一方、ピラミッドに残されたアスクは――
レグルスと別れて、俺はピラミッドの中を進んでいた。真っ暗な道をランタン片手にゆっくりと進むが、今のところ何もない。背中にはレグルスの置いて行った荷物が重さを主張していた。
「一本道だよな。迷路になってるとか、罠があるとかって聞いたけど……」
レグルスに忠告された「このピラミッドの中は迷路になっている」「道は進めば進むほど罠が複雑に設置されている」を思い出す。
口に出してみれば、いままで一本道だったのが、二手に分かれた。
「……どっちに行こうかな」
いきなり出された選択肢に、考え込んでしまう。迷路だったら、間違った方に行くと神の場所にたどり着けないかもしれない。そんな”確信”があった。
”確信”の感覚に、俺は今更ながらに思い出した。オフィウクスの加護の力を。
目的を設定して、答えを導き出すその力はもしかしなくても非常に役に立つのではないか。
俺が目指すのは、『……待っておる』と泣き出しそうな声を出していた相手に会うこと。そのために、最短の道を行きたい。
「最短の道は、右か左か……」
本当は危険な道も避けたかったけど、いくつもの目的が混濁するとその分”確信”を感じ取ることが難しくなってしまう。
「右か……」
”確信”を得て、俺は右へと足を進めた。踏み出した瞬間に足が沈み込み、カチリという音が通路に響く。
これは”確信”がなくてもわかる。ヤバい。非常にヤバい。
耳元にビュッという風を切る音が響いたかと思えば、視界が回った。目を瞬いて数秒思考が停止するが、体はスタっと地面へと着地する。いつ跳んだんだろう?
さっきまで俺がいたはずの場所の壁には、無数の槍が突き刺さっていた。
「えぇ?」
困惑した声しか出せない。体が勝手に避けたとしか思えないけど、スピカじゃあるまいし俺にそんな身体能力なんてない。
『えぇ? じゃないよ! せっかく僕がついてあげてるのに、死にそうになんてならないでよね』
甲高い聞き覚えのある声に、俺は自分のポケットを見る。いつの間にか起きた双子の加護が、ポケットから顔を出し小さい体のまま俺を睨みつけていた。
「ええっと、助けてくれたのか?」
『僕の力の使い方をわかってないみたいだったからね。体に加護の力を無理やり流し込んだんだ。あんまりしゃべってると僕も力が無くなっちゃうからイヤなんだけど、しょうがないから、力の使い方教えてあげる』
双子の加護は、ぺらぺらと早口でまくし立てる。話の中で無理やり流し込んだとかイヤな単語が聞こえたんだけど……。
うん、そこはスルーして力の使い方を聞こう。機嫌を悪くされてまた眠られても困る。
「助かるよ。それで、双子の加護の力って?」
『僕の場合は、本当は弓とか狩りの能力が特段あがるんだけどさ。君にできるのは身体能力アップぐらいが関の山かな』
うん、なんかデジャブ。オフィウクスの加護の時も、ちゃんとした力を引き出すほどの力がないと言われてたけど、双子の加護でもそうなのか。というか、加護と俺は相性があんまりよくないのでは……?
『まあ、普段は加護の力を使えそうな人間に加護を与えるから、君みたいな人は一般的な人間だよ』
フォローにもなってない。
「とりあえず、俺でも身体能力があがるってことだよね?」
『そうだよ。さっきは脚力の能力をあげたんだ』
「どうすればそれが使える?」
『えぇ? ……加護の力を使いたい部位に集めるんだけど、君、加護の力感じ取れる……?』
俺の質問に頬をひきつらせる双子の加護には申し訳ないけど、加護の力ってなんだ……?
『えぇ? やっぱりわからないの? どー説明しよう。加護なしじゃ絶対罠にひっかかるよ君……』
戸惑う俺に、頭を抱える双子の加護。にっちもさっちもいきそうにない微妙な空気が流れる。
『……えっと、さっきの何も感じなかった?』
「いや、いつ跳んだのかもわからなかった……」
『そっかぁ……じゃあ、オフィウクスの加護の力はどう使ってるの?』
半ばあきらめ半分という感じの双子の神に、俺は目的を設定することで、なんとなく感じ取っていることを説明した。
『あー、そうなんだ。無意識に使うことはできるから、それを表面に持ってくるために無理やり意識させてるんだね。じゃあ、僕の方も意識してみたら少しはできるかもしれないね。試しに足に力を込めるって思いながら跳んでみて』
俺は”足に力を込める”と、念じて跳んでみる。けれど、普通の高さまでしか跳べない。
『うぅん。今度は口に出してからやってみて』
「わ、わかった。”足に力を込める”」
口にしてもう一度ジャンプをすれば、視界が高くなる。浮遊感の長さに、さっきのように跳ぶことができていることがわかった。
『口に出さないとダメなのかー。使い勝手悪そう……』
「でも、何も使えないよりは断然動きやすくなったよ」
俺でもこんな風に動けるなんて、うれしい。これなら、この先の罠も抜けられるかもしれない。
『でもさー、突然何かを避けなきゃいけない時には使えないよ? 何か先が見えたり、わかったりできれば話は別だけどさー』
双子の加護の言葉に、ピンときた。
「じゃあ、加護同士を合わせて使えばいいんじゃないか?」
『は?』
「オフィウクスの加護で罠があるかどうかを見極めて、それを防ぐために必要な身体能力をジュミニの加護で強化すれば、先に進めると思うんだけど」
『……できるかもしれないけど、加護を使うのが上手くない君が連続とかできるの?』
「え? オフィウクスの加護はわりと連続で使ったことあるけど……加護って制限とかあるんだ?」
『ふつうは使い過ぎると消耗するから、加護自体が使えなくなったり、身体の方に負担がいくはずだよ。ああ、もしかして使う量が微量だからその心配なかったりするのかも?』
「微量……」
『まあ、どうせ使わないと先には進めないでしょ。使ってみればー。ふわぁ……僕はもうこれ以上力を消耗したくないから、また眠るよ』
双子の加護は大きく伸びをすると、ポケットの中に戻って行った。
ちょ、軽く言ってたけど本当に使って大丈夫なのか? 別々の加護だし、だいぶ不安なんだけど……。
「……うん。やってみよう」
そうじゃないと先に進めない。
「えっと、あの人に会うために無事にこの道を切り抜けたい」
目標を細かく設定する。意識することで”確信”がはっきりと形を成していく。
「この道の罠は……めちゃくちゃ多いのかよ」
罠が多いせいか、たくさん罠があるっていう”確信”しかわからない。まずは、一番手前の罠――
「落とし穴かー。抜けられる道もなさそうだし、跳ぶしかないかなぁ」
うん、ジェミニの加護を使えば跳び越えられそうだ。まず、ジェミニ加護の力を込めたい箇所を足。さっきと同じだから難しくはないはずだ。それで、これを口に出して。
「”足に力を込める”」
――跳ぶ。
上手くいくはずだと言い聞かせて、ふっと息を吐き足に力を込める。
「え?」
驚いた。さっきのジャンプくらいの予想だったのに、思ったよりも大きく前に跳んだ。長めの浮遊感に、落とし穴の部分は優に超えて着地する。
「すごっ! こんなに力が出るのか!」
微量とか言われたけど、こんだけ跳べるなら手とかに力を込めたら戦えたりするんじゃないか? すごい、これが加護の力……超わくわくするっ!
あとは、力加減が上手くできれば! 少し細かく指定してみたり、いろいろしてみよう。
「よし、この罠でめいっぱい練習して――」
カチッ
ちょっと浮かれて何も考えずに一歩踏み出してしまった。この音は絶対罠の発動の音だ。
ゴゴゴゴゴゴゴと後ろの方から何かが転がってくる音がする。大きな丸い岩だと、”確信”した。
「”あの大岩から逃れられるまで足に力を込めるっ!”」
慌てて具体的に指定して、足に力を込める。
「”オフィウクスの加護は罠を抜けるのに全力で使うっ!”」
思わず口走ったまま地面を蹴る。
目の前に、罠が見えた。見えたとしか言いようがない。普通に見えている光景に重なるように赤く罠が光って見える。
「げっ!」
このまま着地したら、毒ガスが噴出するボタンを踏んでしまう!
「”指と腕に力を込める!”」
慌ててそう言って横の壁に手を伸ばした。すごい音がして指が壁にめり込んだおかげで、動きが止まる。
ヒューヒューと鳴る喉をつばを飲み込んで湿らせる。
ええ? 微量の力でこれってなに? カゴコワイ。
冷や汗を流して固まっていれば真っ赤な光が横目に入って、大岩がすぐそばまで来ていることに気づいた。慌てて指を壁から抜くと、そのまま壁を蹴る。
そのまま壁伝いに罠を回避して先へ先へと進む。
――無我夢中で逃げた。けど……
「行き止まりってどういうことだよっ!!」
目の前の壁に思わず叫んだ。え、この道ってあの人のところに続いてるんだよな? なんで行き止まりなんだよ!
「うぅ、壁壊せないかな? "手に力を込める!"」
言葉を口にして、腕を引いて思い切り叩く。
「ーーっ! いたい……」
壁は手の大きさに凹んでいた。力があがるといっても限度があるらしい。この程度の力だと何回叩けば壁が壊れるのか、俺にはわからない。壊れる前にたぶん、確実に手の方がどうにかなる……。
さっきだいぶ引き離した大岩は徐々に迫ってきている。
俺の拳じゃ大岩を殴って砕くことはムリだ。どうしよう…? 手と足に力を込めて、どうにか大岩と受け止めるとか……?
あ、ダメだ。無理だって”確信”をひしひしとし感じてしまう。
でも、もう大岩はすぐそばまで迫ってきている。やるしかないっ。背中を壁に押し付けて、ふんばれるように体を固定する。
「”手と足に――」
シャっと何かを斬るような音が耳元で聞こえて、息が止まった。同時に背中から倒れる浮遊感。視界が天井を仰ぐ。
「へっ?」
視界に入る金糸の髪に青い瞳――スピカだ。背中の浮遊感は彼女の腕に支えられていた。
遅れてドン! っという大きな音と振動が足元でして、視線を向ければ壁に人が通れるくらいの四角いの穴が開いている。そこから大岩の一部が顔を出していた。
「アスク、大丈夫か?」
目の前に心配そうなスピカの顔が映り、あまりに近すぎて俺は慌てて起き上がった。
「だ、大丈夫!」
びっくりした~。めちゃくちゃドキドキする……。
「そうか、よかった。間に合ったようだな」
スピカも立ち上がって、使ったであろう剣を腰の鞘に納めた。
間に合ったってことは、やっぱりスピカが助けてくれたのか。俺が叩いて少しへこますことができた壁を、スピカはなんなく斬ってみせたわけだ。力の差を感じる。
俺は一呼吸おいて、スピカにお礼を言った。
「……助けてくれてありがとう」
「ああ。無事で何よりだ」
俺の様子を見て安堵したように笑うスピカに、ちくりと胸が痛んだ。彼女に約束したことが頭をよぎる。「スピカが戻るまでは危ない事はしないさ」そう言ったのに、さっきの状況はどう考えても危なかった。約束したのに、首突っ込んで危険な目にあって、情けなさと気まずさに視線を下に落とした。
「あの、ごめん。スピカとの約束守れなくて……」
「……怪我はなかったのだろう?」
「それはそうだけど……でも、俺が考えもなしにピラミッドまで来ちゃったから、ヘレにも心配かけてるし……」
スピカがいつものように俺の頭をぽんぽんっと軽く叩き撫でる。
「自覚があるなら私からは何も言わないぞ」
「ぐむ……」
いっそ責めてもらった方が楽なのに。でも、きっとこれ以上スピカは俺を責めたりはしない。
悔しくて上唇を噛む俺に、スピカは小さく笑って頭から手を離した。
「それに、アスクと一緒で私も反省しているところだ」
「え?」
スピカの言葉の意味がまったくわからなくて、俺は目を瞬きながら顔をあげた。
「どうやらアスクは神に好かれる体質らしいな。蛇遣いのオフィウクスしかり、双子のジェミニしかり……蠍の神も例外ではなかったということだ」
「好かれるって……」
たしかに星を移動してからずっと神に会ってるけど……。
「アスクは神の所業に巻き込まれやすいということさ」
「……その結論は否定できない」
オフィウクスに巻き込まれ、双子の星に逃げればジェミニに絡まれて。そういわれてしまえば納得してしまう。
「その巻き込まれやすい体質を見抜けなかった私にも非がある」
「なんか、そんな風に言われると何も言えない……」
「まあ、巻き込まれてもアスクはいつも無事なうえ、神と心を通わせる。私の心配も無意味だったかもしれないな」
「心通わせるって……そんなつもりないけど……」
「そんなことはない。双子のジェミニはもちろん牡羊のアリエスもアスクには信頼を置いていたからな」
「アリエス様って、えっ……なんで?」
オフィウクスの加護を授けられた俺は、牡羊の星でアリエス様から攻撃を受けた。その拒絶と恐怖は今も覚えていて……。俺はアリエス様の鋭い視線を思い出してごくりと喉を鳴らした。
「そうか、邪魔が入って伝え忘れていたな。牡羊のアリエスからの伝言だ、悪い話ではないぞ」
双子の星の別れ際、たしかにスピカは牡羊の伝言の話をしていた気がする。悪い話じゃないと言われても、オフィウクスの加護を受けた俺のことをアリエス様がよく思うわけないし……。
でも、聞いておかないと何がなんだかわからない。だから、覚悟を決めて、俺はスピカをじっと見て言葉を待った。
「牡羊のアリエスからの伝言はこうだ。『アスクがすべてを清算した後、この星に戻ってくるなら僕の加護をあげるから』と」
「えっ?」
予想外の言葉に、驚きの声しかでなかった。オフィウクスの加護を受けたから、牡羊の星にはもう戻れないんだと。そう、諦めていた。
だけど、アリエス様は戻ってきてもいいって……信じられない。
「信じられないか? だが、アリエスは牡羊の星と民が大好きだと。アスクも牡羊の星の子だから、加護を得る資格がある『どこへ行っても牡羊の星の子だよ』と言っていた。あの言葉は優しさに満ちていたから、嘘は言っていないと思うぞ」
信じられず茫然としている俺に、スピカは続けてアリエス様の言葉を伝えてくれる。
その言葉は俺の胸に響いた。何度も『どこへ行っても牡羊の星の子だよ』という言葉が頭の中で復唱される。
牡羊の神アリエスがそんな風に俺のことを言ってくれるなんて……心が温かくて、胸から何かせり上がってきそうになる。
「アスクは、牡羊の星に戻る気はあるのか?」
「……戻りたい。このオフィクスの加護が解けたら……!」
俺は、スピカの問いに心のまま答えた。戻れないと思っていた。けど、戻りたいと思っていた。あの何事もない平和な日々に。
そして今度はやりたいことに向き合いたい。ヘレと同じように。
「ヘレと一緒に、戻りたい……」
「うむ。では、オフィウクスの星に行くまで頑張らなければな」
「ああ、まずは蠍の神に会う!」
「その意気だ」
決意を新たにして、気分は高揚していた。スピカもいるし、進むには心強い。
「あ、そういえばスピカはなんでここに?」
いまさらな疑問を口にする。ピラミッドに入るには蠍のマークを持ち、日ごとに代わる扉を見つけなければならない。しかも、スピカは一度乙女の星に戻っているのだから、さらに不思議だ。
「話せば長くなるが――」
と、乙女の星には他の星から近道で戻ったこと。同盟星というものがあって、牡牛の加護を持つアルデバラン――アルディというご令嬢がレグルスの知人だったこと。アルディがスピカから俺たちの話を聞いて、急いで蠍の星に向かうといい、すぐに双子の星との行き来を開放し蠍の星に来たこと。来たところで急いでいたレグルスに会ったこと。ヘレと合流してピラミッドに入る条件を満たしたこと。
とにかく、本当に長い話をいっぱい聞いた。途中から言葉が右から左に流れていったけど。
「じゃあ、ヘレたちもピラミッドの中に?」
「そうだ。私がアスクの気配を察知し、壁部分を斬り開いて駆けつけたからな、追いつくにはもうしばらく時間がかかるだろうが……」
スピカが自分が来た道を視線で指す。通路の壁がさっきと同じように人が通れる大きさに斬り抜かれていた。
「うわっ、すごっ」
「迷路の道を素直に進むとなると、アスクに追いつくのが難しいと判断していたからな。なるべく近道になるように進んできたのだ」
力技で進んできたのを、さも当たり前に言われた。蠍の神も予想外だろうなぁ。とどこか他人事のように思い、彼女の方を向いて曖昧に笑っていると、
「ーーアスク!」
聞きなれた声が耳に届く。振り返れば体に衝撃が走って、一、二歩後退る。
「ヘレ……!」
抱きついてきた相手の名前を呼ぶと、ヘレが顔をあげた。
そして、俺の頬に手を当ててぐっと固定すると、真剣な表情でまじまじと見てくる。むずかゆいが、ヘレに大丈夫って言って出てきたのに戻れなくなった手前大人しくじっとする。
「よかった、怪我はない……」
ほっと緩む表情に、俺の方もほっとした。頬から手を離すと、ヘレはぷぅっと頬を膨らませて、怒っていると伝えてくる。
「ごめん……」
「むぅ、心配したんだからね!」
口をへの字にしてみせてから、「もう、しょうがないんだから」と、言ってヘレは笑ってくれた。許してくれるらしい。
よかった。
「アスク! 無事でよかった!」
「うわっ!」
「きゃっ!」
人心地着いたところで、さっきよりも大きい衝撃が俺とヘレを襲う。
「ちょー心配した! 生きた心地がしなかったぜ!」
大きな男性の声が耳を貫き、金髪と印象に残る額の傷跡が目の前を占拠する。近くで大声出されたせいで、耳がキーンとする。
レグルスがヘレもろとも俺に抱き着いて、ぐいぐいと締めてくる。苦しい。
「レグルス……?」
「いや、っていうか、マジで死ぬかと思ったんだけど……」
腕が緩んだかと思えば、すごく暗い声が耳に届いた。いったい何があったっていうんだ……?
明るいイメージが強い彼の口調に戸惑う。
「ヘレさんとアスクさんが困ってましてよ~、レグルス~?」
「あででで!」
俺達が声をあげる前に、レグルスは銀髪にところどころ黒のメッシュが入った女性に耳をつままれて引きはがされた。
ほっと息を吐く。ヘレも少し困ったように服を整えてレグルスを見る。
「レグルスと……」
「牡牛の加護を持つアルデバランと申します~。アルディとお呼びください~。以後お見知りおきを~」
優雅にお辞儀をするアルディにつられて、俺もお辞儀を返した。
「あ、俺はアスクです。よろしくお願いします」
「はいー、お話はお伺いしておりますわ~。この度はレグルスが大変ご迷惑をおかけしました~」
「いや、えっと……?」
謝られることなんてない、よな?
疑問に思っていれば、アルディがつらつらとレグルスの説明不足などを説明していく。
「あの、俺もちゃんと調べなかったのが悪いし、レグルスだけのせいじゃないから」
だから、そんなに謝らないでほしい。
と遠慮がちにアルディさんに告げると、横にいたレグルスがぱっと表情を明るくした。
「アスクは優しいよなぁ。ヘレちゃんもだけど。ほんと、アルディに爪の垢でも飲ませてほしいぜ」
「あら~? わたくしはちゃんとした方にはー、それなりにー、接しましてよー?」
アルディさんの威圧に、レグルスの行動は早かった。俺の後ろに隠れる彼に苦笑しか出ない。
レグルスにも敵わない人がいるんだなぁ。
「こほん。とりあえず、アスクとも無事合流ができたんだ。先に進まないか?」
スピカが二人の間に立って、話を進めてくれる。
「わかりましたわ。レグルス、地図があるんですわよね?」
「そうそう。アスク、俺が投げ入れた荷物持ってるな。それ貸してくれ」
「あ、うん。はい」
俺は背負っていた荷物を下ろしてレグルスに手渡す。
レグルスは受け取るとすぐに荷物をほどき、中を確認していく。しばらくして畳まれた紙を取り出し、それを広げる。
「おぉ、地図だ」
広げられた紙を覗き込めば、通路がずらりと描かられていた。
「それは本物か?」
「ああ、本物だ。俺達が入ってきたのがここで、アスクの入った扉がここ。それで俺達はこうやって進んできただろ? ここで合流したんだ」
レグルスは地図の扉のマークを指さし、次々に通路の指で辿っていく。俺の扉からここまでの道のりはたしかに分岐点が同じだった。
「なるほど。たしかに内部と一致しているようだな」
「レグルスさんすごいですね!」
「ピラミッドの地図なんてよく見つけられたな!」
「そうだろうそうだろう!」
「ええ~、レグルスにしては素晴らしいですわ~! 貴方なら偽物に翻弄されてそうですのに~」
「おう、偽物もいっぱいあったぜ!」
俺たちの誉め言葉に気をよくしていたレグルスは、そのままアルディさんの言葉に勢いよく答えた。
アルディさんがピシっと音を立てて笑顔のまま固まる。雰囲気が冷たくなって、俺の頬がひきつる。
「偽物もいっぱいあった~? どういうことですのー?」
「やっぱピラミッドに挑戦しようとするヤツは多いらしくて、そういうデマの地図もいっぱい蔓延ってんだよなぁ。いくつ偽物をつかまされたことか……」
レグルスは自慢げに胸を張りながら話していく。そのたびにアルディさんの周りの空気が冷たくなってくように感じる。
「おかげで、本物が手に入った時、本物だってわかったけどな。一部分だけとか、適当な写しとかもあったから、共通する部分が全部当てはまって、これだ! って思ったし、偽物様様だぜ!」
アルディさんの無言の圧力に、スピカがそっと俺とヘレの腕をとって二人から引き離す。
「それで~? そんなにいっぱいー、どうやってー、地図を手に入れたのかしら~?」
「もちろんアルディにもらった金で買った! 足りない分はアルディにつけてもらったりしたから、大丈夫だぜ!」
「……愚鈍」
アルディさんの小さな呟きと共に、レグルスが床へと沈んだのだ。何をしたのかさっぱりわからないけど、レグルスは動けない。そのままアルディさんは、レグルスの上に腰を下ろした。
「では~、地図を見ながら今後の動きを~、模索致しましょう~」
アルディさんは何事もなかったかのように、話を始めた。スピカもさすがに二人のやりとりに口を挟めず、アルディさんと地図を見ながら会話を始めた。
「――なるほど。目指すべきは蠍の神の祭壇か」
「ええ~、この道の突き当りに供物を捧げるための部屋がありますわ~」
スピカとアルディは地図を見ながら場所の確認をしている。
「大きな扉を通ればその部屋のようだな」
「扉の前には門番が~、2体配置されいるようですわ~」
「地図にはゴーレムと書いてあるな。おそらく、祭壇を守るモノだろう」
「そうですわね~。供物を運ぶもの以外は~、排除対処でしょうね~」
「ああ。だが、私たちであれば問題ないだろう。祭壇まで進み、蠍の神がおられるか確認をするべきだ」
「ええ~。いらっしゃらなければ~、さらに奥へ進まないといけませんわね~」
「決まりだな」
今後のことを話す二人の会話には、入っていけない雰囲気がある。しかし、いまだにレグルスは四つん這いのままだ。さすがにかわいそうになって声をかけた。
「レグルス大丈夫か……?」
「プライドがズタズタです……」
だよな……。
意気消沈するレグルスの頭をヘレが撫でて慰める。
「お二人とも~、レグルスのことはお気になさらないでくださいまし~。どうせいつもー、乗り物になっておりますしー」
「それは獅子の時だろっ!」
まだ反論する元気はあるらしい。アルディさんはふぅっと息を吐くとレグルスの背中から降りた。
「今回の金額はすべて借金に加算することで~、許してさしあげますわ~。まったく~、いつになったら返してくれるのかしら~……」
「はい、すみません……」
アルディさんの声色はもう怒っているものではなく、あきれ果てているようだ。それでも許してもらった手前、レグルスは素直に謝った。
「では~、祭壇まで行きますわよ~」
アルディさんが手を一度叩いて仕切り直し、俺たちは祭壇の扉を目指すことにした。