消毒液の残りを確認して、箱にしまってある絆創膏の枚数を数える。これじゃ足りないと見て、新しい箱を開けた。
「ねえ周、なにか手伝うことは、」
「ない。そこで大人しく座ってて」
「……うん」
リビングのソファに居たユーマは、いつもの調子でのんびりと座り直して、腕や足の裾をまくる。
──今日もひどい。
手当をした側から新しいキズができて。治ったケガがまた開く。無意味にも思えるほどに、彼はいつでも、肌を赤く、青く染めていた。
最初に彼のケガに気が付いたのは、確か、夏の暑い日だった。
ユーマが小学校を卒業して、中学校に通うようになって、衣替えをした腕に、真っ赤なアザを見つけた。あまりにも大きなアザに驚いて問えば、彼は少し考えてから「あざが出来た」と答えた。
「そんなの見れば分かる。出来た経緯を聞いてるの」
「経緯……。……えっと、」
視線が上に昇って、泳いで、戻ってくる前に首がかしげられる。
これ以上聞いても、ムダかなあ。
ひとまず質問を切り上げて、次は気をつけるように注意をし、それに頷いてくれたのを見たから、そのときは話題を切り上げた。……のだけど。
その日以降、ユーマの体には度々痛々しい痕を見つけるようになった。
あるときは歩きにくそうに足を引きずって。あるときは不自然に背筋を丸めて。またあるときは、不自然な長袖のシャツを着ている姿を見た。
ユーママにはなんて言ってるの? 問うても、彼は首を振るばかり。
顔に出来た切り傷は、まともに処置をしていないらしい。ぐじゅりと水っぽいままのそれを見て、“これ以上はダメだ”と音が鳴った。
「分かった。なら、もう聞かないし、確かめない。だから、次ケガしたらボクの家に来ること。約束して」
──そうして、今に至る。
最初の頃、ユーマはなかなか家に来てくれなかった。
けれどケガを見つけるたびに引きずって家に連れ込んで、ムリヤリ服をめくって手当をするうちに、どこかで諦めたのか自主的に来てくれるようになった。
ボクが中学校に上がってからも、それは続いている。……続いてしまっている。
ユーマのケガは減らない。ワイシャツに血がついているのを何度も見た。1ヶ月のあいだに毎回消毒液が3本は空くし、理由は知らないし、教えてくれない。
ぼくがやっているこれって、意味ないのかなあ……。
「……周?」
は、と、顔を上げる。
救急箱から消毒液を手にとったところで、思考がでかけてしまっていたようだ。
不思議そうにボクを見るユーマに返事をしてから、箱ごと持ってソファの側に移動する。ガーゼに消毒液を染み込ませて、傷口を出すように指示をして順々に消毒していく。
「痛い」
「だろうね」
「……なにか、怒ってる?」
「だったらなに」
「怒ってるんだ……」
「そりゃね。最近特に増えたんじゃないの、キズ」
「…………」
「自覚あるんじゃん。ほらモジャ、絆創膏貼るから、シャツ持って」
脇腹あたりに点在する細かい擦り傷に絆創膏を当ててみる。大きさが足りない。これはガーゼをサージカルテープで止めるほうがいい気がする。軟膏を塗ったガーゼをそこに当て、ボクの代わりに抑えるように指示をしてテープを探す。……ユーマが妙なポーズになった。
「大丈夫」裾を持ち直したユーマが「夏休みに入ったら減ると思う」
「なんで?」
「えと、……」
「……、……まあいいや」
テープを張り終えた合図に、軽くガーゼの上をはたく。小さく「い、」と声が上がった。そりゃ痛いだろうよ。ケガしてるんだから。腕の内側にある小さなキズにも絆創膏を貼るようにと渡して、隣に座る。ユーマは、片方の手で不器用に貼り付けた。端っこが、少しよれていた。
蝉の声がする。窓ガラスを抜けて、つんざくような蝉の声がする。
かぶったままだった帽子を脱ぐと、じ、と刺さるようなユーマの視線とかち合った。
「寝てる?」
問われ、無意識に自分の目の下を触る。「当然」と答えたのに、顔をそらしてしまった。
しばしの無言。
麦茶を出し忘れた。このあいだ焼いたクッキーがまだ残っていたはず。家族の帰りはまだ先で、ユーママも今日は遅い。外の日差しは強く、眩しく、焼かれそうだ。
頬にまだ、ユーマの視線が刺さってる。
「……寝てね」
「分かってるよ」
ホントに、ちゃんと、分かってるよ。
視線をムリヤリ引き抜いて、立ち上がる。
「ほら、いつもどおりじゃがいも潰して」
「今日はなにつくるの?」
「巾着。おやつ作ろう。ユーママにも持って行けるように多めにつくるから。働いて」
「! うん、頑張る」