これで、一体何軒目だろう。
そんなことを考えながら、移動の合間やお茶菓子の買い足しで外に出た時、目についた店をそっと覗き込むことがこの数日で日課になった。
懐を探って眺めた時計は、今少しの猶予を示している。今ならば少しくらいはいいだろう。そう思って入り口のドアを押すと控えめなドアベルの音がカラカラと鳴った。
足を踏み入れた店内は落ち着いた雰囲気で、窓から覗いたよりも奥に広く感じる。輸入雑貨の店なのだろう、店内の入り口近くはシーズン物——この季節らしいクリスマスの飾りが気分を明るくしてくれる。お菓子のギフトのようなものもあって、その奥にはお茶やコーヒーと思われる缶、ティーセットと並ぶ棚を通り越して、足を止めたのはペンやインクや、シーリングなども並ぶその一角。目の前にあるのは、色柄豊富なレターセットだ。
そもそも、こんなところから躓くとは思わなかったのだ。
リチャードに、今年の誕生日プレゼントに『ラブレターが欲しい』と言われた。それに自分は当然『喜んで』と答えたし、書くからにはきちんと気持ちが伝わるように、と思ったのはいい。いいのだが。
『どうやら昔の自分はラブレターなるものをもらったことがあるようだ』
その程度の認識だった自分をぶん殴ってやりたい。
とんでもない。とんでもない話だった。
自分が書こうとして、思い知る。
ラブレターというのは、書く前からこんなにも悩むものだったのかと。
どんなことを書こうか。
どんな言語で書こうか。
どんなレターセットを使えばいいか。
色は。柄は。いっそ無地か。華やかなものの方がいいのか。
伝えたい気持ちを乗せるのに、どんなものが相応しいのか。
文房具売り場も雑貨屋も、様々なレターセットの扱いがある。
よくあるセットは封筒一枚につき便箋二枚の計算だ。
それならば枚数は便箋二枚が相応なのだろうか。
いやそれではとてもおさまる気がしない。
それであるなら便箋と封筒が別売りのものの方がいいのだろうか。
「うう~ん……」
「何かお探しですか」
思わず呻き声が漏れてしまったらしい。いつの間にか近くに来ていた店の方に柔らかく声をかけられて、慌ててすみませんと苦笑する。
「人に手紙を書こうと思っているんですが、レターセットにどのようなものがいいのかと悩んでいて」
うるさくしたようで申し訳ないと言えば、気にした風もなくどんな相手に書くものなのかと聞かれるので、その笑顔についラブレターなのだと答えてしまった。口に出したら妙に気恥ずかしくて、いや、その、と意味のない言葉が転がり出そうになるも、店の方は訳知り顔でうんうんと頷いて商品の棚に向き直る。
「手紙を書かれるのはお客さまですが、そこに込めた気持ちを届けるお手伝いをしてくれるのが便箋だったり、封筒だったり、封蠟だったりするのだと思います。お客さまの気持ちを後押ししてくれるように感じるものを選ばれるのが良いのでしょうね」
「気持ちを、後押ししてくれるもの」
「はい」
リチャードが好みそうなものではなく、自分の。
改めて手を並んだ便箋に伸ばしかけたところで、コートのポケットのモバイルが振動する。慌てて確認すれば、麗しの上司様からのメッセージだ。どうやら少し長居し過ぎたらしい。また眺めるだけでタイムアップになってしまったが、にこりと笑う店の方にお礼を言って店を出る。
本当に、こんなにも書く前の段階で悩むことになるとは思わなかったのだけれど、そのことも含めて伝えればきっとリチャードは笑ってくれるのだろうなどと、一人楽しい想像をしたりして。
それはそれとして、どうせ書き始めても悩むのだから次こそは購入しなくては。
『愛してる』を伝えるための、ものを言わない相棒を。