「なんやの、これ!聞いてたんと…ちゃうやんかっ!」
「文句言う暇があったら、目の前の呪霊を祓ってくださいよ直哉さん!」
総監部より緊急の要請が来たのは、昨日の夜だ。
和歌山県、海辺の観光名所である某断崖にて、明らかに呪霊と思しき仕業による他殺事件が頻発している。
禪院直哉とその家人は、急ぎ該当地に向かい速やかに祓除せよ。
その指令に従い、彼の妻である私と直哉さん、そして蘭太くんが現場に赴いたのは太陽が地平線に触れようとした黄昏時だったが、その観光地は美しい夕日が見られる有名な場所と言うこともあって、まだ人の波が引ききっていなかった。
人の群れの中に呪霊を多数見つけるも、さすがにこんな人だかりのなかでは帳を下ろすこともできず、呪霊たちと適当な距離を保って、追いかけてくるそれらを人気のない場所に誘導しながら歩いていたところ。
「おい、嘘やろ…あれ」
先を行っていた直哉が、行く先に信じられない物を見つけて言葉少なに口元を歪める。
彼が言葉を失う姿など見たこともなかったが、なにをそんなに驚いているのだと、直哉が指さした方に視線を向けて私も声を失った。
草木が生い茂る遊歩道の先、少しばかり大きな磐には『口紅の碑』とい案内板が立てかけられていた。その磐の上に、男女が絡み合って合体したような歪な二つの顔を持つ呪霊が一体、そして、それを取り囲むようにして無数の呪霊たちがたむろしている。
なにやら、そこから見える海に向かって、何度も聞くに堪えない悲鳴のような声を上げ、二つの顔をもつそれは髪束だろう塊を振り乱しては…泣いていた。
「どんだけ集まってんねん…親玉は、あの顔二つの一番でかいやつか?」
「想定していたよりも数が多いですね、どうします直哉さん」
「どうするもこうするも、祓うしかあらへんやろ。どうせ大したことない雑魚ばっかや…後ろに付いてきてるやつらと一緒にちゃちゃっと」
祓うたる。
両手に拳を作り、湧き上がる呪力の流れを纏わせる。足場を慣らして踏みしめた地面が、じゃり…と音を立て、彼が先制を決めようとした刹那。
こちらの存在に気づいた、呪霊たちが一斉に胡乱げな瞳を術者たちへ巡らせる。
一気に集中した視線がもつ禍々しさに気圧されて呼吸を乱したのも束の間、弾き飛ばされた二人の残像だけが視界をよぎったかと思うと、後ろの茂みへと盛大に弾き飛ばされて姿が見えなくなってしまった。
「直哉さん、蘭太くん!」
追いかけようとして踏み出した足を、粘着質の手に摑まれ阻まれて地面に引き倒される。