「あーっ」
おおよそ女子が上げるのに相応しくない悲鳴が上がった。
ゲーセンは騒々しいと言っても、その声を聞き逃すのは俺には無理だった。
「どうした?」
ちょうど切りよく終わったシューティングゲーム――なお結果は三面でのリタイアだった――の画面から振り返ると、小糸がクレーンゲームの前で膝から崩れ落ちるように項垂れていた。
「これアーム弱すぎ!」
文句を垂れながら小糸はぺちぺちと筐体を叩く。物に強く当たれない辺り、菜月の奴とは全然違う。
まぁクレーンゲームじゃよくあることだ。俺は金が無駄になるとしか思えなかったから、あんまりしたことないけど。
「おーおー、どれ狙い?」
「あれ。ビッグメンダコ」
そう言って指差す先には、一抱えもあろうかというサイズの海洋生物のぬいぐるみが、玉座に居座るが如き存在感で鎮座していた。
どうにもこの小糸、海の生き物が好きらしい。それもこういう惚けた感じのが。
俺には分からない感性だ。サメとかだったらかっこいいと思うけど、これがかわいいとは思えない。流石に口に出したりはしないけど。
ただ。こういうのを見てる時の小糸は、すごく緩んだ顔をしていて、すごくかわいい。
「ほんとあーゆーの好きなのな」
「でも向こうからは愛してくれない……どうして……」
はー、と小糸は溜め息を吐く。
……なんだかこっちも無性に溜め息を吐きたくなった。
もう薄々と察していたけれど……こいつ、俺のこと全然異性として意識してないよな。
それだけ身近に思ってもらえてるってことではあるんだろうけれど。結局そのままだったらそれ以上の特別な関係にはなれないってことで。
分かってる。それを望むのは俺のわがままだ。今の友達ポジションで満足してないと言ったら嘘になる。でも。
やっぱり、俺は小糸のことが好きなのだ。なんなら野球部なのに――もう引退したけど――野球よりも好きだと言っていい。割合としては野球が四の小糸が六くらい拮抗してるけど、小糸の方が好きだと言い切れる。
それでもそれ以上の一歩を踏み込めないでいるのは、結局のところ、ただ単に告白してこの関係さえも壊れてしまうのが怖いだけ。折角二人で遊びにきてもここまで脈となると無理なんじゃ、とどうしても気が引けてしまう。菜月の奴に「意気地なし」とせっつかれるのも仕方ないだろう。
結局、溜め息が零れ出た。とりあえず呆れの色を濃くして。
「どんだけ突っ込んだんだよ」
「二千円……」
「マジか」
そんなに突っ込むほど欲しいのかこれ? ていうかそこまで苦戦するものなのか。確かに無駄にデカいけど。
「今月厳しいし、諦める……」
また一つ溜め息を吐いた小糸は、名残惜しそうに立ち上がった。確かに時間的にもそろそろ帰る頃合いではあった。
……あーくそもう、喜んだ顔が見たいとか思っちまった。
「ちょっと待ってろ」
そう言い残して両替機にダッシュ。今日の虎の子千円をゲームコインに変えてからとんぼ返り。
戻ってきた俺がヤケクソ気味に筐体にコインを入れたのを見て、小糸が慌てた声を出した。
「いやそんないいよ」
「いーんだよ別に。ちょうどクレーンゲームの気分だったし。あともう入れたから遅いんだなこれが」
「あーもー、せめて一言くらいさー」
落ち着かないらしい小糸はぶつくさ言うけど、それはそれとして成果が気になってこっちをチラチラ見てるの分かってんだぞ。ガラスに反射してるの薄っすらと見えるんだから。
ひとまず一発目。感覚を計りながらボタンを押す。
「……あー」
失敗。きちんと掴めてはいたんだけど、普通に落ちた。小糸が文句を言うのも納得の弱さだ。
こうなるとテク使わないとだめか。野球部のチームメイトがやってるの見てばっかりだったのが今更悔やまれる。聞きかじりだろうとぶっつけ本番でやるっきゃない。男の見せどころだ。
再チャレンジは普通に失敗した。けどそれで辛うじてコツが掴めたから、少しずつ引っかけてずらしていくことができた。他のもずれてったけどご愛嬌。
次で取れそうだ、というとこまできた頃には、残りコインは一枚だけだった。迷いなく投入すると、アームが動き始める。
タイミングを計るべく、息を潜めて目標地点とアームとを視線が行き来していると、不意にガラスに小糸の顔が映っているのが見えた。
小糸は後ろで食い入るように経過を見つめていた。その視線を背中で感じてしまって、一瞬むず痒さが走る。
「あっ」
悲鳴を上げたのはどっちが先だったか。アームは無情にもメンダコを通り過ぎていた。
うぃーん、と音を立てながらアームが降下していく時間がすごく気まずい。
ぼとっ、
「あ?」
「え?」
なにかが落ちた音に、二人して首を傾げる。メンダコはなおも鎮座してるというのに。
景品口から物を取り出すと……えーと、なんだこれ……白くて丸くて潰れてるへちゃむくれみたいなぬいぐるみ? だった。いやほんとなんだこれ。
小糸を振り返る。小糸も目をぱちくりさせながら、俺の手にあるへちゃむくれを見ていた。
「……あー……いるか?」
どうにも格好付かなくて、頬を掻きながら持ち上げてみると、ふっと小糸が噴き出した。
「笑うなよー」
「ごめんごめん。うん、折角だしもらうよ」
そう言ってへちゃむくれを受け取った小糸は、にへらと気の抜けた笑顔を浮かべた。
……あーくそ、かわいいな全く。
「そんなに気に入ったのか、それ?」
「んー、まー、かわいい」
にこにこしながらぬいぐるみをぶにぶにしている。
気に入ったとは言わないか。まぁ結果オーライ、なのか?
とりあえず軍資金も尽きたので、俺たちは大人しくゲーセンを出た。
秋は陽が落ちるのが早い。でもどこかゆっくり見えるのは、現役の時の練習漬けの日々と比較してしまうからなのだろう。
「そういやそっちは進路決まった?」
遅まきながら、気になってたことをさり気なく訊ねる。それに対して小糸は困ったような苦笑になった。
「ん? あー、まだかなー」
やっぱか。相変わらず優柔不断みたいだ。
「そっちは?」
「俺もまだ。今んとこは西高もいいかなーって考えてる」
曖昧に答える。それとなく、同じ高校を志望してくれたらという一縷の希望を込めて。本当は小糸に合わせようかと思ってたけど、この分じゃ合わせるにはギリギリ間に合わなさそうだな。
一応、個人としての本命は西高だ。偏差値は俺でも入れるくらいだけど、野球部は県内屈指の強豪だ。高校も野球をするつもりだから、家からの距離とかも含めてそこに行きたい。
「西高かー。付いてけるの?」
「付いてくんだよ。そのために行くんだろ。今でも練習してんだぞこれでも」
せめてスタートダッシュで他の同学年に遅れたくない。
そもそも俺は体格も恵まれてるわけじゃないし、技術も飛び抜けているわけじゃない。それでも生徒に合った指導で有名な西高の監督の下でなら成長できる気がするのだ。だから今の内に、最低限の基礎たる体力、身体能力はできる限り高めておきたい。
小さい頃からの夢である甲子園出場に、一番現実に即した道だから。
「いーなー。そーゆーのがあるのって」
不意に、小糸は空を見上げた。ちらちらと星が瞬き始めた、夕焼けに燃える空を。
「そーゆーの?」
「やりたいこと。わたし特にないから、進路決められないの」
なるほど。思い当たる節はあった。小糸は最終的に流されて決めることが多い。自己主張しないわけではないから不思議だったけど、そもそもとして自分の中でこれがしたいって形が決まってないのか。
そりゃあ、確かに進路決めるの難しそうだ。やりたいことがなかったら、極論どこでもいいってことだから。
でも意外だな。あんなにソフト練習してレギュラー張ってたのに。一応ウチの女子ソフト、強いとこだったんだけど。
「ソフトはもうしないのか?」
「んー……どーだろ……」
訊いてみてたものの、どうもはっきりとしない。本人も分からないのだろう。
この辺で女子ソフトの強豪と言ったら西高だが、菜月の奴は西高に誘ってないのか?
まぁこっちが口を挟むことでもないだろう。そもそも人のこと言えないわけだし。
「もう十月だぞー。いい加減やばいぞー」
「分かってますー」
からかうと小糸はぶぅと唇を尖らせる。
そうこうしている内に、いつもの分かれ道、遠見駅まで来ていた。
「それじゃ、また明日な」
「うん、これありがとうねー」
そう言って、小糸はへちゃむくれを抱えながら、ぶんぶんと手を振って走っていった。
……また今日も言えなかったな。
臆病な自分にいい加減呆れてしまう。しかし菜月の「当たって砕けろ」を実践するには、どうにもまだ勇気を持てない。
……それは多分、まだ時間があるから。
同じクラスで一緒に過ごす時間。クラスで顔を合わせる度に気まずくなるのは、どっちにとってもいやなことだから。だから現状維持を選んでしまう。
……ほんと振られる前提だな、俺。
はぁ、と溜め息を吐く。
その声を電車がけたたましくかき消す。
小糸の後ろ姿は、もう見えなかった。