「終わっちまうんだな、夏」
砂浜に座り込んだ彼女が、そう呟いた。
夏の終わり。
例えばそれは、緑の葉が黄色く紅く色づいていたり。
例えばそれは、受ける風の冷たさが身に染みてきたり。
そういうことを感じた時に実感することかもしれない。
でもカルデアにいて一番実感するそれは、決まって夏の特異点の終わりだった。
陽が傾いて沈んでゆく。
青かった空の色に橙を混ぜ込んでいく。
ざざあ、と波がひとつ音をたてる度に夏がもう一歩その姿を消してゆく。
ただオレと彼女の二人だけが、オレンジ色に染まった『夏』の帰り路を見つめていた。
「マスター。帰る前にさ、ちょっとだけ歩いてきていいか」
「ん。いいよ、オレも付き合う」
「そうか?いいんだぜ、先に戻ってても」
「いいの」
昼過ぎごろにキャンプを出るときには、日が沈むくらいには戻りますと伝えたけれど。もう少しくらいなら大丈夫だろう。
彼女はキャンプと反対側に歩き出す。ただ単に歩くだけのようで、ペースはそんなに早くない。
砂浜に二人分の足跡が増えてゆく。
ぺたりぺたりと、砂を踏む音も二人分。寄せる波の音が来て、オレじゃない方の足音は、ぱしゃぱしゃと水を踏む音に変わる。波が引けば、砂を踏む音は二人分に戻る。足跡は、彼女のものだけ消えていた。
その間、彼女はずっと海の方を向いていた。遠くの海の揺らぎと、沈む太陽をずっと見ていた。
彼女が少し前を歩いて、自分はその少し後ろ、波打ち際からも少しだけ遠い。
自分の方からじゃその表情は見えないけれど、想像することは難しくなかった。
「楽しかった?今年の夏は」
彼女に向けたのはそんな言葉だった。
最初に口をついて出ようとした言葉は、飲み込んだ。今それを聞くのは、ちょっと違うと思ったから。
「ん……ああ。楽しかった、かな。そうだな、それは間違いない。カイニスの野郎も中々腕が立ってたし、退屈はしなかった。マスターとも遊べたし」
その口調には満足感というものが確かに混じっていて、少し安心した。
彼女がこの夏もまた楽しんでくれていたのなら、それは素直に嬉しいことだ。
その半生に休みというものがなかった彼女にとって、夏を楽しむことができる時間と場所というのは、オレが考える限り大事なものだ。
カルデアにいる彼女が楽しんでいないわけでも、気を抜けていないわけでもないとは思う。それでも彼女にとっての夏は、できうる限り特別なものであってほしい。
ただ、特別なものだからこそ。それが過ぎ去る瞬間も、また大きくなるものだ。
「大丈夫だよ。そりゃ名残惜しさはあるが、そんなに寂しさとかむなしさとかは無い」
ふいに立ち止まった彼女は、オレの方に向き直って口にした。
──それはきっと、さっき自分が飲み込んだ言葉への彼女の答えだった。
「……もしかして、口に出てた?」
「いや。口には出てないがな」
つい、と円を指で描いてオレの顔を囲んでみせる。
表情(カオ)には出ていた、ということらしかった。
「寂しさが全く無いと言えばそれも嘘にはなるけどな。夏が終わるのは本当だし、お前とこうやって一緒に夏を過ごせるのだってあと一回あるかどうか、それすらもハッキリしねえ」
「オレがいる限りいつまでも夏、じゃなかった?」
そんなことも言ったっけな。また少し笑って、そのあとにまた言葉を続ける。
「それにしたっていつか消える存在なのは変わらねえしな。そうなったらその夏も……オレとお前との時間も、全部終わっちゃうんだ」
こいつらみたいだな、と彼女はすぐ横の足元を見下ろしてみる。
そこにはここまで歩いてきた彼女の足跡があって。少し遠くのそれは、波に浚われてほとんど消えていた。
波打ち際から離れて歩いたオレの足跡だけが、そのまま残っている。
そんな足跡さえも、この特異点の消滅とともに消えていくだろう。
「残るよ。オレがずっと覚えてるから、オレの記憶の中にはずっと残る」
「───ああ、そりゃいいな」
彼女はどこか遠くを見つめたままだったけれど。
それでもその時見つめていたものが何か変わったことは、なんとなくだけど解った気がしたのだ。
「それにしたって、どれだけ憶えているつもりだよ。そんなン十年も死ぬまで憶えていられんのか?」
「どうだろ。夏が終わってもモーさんが一緒に遊んだりしてくれれば出来るかもね」
お互いにニカリと口元を上げて、どこか得意げに言い交した。
彼女は一瞬呆気にとられたような顔をしたけれど、少し普段の悪戯っぽい調子が戻ったような笑いを浮かべていた。
「言質取ったぜ、マスター。忘れんなよその言葉」
夏が終わっても遊ぶという言葉も、死ぬまで憶えているという言葉も、両方。
「さ、そうと決まればさっさと戻ろうぜ!急がねえと陽が沈んでドヤされちまう」
そう言うや否や、彼女はオレの手を取って走り出した。
歩いてきた方向、キャンプに向かって駆けだしてゆく。
バランスを崩しかけた身体を立て直して、握られた手をしっかりと握り返して自分も足を進める。
「明日からも色々付き合ってもらうからな───リツカ!」
沈みかけた真っ赤な夕陽に照らされたモードレッドのその表情(カオ)は。
ああ。───きっと、死んでも忘れられない。