘレが居た場所はぽっかりと黒い穴が開いていた。
ヘレの身が危ない。ぞっとしてレグルスの手を振り払うと、穴へ駆け寄る。しかし、穴は俺の目の前で閉じてしまう。石の床にしか見えないそこを必死に手で探るけど、穴があったことすらわからない。
「無礼を承知でお伺いしますけど~、蠍の神様が~なぜこんなことをするのですか~?」
アルディさんがスカートの裾をもって頭を下げつつも、蠍の神に丁寧に聞く。俺も答えを聞きたくて、顔をあげた。
蠍の神はふっと鼻で笑うと顎をあげて、蔑む様にこちらを見下ろす。
「簡単な話じゃ。わしは今、飽きておる。わしのモノにならんと言うなら、そなたたちはめいっぱいわしを楽しませよ」
蠍の神はそう告げると立ち上がる。祭壇の後ろへ去ろうとしているのを察し、スピカが追おうとして地面を蹴った。だけど、祭壇の前で鉄格子が降ってきて思わず足を止める。
「あのオナゴと、最奥で待っておるぞ」
「待ってください!」
一言を残して姿を消す蠍の神に、スピカは躊躇なく剣を抜く。
「おい、お前こそ待て!」
レグルスの言葉が終わる前にスピカが鉄格子をめがけて剣を振りかぶり、バチっという大きな音と共に火花が散った。
「――っ!」
スピカがすぐさま後ろへと退く。カランという音が響きスピカが剣を落とした。
「スピカ!?」
「……剣が触れた瞬間に痺れが走っただけだ」
小刻みに震える手を見ながら、スピカは眉間にしわを刻む。
「痺れたくらいなら大丈夫だな。でも、力づくで通ろうとするのは危険だぜ」
レグルスは剣を拾うと彼女に手渡した。スピカは手が動かせるようで剣を受け取り腰に差す。大丈夫そうでよかった。
「ではどうすれば蠍の神を追う事ができる? ヘレが落ちた穴から追えるのか?」
「いや、そっちの穴も危険。鉄格子の解除方法があるはずだから、ちょっと待っててくれ」
レグルスは鉄格子ではなく、端の壁の方に歩み寄り何かをし始めた。近寄ってレグルスの手元を見れば、壁に手を付けて少しずつ移動させている。
「レグルスは一応~、探索者を生業にしてますのよ~」
「トレジャーハンターな!」
探索者もトレジャーハンターも同じ職業だったはず。たしか海とか山、遺跡とかに遺された財宝を探す職業だっけ。危険が付きまとうらしいから、俺の星ではそんなにいなかったけど、昔話では冒険者とかそういう呼ばれ方もしてた気がする。
「見つけた宝より~借金の方が多いですけど~、腕はたしかですわ~」
「んん、褒めてんのか貶してんのか……っと、あったぜ」
レグルスが一点で手を止めた。するとゆっくりと壁がへこみ、がこっと言う音がする。その後、大きな音を立てて鉄格子が上にあがっていった。
「さすがだな、レグルス」
「すごっ。ここ他の壁と全然変わらないように見えるのに」
押した壁はレグルスが手を離してしまえば、もう元通りだ。俺には全然そこが押せる場所には見えない。
「ふふん、慣れてるからな。感触でへこみというか切れ目というか、そういうので判断できるんだ」
「へぇー……」
レグルスの言葉に触ってみるけど、全然わからない。すごい、これならほかの罠もレグルスは解けるかもしれない。期待が沸き上がって、彼に問いかけた。
「なあ、ヘレが落ちた穴は出せないの?」
「あー、開くとは思うけど、たぶんそこから落ちても追いかけるのは難しいと思うぜ?」
「なんで?」
「このピラミッドは蠍の神のが熟知してるだろ? だから、穴に落ちて追いかけられるようにはしてねぇと思う。っつーか、むしろやばい罠が新たに設置されてる可能性のが高い」
「そっか……」
ヘレを助けるには、蠍の神の言葉に従って最奥まで行くしかないらしい。
レグルスが慰めるように俺の肩を叩いた。それから仕切りなおすように、スピカとアルディさんを見る。
「で、鉄格子は開いたから蠍の神を追いかけることは可能だけど、どうするんだ?」
「いや、もう追いつかないだろう。まずは作戦を立てる」
「ここから先は慎重に行きませんと~、ヘレさんを助け出すどころか~、こちらが危ないですわ~」
アルディさんとスピカの意見は一致していた。
一刻も早くヘレを助けに行きたいけど、ここから先は未知数だ。怪我をしてヘレのところに行けたとしても、それはそれでヘレに怒られると思う。
スピカたちならいい案を思いつくかもしれない。俺が頷くと、レグルスが話をまとめた。
「んじゃあ、地図を見ながら作戦会議だな」
――ピラミッドの階を下へ下へと降りた奥の奥。蠍の神は自身のためにしつらえた部屋で、ヘレと対峙していた。
ヘレの手首は縄で縛られて、牡羊の加護が入っている腕輪は蠍の神の手で弄ばれている。
「やっと起きたか、寝坊がすぎるのぅ」
「……どうしてこんなことをするんですか?」
数段上に座って見下ろしてくる蠍の神に、ヘレは戸惑いながら問いかけた。先ほど、なんの前触れもなく穴に落とされ、気が付けば手首を縛られていた。蠍の神の意図がヘレにはまったくわからない。
蠍の神はヘレの質問にじっと視線を返したかと思えば、にっと口端をあげてはっきりと応えた。
「お主が気に入らなかったのでな。暇つぶしじゃ」
「え? わ、私、何か失礼なことをしたでしょうか?」
顔面を蒼白にさせたヘレに、蠍の神はさらに愉しそうに顔を綻ばせた。
「無自覚じゃのぅ。しかし、そういう顔はなかなか見どころがあるわ。くふっ、ふふ、とても愉快じゃぞ」
蠍の神はヘレに近づき、その顔をまじまじと見ると耳元へと口を寄せた。
「お主が心底嫌いじゃ。何よりの理由じゃろう?」
「――っ!」
きつく宣言された言葉に、ヘレは目を見開き驚きを隠せないでいる。嫌悪がヘレに突き刺さり、本気なのだと告げている。ヘレは自分が何をしたのかと戸惑い、疑う。しかし、どうにも答えは見えてこずに、胸の奥底に重い闇が渦巻く。
「さて、わしはこれからお気に入りの様子を見るのでな。邪魔はしてくれるな、厚顔なオナゴよ」
蠍の神はそう言うと再び椅子へと腰かけた。そして、ゆっくりと目を閉じる。
「…………」
ヘレは蠍の神の侮辱の言葉を受け、心を決めた。「逃げ出そう」と。アスクやスピカが助けに来る前に、みんなが大変な目に合う前に。
祭壇の奥にあった階段を下り、次の階へと到着する。
そこはきらきらと輝く黄金や宝石が山のように置いてある宝庫だった。
「うわぁ……すごい」
右を見ても左を見ても、違う色、形の宝石の数々。すごいとしかいいようがない。
「蠍の星自体が宝石の宝庫だからな。ピラミッドにたくさんあるのは当たり前なんだが、あふれるくらいあるのにはびっくりだぜ。ひとつくらい持ってっても……」
うん、わかる。この赤い宝石とか、触り心地もつるつるしてる。
「あら~? 学習能力ないのかしら~?」
「あるよ! こういうのは触れただけで罠が発動して、内部が崩れたりするわ! 知ってるっつーの!」
「え、そうなの?」
レグルスの言葉に驚いた。いま、俺……触っちゃったんだけど……。
「アスク、おまえ……」
レグルスの呆れ声と一緒に、俺の腕は後ろに引っ張られた。次の瞬間、目の前で杭がドドドっと降ってきて、地面に深く突き刺さる。
え、こわっ。額にじんわりと冷たい汗がにじむ。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう、スピカ……」
「無事なら構わない。何がきっかけで罠が動くかわからないからな。レグルスとアルディに従おう」
「そうだね」
「じゃあ、俺が通った後を通ってきてくれ。なんにも触るなよー?」
レグルスとスピカに頷いて返した。早々に間違った俺は、おとなしくレグルスの後について歩く。黄金の山をいくつか越えていけば、装飾が施された大きな扉へとたどり着いた。
「んー、地図的にはこの扉が一番安全なんだが……」
「どうしたの? 扉開かない?」
「いや、開くことは開く。この窪みが4つあるだろ? ここに、条件にあった宝石を嵌めると開く仕組みだ」
「この中からその4つの宝石を捜すというのか?」
「そういうこと」
「えぇ? でも触ったら、さっきみたく罠があるんじゃないの?」
「そうなると虱潰しに調べるにはいかないだろうな」
スピカと顔を見合わせて、レグルスを見る。彼は困ったように頭を掻き、ちらっとアルディさんに視線を投げた。
「あらあら~。どうしますの~?」
「白々しいよな、ったく。お前わかってるだろ?」
「あら~? はっきりと言ってくださる~?」
「扉に嵌める宝石以外は偽物の宝石ってことだよ。わかるだろ、本物」
「ええ~、当たり前ですわ~。輝きが違いますもの~」
頬を引きつらせるレグルスと、にっこり笑顔のアルディさんは対照的だ。どうやら、扉を開くのはアルディさんがいれば簡単らしい。お願いするのがイヤだったのか、レグルス……。
「それで~、お願いしたいなら~、きちんとしてくださいませ~?」
「ぐっ……お願いします、アルディさん。宝石4つ捜してきてください」
アルディさんの言葉にレグルスは膝をつき、頭を下げた。
「よろしくってよ~」
彼の様子に満足そうに眼を細めると、アルディさんは迷いもなく歩き始める。銅像にかけられたネックレス、甲冑の腕に埋め込まれた宝石、天井に吊り下げられているランタンの飾り、別の扉の持ち手についている宝石をさっと取っていく。そのあとにすごい音が何度もしているが、モノともせずに戻ってきた。
「レグルス~、手早く宝石を埋めて扉を開きなさい~」
「はいはい」
先ほどまできらびやかだった宝庫は、ところどころ煙を上げて悲惨な状態になっているにも関わらず、誰も気にしてない。すごい。
レグルスが宝石を扉にはめ込み思い切り開けば、
「うわっ」
真っ黒い無数の何かが奥から飛び出してきた――。
蠍の神は閉じた瞼の裏に浮かぶ光景を眺めていた。
彼女は化身を蠍に変えて星やピラミッドの中に配置しており、その化身が見ている光景を自分に伝えさせ、状況を把握しているのだ。
「……どうやらあやつらはレプリカの宝庫に入ったようじゃな。他の扉はすべて過酷な罠を設置してあるが……どうやら唯一安全な扉を使うようじゃ」
周りにも聞こえるように話すため、ヘレも彼女がアスクたちの現状を見ているのだとわかった。どうやらみんな無事らしいということに、ヘレは安堵する。
「……あいつらは邪魔じゃのぅ」
蠍の神のいつもより低くなった地を這うような声が、はっきりとヘレの耳に届いた。
「絶望と困惑……苦難を乗り越えてこそわしのところに到達するにふさわしい。それが、こんな簡単にこなせてしまっては面白くもなんともないわ」
蠍の神を目を開けると立ち上がった。
「少しばかり出かけてくるのでな、おとなしく待っておれ」
ふんっと鼻を鳴らしながら告げると、縛ったままのヘレを残して蠍の神は部屋を後にした。
レグルスが扉を開けると、真っ黒い無数の何かが奥から飛び出してきた。思わず声があがり、後ろに1,2歩下がる。
「ぐっ……蝙蝠かよ」
飛び去った影を目で追ってレグルスがため息交じりに正体を口にする。小さな黒い個体は、暗い場所に住み着くと言われる蝙蝠だった。蝙蝠たちは飛び出したあと、宝物庫の天井を慌ただしく飛び回っている。けど、、敵意は見られない。
「真っ暗だな。うわ、カビと埃くせぇ……」
「蝙蝠の巣になっていたようですわね~。長年開けられていなかったのでしょう~」
「地図によれば、この長い廊下を抜ければ下りの階段があるはずだ」
レグルスが扉の奥を覗き込んでからそっと中へ足を踏み入れた。
「まー、そう簡単に行けるはずないよなー」
「やはり罠があるのか」
「一番安全とはいいましても~、一筋縄ではいきませんわね~」
レグルスがランタンに光を入れて廊下を照らす。すると、垂れ下がっている斧刃や、地面からむき出しになっているギザギザの半円の刃がぎらりと光を反射する。
これで安全な道って、他はどうなってるんだよ……。
「うわっ、ナニコレ……」
そういうのが精いっぱいだった。見えている罠? に尻込みしてしまう。
「ある一定まで近づくとたぶん動き出すぜ。どこかに動きを止めるスイッチとかあればいいんだけどな」
レグルスはそういいながらゆっくりと壁や床を調べていく。レグルスが調べた場所は安全ということで、アルディさんに手招きされて俺とスピカも廊下へと足を踏み入れた。
「すべて斬り伏せて進むのは、どうだろう?」
「力技は最後の手段な。下手すると崩れる」
「そうか」
スピカの提案はあっさりとレグルスに止められる。罠についてはレグルスに一任するつもりらしく、スピカもそれ以上は言わなかった。
それにしても、ピラミッドの中は本当に罠だらけだ。
「ヘレ、大丈夫かな……」
「心配だな。しかし、ヘレは強い。彼女ならきっと上手く立ち回るだろう」
「うん……」
そうだ。ヘレならきっと大丈夫だ。もしかしたら蠍の神と仲良くなってるかもしれないし。
「あの声の人、どこにいるんだろう」
「誰のことだ?」
「あ、ピラミッドに入るときに声が聞こえたんだ。とても寂しそうで……蠍の神かと思ったんだけど、さっき会ったときに本人かどうか聞けなかったなぁって」
「寂しそう、か……」
「スピカって、蠍の神と会ったことあるんだよね?」
「ああ……あの時は蠍の神だと知らなかったがな」
「どんな感じだった?」
さっきの蠍の神の様子があの声の人と似ているかと言われれば、似ていない。けど、どこか引っかかって仕方がないんだ。
「どんな……そうだな。自信に溢れ、人々に囲まれていた。一際目立ち、人の目を奪うお方だったな。今よりももっと明るく溌溂としていらっしゃった」
「じゃあ、やっぱり寂しいとは無縁の方なのかなぁ」
「……どうだろうな。私が先ほど感じたのは鬱憤だった。私が断ったせいかとも思ったが、あれは誰に対しての鬱憤だったのかわからなかった……」
スピカが考え込むように口を引き結ぶ。それ以上、話は進みそうにない。
「話は終わったか? こっちは罠の解除が終わったぜ」
「あ、うん。大丈夫。ありがとう、レグルス」
「じゃあ、俺の歩いた場所を外れないようについてきて――」
ぼとっと大きな塊が降ってきた。レグルスも息をのんで落ちてきたものを凝視した。
「蠍……?」
ランタンの光に照らされて黒光りするそれは蠍で、認識したと思ったら視界の端に次々と同じ塊が降ってくる。
「動くなっ!」
レグルスが俺たちに指示を伝える。動けば、壁に、天井に、床にひしめく蠍に触れてしまう。
「ちっ、生き物ってところが厄介なんだよ。アスク、灯りを持っててくれ」
ランタンを受け取る。レグルスは開いた両手で、荷物から布と棒を取り出して松明を作り上げた。
「スピカ。お前たちの荷物にも似たようなの入ってるだろ。同じように作れ。生き物だ、火にはさすがに近づいてこない」
スピカはレグルスに倣って松明を作り、蠍へと向ける。たしかに威嚇をしながらも後ずさりしていく。
「……道からズレたら相当危なそうだ。アルディ、手」
「わかりましたわ~」
ぴりっとした雰囲気に、アルディさんは差し出されたレグルスの手を取った。それから俺に手を伸ばしてくる。
俺がアルディさんの手を取る前に、闇からカツカツという音が近づいてくる。松明の明かりを掲げれば、褐色の肌が覗いた。
「蠍の神――!」
「やれやれ、まさかわしの家でいちゃつかれるとはのぅ。頭にくるわ」
蠍の神は目を細め冷え冷えするような視線をレグルスたちに向ける。
「どこをどうみたらそうなりますの~? あなたがこんな意地の悪いやり方をしなければ~、わたしだってレグルスの手なんかとりませんわ~」
アルディさんが敵意を返す。それに蠍の神はふっと笑い手をアルディさんに向けて掲げる。
「ふ、ふははは! いい度胸をしておるのぅ。しかし、わしは意見されるは嫌いじゃ。少し黙っておれ」
「アルディ!!」
レグルスがアルディさんの腕を引き、自分が前に出た。鋭い針がレグルスの肩に突き刺さる。
「ぐっ」
「このお馬鹿~!!」
後ろに倒れ込むレグルスをアルディさんが支える。
「蠍の神! 今のは!」
「毒じゃ。これでしばらく動けんじゃろう? まあ、早く解毒せんと命の保証はできかねるがのぅ」
「どうして、そんなことを……?」
楽しそうな蠍の神の表情に、俺は冷や汗が滲んだ。手が恐怖でかじかんで、口の中がからからになる。やっと絞り出せたのは単純な疑問で。
「わしがお主たち二人を気に入っておるからじゃ。解毒、捕らわれたオナゴ、わしを追いかける他はなかろう?」
追いかける他ないって、気に入ってるならこんな追い詰めるようなことするか? 蠍の神の考えてることがわからない。
「待っておるぞ」
それだけ言うと、うっすらと見えた褐色の肌は暗闇の中に消えた。
蠍の群のせいでスピカも思うように動けない様子で歯噛みしている。
「……スピカさんー、アスクさんー、二人はこのまま先へ進んでくださーい」
「アルディさん……?」
「蠍の神の狙いは~、どうやらお二人のようです~。わたくしが行っても先ほどの二の舞になりかねませんので~。わたくしは~、レグルスを地上へ連れていきますわ~。用意してあった解毒剤で~、症状の緩和はできましたが解毒まではいきませんし~。地上にいけば他の解毒剤が効くかもしれませんので~」
レグルスを膝にのせて彼の額の汗をぬぐいながら、アルディさんははっきりと自分の行動を伝えてきた。
「わかった」
「罠は動作はしませんが~、蠍のせいで刃などが見えづらくなっている箇所もありますし~、力業の出番ですわ~。ですが蠍には毒がありますから~、十分に気をつけてくださいませ~」
「ああ、そちらもな」
アルディさんは自分とレグルスの荷物から解毒剤や必要そうな荷物を一つにまとめ、俺に託してくれた。
「では~、レグルスを医者に預けたら~わたくしも追いかけますわ~」
「ああ、頼む」
アルディさんはレグルスを片手で抱え上げ、もう一つの手で松明を持つと蠍を蹴散らせてもと来た道を戻っていった。
「……蠍の神は、なんで俺たち二人に追いかけてきてほしいんだろう?」
スピカから松明を受け取り、蠍を追い払いながら話しかけた。
「わからん。直接あって話を聞くしかあるまい」
スピカは端的に答えると剣を抜いた。そして、剣を振るう。風圧で蠍が、設置されていた罠が、奥まで吹っ飛んでいく。
「蠍の神は……話してくれるかな?」
「私には難しいかもしれない……しかしアスク。お前ならできると私は思っている」
「俺……?」
俺に何ができるんだろう? 疑問に思うも、考える暇もなく、スピカが駆けだしたので、それについていく。吹っ飛ばしては廊下を駆け、それの繰り返しで先へと進んだ。