それは、私だけが知っている。
彼女とは、浅からぬ縁で結ばれて家族となった。
出会いは呪術高専の京都校、私が三年、彼女が一年だった時で、ともに陰陽大家の賀茂家、土御門家の血脈の一族から生まれた者ということもあり、互いを理解することにさほどの時間も要さず深い仲となったのには、古風な考え方をもって『お堅い』と仲間たちに常日頃から揶揄されていた自分自身でも正直驚いている。
彼女に強く惹かれたのは、互いに流れる血筋から感じたシンパシーだけではない。
古臭い考えに凝り固まった呪術界において、その権威に一切おもねることをせず、しなやかに、時に雄々しくふるまう姿は私の中にあった女性像を一瞬にして覆し、とても魅力的に見せた。
それは高専を卒業し、私と結婚して加茂家に入ってくれた後でも寸分も違わず、日々の生活の中で実行され続けている。
私は、それでもいいと思っていた。
郷に入っては郷に従え、などという言葉がありはするが、彼女、いや妻が『自分らしくあるため』にそうしたいならば、誰に憚ることもなく、変わらずそうあればいい、と。
だが、これは後から考え違いであったことに気づかされることになる。
いや、言い方を間違えた。妻に対する配慮が足りなかった、という方が正しいのかもしれない。
今宵もまた、聞くに堪えない悲鳴を上げながら呪霊の体が塵となり風に吹かれて消えていく。
いつ見ても、今際の際の姿は胸の奥底に暗い影を落として、体を重くさせるから気分が悪くなる。
そんな時、いつも君が掛けてくれる声が、私の心の憂さを晴らしてくれるのだ。
「怪我はありませんか、憲紀さん?」
「君の方こそ、執拗に狙われていただろうに…」
振り向いて、予想以上に彼女が返り血を浴びていることにぎょっとした。
慌てて駆け寄り、衣服に触れて傷の有無を確認する私に、彼女はその場に合わない笑みを浮かべて返した。
「大丈夫ですよ、怪我はしていませんから。それよりも…」
静寂を取り戻した小路を見渡して、妻は小さくため息をこぼす。
地面のアスファルト部分だけでなく、建物の壁や垣根に至るまで飛散した呪霊たちの残骸や、這いずり回った血の跡が生々しい様はいつも以上に多く、苛烈な戦闘の跡を如実に残していて。
「今宵は呪霊の数が多すぎました…私の事は気にせずにいてくれてもかまわなかったのに」
少しばかり、術を乱発しすぎです。
そう言って苦笑いした妻の手が頬に触れると、思い出したように自分が予想以上の血を失っていることに気づかされるから不思議だと、毎度のことながら思う。
「君が無事なら、それでいい」
「毎回、こんな調子だと私の寿命が縮みます」
私も一応一級術師ですから、という文句はもう聞き飽きたが、反論すればそれはそれで角が立つので黙っておくことにして、ほんの少し貧血で揺れる視界があることを隠しつつ、影に控えていた者に帳を解除させる指示をする。
「私が君を守ることで、君が心苦しくなるならば…」
「はい、ストップ!」
次第に現の世界へ戻りつつある夜空を見上げながら、何気なくこぼしかけた言葉たちを妻は華奢な人差し指で制して。
「その先は、言わない約束ですよ」
私が高専を卒業する時に、お願いしたことを忘れていませんか。
夜半近く、昇った下弦の月が光を地上におろしている。ただでさえ白い肌と、彼女が浴びた返り血を、あの白銀の光はより鮮烈にこの目に焼き付ける。
「私は、屋敷の中で…ただ帰りを待つだけの弱い女ではいたくないんです」
そう告げて微笑んだ妻に、ああそうだなと返して、その痩躯を抱きしめた。
この懇願にも似た宣誓の裏に隠された真意を、自分は知っている。だからこそ、彼女と共に同じ場所に立ち、彼女の心を尊重して、彼女を守ろうとあの時、心に誓った。
だが、その切なる誓いでさえ、時として忌まわしき古の慣習は打ち砕こうと顎を開き襲い来るということさえ、この時の私は予想できなかった。
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