ふと、人の近づく気配で意識が浮上する。
不快な気配ではない。
よく知った、心地よい気配。
休日の昼、食事を頂いた後にゆったりとソファーに沈んで、先日購入したばかりの書籍に取り掛かっていたものだったが、どうやら少しうたたねをしていたようだ。
特に何もかけていなかったはずの身体にはブランケット、小脇にはそのブランケットとソファーの背との間に潜り込むように鼻先を突っ込んでいる愛犬——サイズからしてサブローだ。
それであるなら、もう一匹は近づいて来た気配の主の足元か、はたまた一匹で庭を駆けているのか。少なくとも近くでチャカチャカと歩き回る音はしていないようだ。
意識だけがぷかぷかと、温かい液体の中で浮かんで揺られるような気持のよい微睡みの中、身体はまだ思うようには動かない。
「リチャード」
傍らで、そっと。
ゆっくり羽で撫でるような声が落ちてきても、それに言葉を返すことができるほどには乖離した意識と身体は繋がっておらず、顔を上げようとした瞳を覆う白い膜の向こう、周りを縁どる重たい睫毛を揺らすことができたかどうか。
「……寝て、るんだよな……?」
もう一度、静かな声が聞こえる。
先程よりもずっと近い。
反応できずにいるのをどう受け取ったのか。
左の手の中にあった紙の感触が、静かに抜かれて軽くなる。
ああ、手に持ったままだった本を気にしたのか。
そう思うが、本を抜き取られた空の左手はゆっくり彼の両手に掬い上げられたようだった。
初めは人差し指。
ふわり、と何かが触れた。
中指、薬指、小指、親指。
ゆっくり一本ずつ、指の先。
しっとりとやわらかい、温かい感触が触れていく。
最後に、手のひら。
くすぐったいと思ったのに、笑う吐息も彼がどんな顔をしているのか見つめたい瞳も、自分の思いのままには動かない。
もどかしく思っているうちに、また少しだけ持ち上げられた手が、どこかの上に乗った。
何かを撫でさせるように、手が左右に動かされて、ゆっくり下ろされる。
「……よし。ジロー、グッボーイ。洗濯物取り込みに行こう」
遠ざかった気配が窓の向こうで愛犬と笑っている声を聞く頃に、ようやく瞼が持ち上がる。
今手の下にあった感触は、果たしてジローのものだったろうか。
ゆっくり身体を起こして、見つめる左手。
誰かが熱を灯していった指の先。
そこにそっと口付けて、洗濯物を抱えた彼を迎えに行こう。
撫でられるのを待っている、大型犬を抱きしめに。