連日とんでもない猛暑ですが、こういうときこそ元気をもらえるイベントに参加したい。そういうときに過剰な元気を供給してくれるのが我らがサンサン劇場です。
 というわけで、今日見てきたのはこの作品!
 見よう見ようと思ってたらいつの間にか公開が終わっててメソメソと泣きぬれていたんですが、アマプラ見放題とサンサン劇場での上映の報がいっぺんに入ってきて世の中まだまだ捨てたもんじゃねーなと思っていたところ、応援上映までやると聞いてはいても立ってもいられない笹食ってる場合じゃねえ!となって参加してきました。
 久しぶりにイベント上映が初鑑賞というケースでしたがいやー楽しかった!
 恒例の上映前スクリーンはこんな感じ。
 今回は応援上映なのでレギュレーションは発声OK、鳴り物OK、サイリウムOK、そして語尾に「メェ~」推奨という酔っ払って考えたようなレギュレーションとなっていました。こんなレギュレーションここでしか見られませんよ。へんな映画館だなあ。
 そんなへんな映画館を率いる支配人たるシネマイスター☆トムこと戸村支配人もヒツジの被り物で登場です。「たべっ子どうぶつTHE MOVIE」のときはきぐるみでしたがさすがにこの気温できぐるみは無理があるだろうな……いのちだいじに。
 そして恒例の前説では、前述の語尾にメェ~を執拗にアピールされた結果、参加者全員が己が霊長類ヒト科ヒト目、ホモ・サピエンスという自認をかなぐり捨ててウシ科ヤギ亜科偶蹄目になりきっていました。客席からメェ~メェ~とヒツジの鳴き声が聞こえるのはかなりシュール。
 なんかもう今いるのが映画館なのか牧場なのか、自分がヒトなのかヒツジなのかわからなくなってきましたが、「ひつじ探偵団」上映開始!
 舞台はイギリスの田舎町。羊を飼って暮らしているジョージは、1日の仕事終わりにヒツジたちに推理小説を読んで聞かせてあげるのが日課でした。
 そんなある日の朝、ヒツジたちがいつものように目を覚ますとなんとジョージが死んでいる! 警察は頼りになりそうになく、事件は混迷の様相を呈していきます。そこでヒツジたちは自分たちで事件を解決することを決意!
 ジョージを殺した真犯人は誰なのか、羊たちは真相を突き止めることができるのか!?
 これまで書いてきた通り、塚口サンサン劇場は劇場がプロなら客もプロ。上映作品ごとに手を変え品を変え参加者を楽しませてくれます。
 上映開始直後、メトロ・ゴールドウィン・メイヤーのあのライオンが吠えるシーンでさっそく客席からはメェ~メェ~とヒツジの鳴き声が。今アマプラで確認したら本編もあのロゴのライオンことレオ・ザ・ライオンの鳴き声もヒツジの鳴き声になってたんですね。でもネタ合わせもなしにこれに合わせてくる塚口はさすがと言ったところ。
 そして今回は鳴り物もOKだったんですが、無駄に大きな音を鳴らすことなくBGMに、ひいては作品に寄り添った「映画鑑賞+α」のラインをしっかり守った鳴らし方になってたのがよかった。特に今回、わたくし人形使いは本作が初見だったんですが、鳴り物がセリフや展開理解のじゃまになることはなく、むしろ作品に没入させてくれるプラスの方向に働いていました。
 そして今回は応援上映だったわけですが、さまざまなレギュレーションの中から本作に対して「応援上映」というレギュレーションを選んだのは今世紀最大の大正解だったと思います。
 なぜならこの作品を見てヒツジたちを応援したくならない生き物などこの地球上に存在しないからだッッッ!!
 健気なんですよねヒツジたちが……。
 前述のとおり、わたくし人形使いは本作は今回が初見だったんですが、本作は「楽園たるエデンの園を捨てる物語」だと感じました。
 そもそも「ヒツジと羊飼い」というファクターがある時点でキリスト教的寓意を読み取るなと言うほうが無理があるわけで。
 ヒツジたちはジョージが経営する牧場で平和に暮らしています。そこでは羊毛を刈り取られるだけなので、食肉にされるというかたちで命が脅かされることもありません。ジョージは毎日ミステリー小説をヒツジたちに読み聞かせていますが、彼らにとって「殺人」=「死ぬこと」は物語の中だけの出来事であり、ヒツジたちは誰もが「死」という概念すら知りません。彼らは自分たちヒツジは命をまっとうすると空に登って雲になると信じているのです。
 しかし、この平和な「死」すらないエデンの園に突然、ジョージの死という形で「現実」がその姿を現します。
 彼らはあまりの悲しみと衝撃にそれを受け入れられず、すべてを忘れようとします。
 このあたりの「現実に対する盲目的回避と忘却」にはずっと前に見た「ドント・ルック・アップ」を思い出しました。
 もちろん忘却というのは心を守るための重要な心理的防衛機制ですが、それで現実が消えてなくなるわけではありません……が、彼らはずっとそうして辛いことや悲しいことを忘れることで、彼らのエデンの園であるジョージの牧場での生活を無菌状態に保ってきたわけです。
 奇しくも、以前レビュー記事を書いたホラーゲーム「SOMA」の冒頭には、SF作家P・K・ディックのこんな言葉が引用されていました。
「現実とは、それを信じることをやめても消えないもののことである」
 いくら忘れたとしても、ジョージが死んだという「現実」は消えてなくなりはしない。それを悟った群れのリーダーであるリリーは、ジョージの死の真相を暴くために自ら楽園の外に足を踏み出すのです。
 これまで牧場から一歩も出たことがないリリーは、ほんの数メートルの道路をわたることすらできません。ここで四苦八苦するシーンは本作の笑いどころであると同時に、彼らヒツジたちの「楽園」と「現実」とのあいだにある隔たりの大きさを端的に表現したシーンだと思いました。
 だからこそ、その境界線を勇気を持って踏み越えたリリーに観客席からは盛大な拍手が送られるわけですよ。
 塚口の応援上映やマサラ上映の感想には必ずと言っていいほど「連帯感」「一体感」というワードを出していますが、このへんで我々はすでにヒツジの群れと化していましたメェ~。群れの仲間を応援するのは当然のことです。
 彼らが牧場の外に出て事件解決の糸口を掴むヒントとなったのが、人間の生み出した叡智の総体とも言える「本」なのがまたいい。知恵の実ですよ。
 そしてこの本は「推理小説」という、地球上の生物で人間だけが生み出しうるもの、フィクション、虚構です。
 ここで、これまで見てきた作品でたびたび出てきた「現実と虚構」という構図が現れます。
 確かにジョージがヒツジたちに読み聞かせていた推理小説はフィクションです。しかしヒツジたちはそこに書かれていた内容をヒントに、現実に起こった事件であるジョージの死の真相を解き明かしていくわけです。そう、虚構は現実に対抗するためのもうひとつの現実である!
 そして、一度その知恵の実を口にしたヒツジたちはもうエデンの園には、「現実」を知らず辛いことや悲しいことをワンツースリーで忘れることができた頃は決して戻れないのです。
 みんな大好き攻殻機動隊(押井版)には、「コリントの信徒への手紙」から以下のような引用があります。
 童のときは
 語ることも童のごとく
 思うことも童のごとく
 論ずることも童のごとくなりしが
 人となりては童のことを捨てたり
 人となったあとにはもう童には戻れないのと同じように、ヒツジたちは知恵の実を口にする前には決して戻れない脱出行を敢行するのです。
 人間側にもさまざまなドラマがあります。わけても、人間側の主人公とも言える警察官ティム巡査は、うだつの上がらない、頼りなく、犯行現場の調査もろくにしないダメダメ人間として描かれています。忘却に挑むことをやめ、知恵をつけて事件解決に挑むヒツジたちに対して、ティムのポジションは「蒙昧な獣としてのヒツジ」でしょう。
 まあティムにマトモな操作能力があったらヒツジの出番ないしなあ……というメタ視点はさておいて、ヒツジたちは人間の言葉がわかりますがティムたち人間にはヒツジの言葉がわかりません。それに、真相を突き止めても犯人を特定して逮捕する権限があるのは警察官であるティムだけ。
 なのでヒツジ側はなんとかしてティムに事件の真相を知らせなくてはいけないんですが、どっちの推理も二転三転してうまく行かない。このすれ違いが「人間と直接話せないヒツジが殺人事件を捜査する」という本作独自のもどかしさによる面白さを生み出しているわけです。
 なお観客のポジションはヒツジ側なのでティムがヘマするたびにメェ~メェ~とブーイングが起こってました。人類は愚かだからね。仕方ないね。
 しかしそんなダメダメ人間のティムも、前述のとおり事件解決には絶対に必要な人物。ヒツジたちだけでもティムだけでも事件の真相を暴くことは叶いません。つまり本作は、ヒツジと人間の合同捜査、ひいてはみんな大好き人間×人外のバディものとしての側面があるわけですね。
 そうなると本作に期待される大きな魅力のひとつとして、「人間と人間でない存在が心を通わせる」が立ち上がってくるわけですが、本作はその点も期待を裏切りません。
 当然ですが、ティムはまさかヒツジが事件を捜査してるなんて思わないので終盤までなんかこいつらおかしいぞ?くらいにしか思ってませんし両者は言葉が通じるわけでもないのですれ違うばかり。しかし最後の最後、ティムがジョージの娘であるレベッカを誤認逮捕してしまったところで、冬生まれで群れからも浮いていた「冬の子羊」の協力で最後のピースが埋まる展開はまさに推理モノのお約束的爽快感。
 そこから、ようやく真実にたどり着いたティムによる真犯人決定からのハッピーエンドの流れはお見事!といった感じ。トリックはしっかり説明してくれるし、謎もすっきり解決してくれるので推理ものとしても優れた作品でした。
 そして今回、3連休の最終日でなおかつ15時という比較的早い時間からの開催というのが応援上映として実に良かった。これ、「帰ってきたあぶない刑事」のときも思いましたが、時期的・時間帯的に「家族や親戚や友だちが休みにTVの前に集まってロードショーを見てたあの頃」の追体験なんですよね。
 戸村支配人は「しばしば映画館で映画を見る」という行為を「体験を提供する」とおっしゃっています。しかるに今回のみんなでメェ~メェ~言いながら笑い、涙し、感動しながら同じ作品を楽しむという応援上映は、まさにそんな映画館でしかできない体験だったと言えるでしょう。
 もはや今では「みんなでTVの前に集まる」ということも少なくなってるんじゃないですかね……昔はよかった……夏休み前のあの空気感ももはやなく……朝には紅顔ありて夕には白骨となる……。
 などと後ろ向きなノスタルジーに浸っていてはいけません。浸りすぎると認識が昭和に戻って失見当に陥ってしまいます。でも塚口サンサン劇場という映画館には、みんなが子供の頃に戻ってしまう魔力を持った映画館なんですね。マサラ上映のときとかほとんど魔界と化してるからな……。
 というわけで今回の応援上映も楽しませていただきました! そしてここで得たエネルギーをもって現実と戦うのだ。
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塚口サンサン劇場「ひつじ探偵団」応援上映行ってきましたメェ~。
初公開日: 2026年07月20日
最終更新日: 2026年07月21日
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