ノエと出会ったのは、ワーウォントナイツという一人称視点のFPSゲームだった。私は当時ワーウォンにハマり、ランクを上げる為に試行錯誤している時期だったのだ。ワーウォンの人口は当時そこまで多くなく、しかも私が使用しているキャラクターでランクマに潜っている人は少なかった。
 そんな中で、私の使用キャラと同じキャラを使った実況動画を上げていたのがノエだった。
 当時のノエは顔出しをしておらず、音声とゲーム画面のみで配信を行っていた。必然的に、そこまで動画も伸びていなかった。声の美しさとプレイスキルの高さだけではなかなかバズることの少ない実況動画界隈で、私は比較的ノエを最初から見つけていたように思う。ノエの視聴者は、可愛らしい声と裏腹に高いプレイスキルを持った彼女に夢中になっているようだった。コメントの大半はノエを囲むようなものだったけれど、私は姫のように扱われるノエの腕前に心底惚れ込んでいた。
 ノエは実直にスキルを上げるタイプのプレイヤーで、毎日何時間もワーウォンに取り組んでいた。彼女は所謂『大会勢』だったのだ。彼女のことを好きな人間は大勢いたけれど、ノエと腰を据えて一緒にプレイをする人間はいなかった。
ノエ『大会練習したいんですけど、同じくらいのPSの方申請してもらえませんか?』
マユ『よければ通してもらえると嬉しいです。マユっていいます』
 だから、私から声を掛けた。最初は本当に、あの腕を持った人間とゲームをしてみたかっただけだった。
 初めてVCを繋いだ時のことをよく覚えている。
『あー、あー……聞こえますか? ノエです』
「聞こえてます。マユです」
『あ、マユさんだぁ。なんかディスコからマユさんの声が聴けるのって不思議な感じ』
 耳元をマユの声がくすぐる。人なつっこさを前面に出した声に、なんとも言えない気分になった。
「実は、こうしてVC繋ぐの初めてなんですよね。界隈の人とはあんまりVCでデュオやらないから」
『え、そうなんだ。だとしたら、ノエ嬉しいかも……。あのね、こういうこと言ったらストーカーみたいに思われちゃうかもだけど、ノエ、ずっとマユさんのこと知ってて』
「え?」
『ほら、ワーウォンのランクマに、マユさんずっといたから』
 それが起こったのは、乃枝と私がプロプレイヤーになってから二週間ほど経った頃のことだった。
 私達はデュオヘイルのプロプレイヤーとして、毎夜のように大会練習を行うようになっていた。VCを繋ぎ、連携をよくする為に何度も話し合いを重ねる。乃枝は近距離武器を選択しているので、私は遠距離武器を担当することになった。野良でやる時とは違い、乃枝がいることを前提にプレイをするのは新鮮だった。これからも、契約が切れない限り、私達はママノエとして活動していくことになる。
 その日の乃枝はいつもより口数が少なかった。プレイをする時に必要な最低限の言葉しか発さず、それすらどこか上の空だった。キャラの動きに支障が出ていないのは、それが身に染みついた動きだからだろう。その点は好感が持てる。けれど、素直に言えば私はイライラしていた。折角、夢であるプロになれたのに、初の試合で醜態を晒したら契約を切られてしまうかもしれない。私は乃枝と一緒にこの舞台に立てたのが嬉しかったし、これから現役を引退するまでずっと一緒にいたかった。それなのに、練習に身が入らないなんて困る。
「どうしたの? 乃枝なんかあった?」
 私はどうにか内心を押し隠して、遠く離れた乃枝に尋ねる。その間も、フィールドから拾った武器の入れ替えはスムーズに行う。マウスとキーボードをしゃかしゃかと動かしながら、お喋りであるはずの乃枝が何かを言うのを待った。
『何かあったわけじゃないんだけどね』
「でも、明らかにおかしいよ。乃枝いつも喋るじゃん。嫌なことあった? 何か困ってる? 私達は一応二人チームなんだからさ、何かあったら言わないとパフォーマンスにも影響が出るでしょ」
『そう……だと思う。ごめんね。乃枝、真々柚を怒らせるつもりじゃなくて』
「いや、怒ってはないよ。心配してはいるけど」
『真々柚は優しいね』
 いつものように鼓膜を揺らす、可愛らしくて甘やかな乃枝の声。私はその声を聴いていると、何でも許せそうな気持ちになってしまう。私達が隣合って立っているのは仮想空間上の戦場なのに、まるですぐ傍に乃枝がいてくれるような気分になる。
 私は、この乃枝の声を権能だと思っていた。聴く人を魅了し、心を開かせる特別な才能の一種。乃枝の得意な振り向きざまのフェイントと同じプレイスキルの一種だと考えていた。
『あのね、真々柚』
「どうしたの」
『……あの、乃枝ね』
「うん」
『乃枝、真々柚のことが好きなの』
 だから、まさか彼女がそれを使っているのが、ただ単に好きな人に好かれたいからだったなんて想像もしていなかったのだ。
「……え?」
 私の手は脳よりもスムーズに動く。だから、告白を受けながらも、ノエに迫っている敵を綺麗に撃ち抜くことは出来た。ノエの方も相手の背後に回り込み、空中回避を決めながらダウンを取っている。けれど、彼女の声が揺れているのは明らかで、ゲームのやりすぎて潤んだ目がじっとこちらを──仮想上の私を見つめているのが想像出来た。
『急にこんなこと言っても困ると思うんだけど、本気なの。乃枝、真々柚が好き。こうしてプロになってから言うのもよくないと思ったんだけど、このまま黙ってる方が影響が出そうだから、本当にごめんね。言っちゃった』
「ちょ、ちょっと待って、本気なの?」
『本気。本当にごめん。こうして仕事として二人でやるのに、好きになっちゃうのとか駄目だよね。でも、考えれば考えるほど、乃枝はこのままだと嫌だなって……』
「仕事としてやってるからとかじゃなくて、だって、ほら、乃枝も私も女同士でしょ? あんまり、そういうの……なんか、」
『乃枝はそういうの関係ないと思う。乃枝は真々柚が好きだし、真々柚が乃枝と付き合えないって言うんなら、振ってくれて構わない。乃枝、ちゃんと割り切れるようにするし、大会でも結果を出せるようにするから。そこは気にしないで。……でも、ここで、ちゃんとしたい』
 どうして、と私は思う。
 どうしても何も無いのかもしれない。同性同士だから油断していたけれど、私と乃枝はあまりにも一緒にいすぎたのだ。毎日連絡を取り合い、毎晩のように一緒にゲームをした。彼女の声をこの数年でどれだけ聴いただろう。それに、今の私達は運命共同体だ。E-Sportsの世界を二人で生き抜いていく為に、支え合おうとした関係だ。何かが芽生えたって、多分おかしくない。
 これだけ長く一緒に何かをしていれば、脳が誤作動を起こすことも、それが真実の愛になってしまうことも不思議じゃない。だって、結局のところ恋の始まりなんてそんなものだろうし。
 プロになるかどうかを決める時、不安そうにしていた乃枝のことを思い出す。それでも彼女が契約をしたのは、もしかするとこの感情があったからなのか。好きな相手と運命を共に出来るならと、乃枝は決断してくれたのかもしれない。私の背を冷たい汗が流れる。相変わらず、戦況はびっくりするほど優勢だった。私達の息の合い方は完璧だった。
 なんだか涙が出そうになった。私達は息が合っている。
 何しろ、私も美優島乃枝のことが大好きだからだ。
『……ごめんなさい。真々柚を困らせるつもりじゃなかったの』
「いや、困ってない! 困ってないけど! その、びっくりして……。あのね、乃枝。私も乃枝のことが好きだよ」
 一瞬、沈黙があった。
『本当に?』
「うん、本当に……。その、乃枝と付き合うこととか、全然考えてなかったけど、……私も乃枝のこと好きだよ」
『信じていいの?』
「信じていいっていうか……うん。信じていいよ」
『じゃあ、真々柚も、もう一度言ってくれる?』
 
 
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初公開日: 2021年10月11日
最終更新日: 2021年10月11日
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