「もう来るんじゃねぇよ」
 その言葉は、二つの声で紡がれた。一つの声はどこか懐かしいような、愛おしいような。なんだか不思議な感覚に陥るものだった。けどその声はたった一言を向けると成りを潜めてしまい、もう一つの声が続いた。
「あんただってそんな若いのに死にたくないんだろ。だったら死に急ぐようなことすんな」
「別に俺、死に急いでるつもりはないんだけどな」
「死ぬ必要のない魂だからこうやって帰る道歩いてんだろーが」
 あ、喋ることが出来た。純粋にそう驚いていると、俺に向けられてる声が呆れるように再び驚くことを口にされた。今、歩いてるんだ。その感覚も視界もなく、ただただ真っ暗な世界で聞こえてくる声と対話していた。
「……あんたが死んで、悲しむ奴もいるんだから。ちゃんと大事にしろ」
 ずしりと重たくのし掛かるその言葉に何かを返したかったのにもう喋ることは出来なくて、何かに例えるのが難しい浮遊感のまま意識が遠退いていった。
 ◇
 ピッ、ピッ、ピッ……と続く電子音に呼ばれて目を覚ます。真っ白な天井に重たい体、うっすらとした感覚の中で沢山の管が体に付けられていて、頬に熱い何かが伝っていくのが分かる。
「今回も死ねなかったのか」
 誰かが耳にしたら怒られてしまうだろう言葉を口にする。生きていることに不満なんてない。一緒に暮らしているおじいちゃんもおばあちゃんも、学校の友達だって大好きで毎日楽しく過ごしている自覚はある。それでもふとした時、本当に会いたい人はここにはいないのだと感じては苦しくなって意識が遠退く感覚の中で命にか変わるような事故を負っていた。色んな人を悲しませて、泣かせてしまったことに心を痛めては「長生きするよ」と宣言して奇跡的な回復だと言われるほどの生命力の強さを発揮する。そして何か気を抜いた瞬間に、再び事故に遭っている。
 もう片手で収まらなくなる回数になるこれは、上手く理由は分からないけれど大切な人の場所に行くため。そんな気がしていた。そして今回はいつもとは違って心のなかに何かが残っている。それがいったい何なのかも分からないのにただ嬉しくて、悔しくて、愛おしく感じて。腕を動かせない状態の俺には今、涙を止めることができないのに。繋がれている機械が変な音をたてていたからもうすぐ先生達もやってくるだろうに。今はただ、遠く離れていってしまいそうな、聞いたはずの声を忘れまいと意識のなかった時の出来事を心の中に繋ぎ止めることで必死になっていた。
 ◆
「なぁ、ほんとに良かったのかよ」
 不貞腐れたガキみたいな表情でジュニアはオレにそういった。
「……いったい何のことだ?」
「とぼけんじゃねーよ。もうあいつ、五回目だろ。連れていってねーことがバレると、やばいんじゃねーの?」
 もうそんなに来てんのかよ、あいつ。なんて動揺したことを悟られないようにとキッと睨みをきかせてくるオッドアイから逃げるように顔を背ける。初めて来たときと比べたら年数も経って成長しているのは度々分かっていたが、まだ若いのに来る回数には多すぎる。
 そもそも何度も来るような場所ではないのだ、ここは。死期が近い魂を天へ導く為に続いているこの道は一度来たら普通は戻れない。それを無理矢理Uターンさせているのだから、部下であるジュニアには納得のいかないものだろうということは理解していた。機嫌の悪くなっていく姿にため息をつく。
「ジュニア~」
「んだよ」
「生まれ変わりって信じるか?」
「はあ?」
「オレ達が導いて天に昇った魂は辿り着いた先で浄化されて、真っ白になっちまって。再び新しい命をよりしろにして生き返る。云わば魂のリサイクルってなワケ」
 二色の視線が更に険しいものになっていく。人間にとってみれば死神と呼ばれる存在のオレ等は勿論そのことを理解しながら働いている。むしろジュニアの方がオレの部下とはいえ真面目で勤勉なのだから知識の量としては勝っているだろう。だからこそ何でそんな話を今さら、という意味のものだということには気がついていた。
「オレ達は……死神は望めばすべての記憶を抹消もできんのは知ってるよな?」
「あぁ。おれも……キースも、人間だった頃の記憶は残してんだろ」
 低く、小さくなった問いかけに頷く。
「……あいつは、魂が真っ白になりきれなくて人間になっちまったんだよ。でも普通なら前世の記憶っつーことで割りきったり、繋がりの濃い奴を探すんだろ? それがあいつにとってはオレだったってワケ」
 今度は瞳を更に大きく、丸くさせていく。ころころ変わる表情は見ていて飽きなくて、思わず口角が上がっていく。
「はあっ!? それって、やべーやつじゃねーのかよっ!?」
「あぁ。やべーやべー。死にたいと思ってなくても魂のせいで死にかけてんだからな。だからここに来る度、記憶の抹消を試みてんだけどあいつの意思が固いのなんの。だから今回は今までとは別の方法をとることにした」
 思い当たる節があるのだろうジュニアは眉間にシワを寄せて顔をそらす。本来はここでの出来事を残すことは許されない、そもそも返すこと自体許されない事だ。それをこっそりとやってのけてはいたのだから、せめてもうここには来るなと釘をさしてやりたくて呪いと呼ばれるものを使ってみた。現世でまだ生きようとしている人々の魂には触れられないから結果どうなったのかは分からない。
「……あいつには長生きしてくれねーと、困るっつーの」
 目を閉じて、懐かしくて愛おしい存在を瞼の裏に浮かべる。上手くいってるといい、と死神であるオレには祈ることしかできない。
「だからって職権らんよーは良くねぇからな」
「へいへい」
「ほら、仕事がきたぞ」
 悲しいことに終わりの見えないこの仕事は、休むことすら許されない。どれだけ先になってもいい。あいつがシワまみれのじーさんになってここに来るまでは辞められないな、と溜め息をつきながら先をいくジュニアの背を追いかけた。
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20211030キスディノドロライ
初公開日: 2021年10月30日
最終更新日: 2021年10月30日
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